異世界冷蔵庫

藤原くう

異世界冷蔵庫

 手から出したナショナルの冷蔵庫を冒険者ギルドの前に置けば、昔教科書かなんかで読んだ小説の一節が頭をよぎっていった。


 ――つまりはこの重さなんだな。


 今まさに置いてやった冷蔵庫の重さは檸檬レモン何個分か――そんなバカげたことを考えてみたりする。その小説の主人公と同じで俺は幸せだったんだ。


 目の前の道はいつもなら朝の山手線並みに賑わっているが、夜明け前ともなるとドワーフの1人もいない。


 憎い冒険者ギルドも閉まっているし、あっちの酒場も死んだように静かだ。その隣のピンク色の建物からはエルフのエッチな声も――よそう、俺には縁遠いものだ。


 いつもなら、こんなところには来なかっただろう。俺の能力ってやつは冷蔵庫を出せる程度のものだ。ツードアしかない、日に焼けて白からベージュになったクラシカルなやつがどこからともなく現れるんだ。


 ギルドにいた奴らがバカにしたように、中にストゼロ1つ、檸檬1個でも入ってたらよかったんだが、生憎なにも入ってやしない。冷気すらなかった。女神のあんちくしょーが不思議なパワーをこめなかったからだ。どうやら忘れてたらしい。


 目の前に転がったうんともすんとも動かない冷蔵庫は、気まぐれな女神さまにぶっ壊されたみたいに、無数に転がっている。


 全部俺がしたこと。バカにしてきた奴らに復讐するために。


 しかしどういうことか、俺の心を満たしていたスカッとした気持ちははだんだん逃げて行く。憂鬱が立ち込めてくる。能力を使った疲労が出たんだろう。冷蔵庫をラジカセのごとく担いで街を練り歩いたみたいに、手の筋肉には疲労が残っていた。


 はあ、と思わずため息をつく。すっかり憂鬱になってしまった俺は、自分が積み上げたばかりの冷蔵庫の群れを眺めた。


「おっそういや」


 俺は別の冷蔵庫を出せるようになったことを今思い出した。女神さまのお屋敷に陣取って、新しい冷蔵庫が出せるようになるまで居座ってやると駄々こねたかいあって、最新式のもんが出せるようになったんだ。


 古い冷蔵庫を積み上げて、この新しい冷蔵庫で試してみたら。


 俺はピラミッドのごとく冷蔵庫を積み上げる。


 そのたびに、機械で人工的な金字塔が夜明けの光を浴びて赤くなったり白くなったりした。


 やっとできあがった。そして軽く飛び跳ねる心を制しながら、そのピラミッドの頂におそるおそる最新型ポータブル冷蔵庫を据え付けた。


 見わたすと、小説のように冴えかえってはいなかったが、俺はしばらくそれを眺めていた。


 そうしていると、不意に第2のアイディアが出てきた。その奇妙なたくらみはむしろ俺をぎょっとさせた。


 ――それをそのままにしておいて。何食わぬ顔で帰る。


 想像しただけで、わき腹をハーピィの羽にくすぐられているような気持ちがした。


「帰るか。そうだ帰ろう」


 俺はすたすた帰ることにする。

 

 街の大通り、それも人気のある冒険者ギルドに面した十字路に、黒光りする爆弾を仕掛けた犯罪者がこの俺、もう10分後には、あの通りが十字路を中心とした大爆発が起きたらどんなに面白いだろう。


「そうしたら、あの俺をバカにしやがった冒険者ギルドも木っ端みじんなのに――」


 言い終わるよりも先にドワォと冷蔵庫たちが大爆発した。それの音といったら、千里の向こうの山々に住むというドラゴンたちの交尾を邪魔するほどの轟音であり、立ち上がった黒煙は女神さまの住まいをこれでもかとらしいが、そんなことはさておき。


 日光に照らされたポータブル冷蔵庫のバッテリーが発火したのである。


 そうして、ネオンめいたピンク色の光に照らされたいかがわしい店の前を通ろうとしていた俺の頭に、カーンとポータブル冷蔵庫の残骸がぶつかって、冴えた音が鳴りひびいた。

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異世界冷蔵庫 藤原くう @erevestakiba

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