第2話 不運
昨日、父の交際告白を聞いてから俺の頭の中はグチャグチャなっている。
授業にも中々集中できていない、こんな事では部活にも影響が出るかもしれないな。
そんな事を考えていると後ろから声がかけられる。
「レイ」
声の主は俺の彼女のマユだった。
おそらくこの学校一ポニーテールと笑顔の似合う女子だろう。
しかし表情がいつもと変わって暗い。
「マユか……どうした」
「レイ部活終わった後、時間ある?」
「ああ、でも遅くなるかもしれないぞ」
「ん、大丈夫、じゃあ近くのマ◯クで待ち合わせで」
「分かった、じゃあ後でな」
メッセージアプリではだめだったのか?
と思ったが直接話さなければいけない大事なことなんだろうなと察する。
ただ、今は父さんの再婚問題で俺の頭が一杯で他の問題が出た場合俺の脳がそれを処理できるか不安だ。
気持ちを部活に切り替えたいのに中々上手くいかない。
「とりあえず部活には行かないとな」
もしかしたら体を動かせばこの脳にあるゴチャゴチャを少しは忘れられるかもしれない。
俺はモヤモヤした気持ちでグラウンドに向かっていく。
✝
俺が思った通り部活の練習でボールを回していると少しは昨日の事を忘れることができている……気がする。
そしてどうやら今日は練習の最後に紅白で別れて模擬戦をやるようだ。
俺が紅組で向こうのコートには俺の幼馴染のヒロが白組として模擬戦に出ている。
普通にエースのヒロがいる白組が勝ちそうな気配だな。
俺はヒロに向かって手を上げてコミュニケーションをとる。
そうするとヒロも手を上げて答えてくる。
昔から良いやつなんだよな。
そして常に俺の前を進んでいる男だ。
だが俺もチーム二番手準エースとしての意地を見せなくてはならない。
監督へのアピールも大事だからな。
その監督が審判としてピッチ上でホイッスルを高らかに鳴らして試合開始だ。
✝
「これはキツイか……」
試合はすでに終盤だが俺の紅組は得点できてはいない。
チャンスはあったが。
それにひきかえ白組はヒロの圧倒的な決定力で二点を取っていた。
やはりヒロには勝てないか……。
若干試合を諦めかけていた俺の所にボールが渡り俺は乾坤一擲最後のドリブル突破を試みる。
そんな俺の前にヒロが立ちはだかる。
いいタイミングで来るなあヒロは。
しかし奇跡が起きたのかフェイントからのドリブルでヒロを抜きそうになる。
これはいけるかもしれない!
その時ヒロのスライディングが俺の右足につき刺さる。
ブチィッ。
何だろうか、何かが切れる音が俺の右足から聞こえてきた。
ヒロのスライディングで体が少し浮き上がる。
同時に俺はピッチ上に倒れる。
「あぁぁぁっ!」
俺の右膝から今まで感じたことのないような痛みが全身を駆けめぐる。
絶対に立てないと感覚で理解できるほどだ。
他のみんなと監督が俺の周りにゾロゾロ集まってくるのが見える。
「おい桐島、おい! 田中ぁ! 桐島を俺の車まで担いでいくぞ!」
「は、はいっ!」
俺は監督と同じ紅組だったボウズの田中に付き添われて、監督とすぐに病院に連れて行かれた。
おそらくだが絶対に良くないことだと俺は感じた。
✝
「右の膝前十字靭帯断裂です」
白衣の医者から淡々と告げられて俺の頭は真っ白になった。
あれから膝が尋常でないくらい痛い。
だが少し間をおいて俺は少し冷静さを取り戻す。
「それはどのくらいで復帰できるんですか?」
「復帰? もしサッカーを続けたいというのなら当分は無理でしょう」
「当分とはどのくらい?」
「まず端的に言えば靭帯再建手術をしなければいけない、その後のリハビリをしっかりやってようやく復帰できるようになります。ので……通常大体八ヶ月から十ヶ月ほどかかります」
「八ヶ月だって……」
「それも順調にいけばの話ですが」
八ヶ月だと……。
当然今度の大会にも出られない。
しかももう高二の十一月だぞ、八ヶ月もリハビリしてまともに練習できないのならば来年の大会も出られないのがほぼ確定してしまってるだろ。
もはやこれは事実上のサッカー引退勧告じゃないのか。
「終わってる……」
今までなんの為に練習してきたんだ。
俺は。
「今後激しい運動をしなければ手術をしなくとも日常生活に支障なく歩けるようにはなります。サポーターをつけたりね。ただ長い目で見ればスポーツをしなくとも手術したほうが膝には安心です」
たとえ手術したとしても、もう高校でサッカーをする事は……。
この受け入れがたい現実に俺の心はズタズタにされている。
なんでこんな事になってしまったのか。
思い出せばヒロのスライディングが原因なのは間違いなさそうではある。
ヒロを憎むべきか。
いや、試合中に起こったことだしヒロも故意でやったわけではない。
全力でプレイしていた者同士の事故。
恨むべきではないのかもしれない。
「どうします、手術しますか?」
今俺は喪失感で満たされている。
手術しようがしまいが、どうでもいい。
別に俺はプロサッカー選手になりたかったわけではないのだ。
そんな技術が俺にあるなんて思っていない。
なれるはずがない。
「手術は……しません。もう終わりなんで」
「確かに経過で歩けるようにはなりますが靭帯は自然に治癒しません、今後時間が経てば何らかの悪影響が出る可能性があります、手術する事をおすすめします」
「いや、いいんですもう」
「ううん……では手術しなくてよろしいのですか?」
「はい」
「わかりました。ですが何か問題があればすぐに申し上げてくださいね」
手術する意味を俺は感じられなかった。
それから俺は一週間の入院となった。
✝
一週間の入院を経て、俺は松葉杖をつきながら病院を後にする。
膝はまだ普通に痛い。
そして車で迎えに来た父さんとはなんだか気まずい感じだが、それはどうでもいい。
俺がいない間に佐伯さんと二人で楽しくやってたんじゃないかと疑っている。
父さんに対する信頼は揺らいでいる。
俺が怪我した当日に顔も見せに来なかったから、どうせその時も佐伯さんといたんだろうな。
「レイ、今日から学校は行っても大丈夫なのか?」
「ああ、多分ね」
「ダメそうなら、休んでもいいんだぞ」
「いや、うん、大丈夫」
その後お互い終始無言で高校まで送ってもらった。
学校の教室に松葉杖をつきながら入るのは中々目立つらしく俺にクラスメイトの視線が集まる。
なんなら心配の声もかけられたが。
しかし最初こそみんなの興味を集めていたが、次第にその興味は薄れていくようだ。
その隙を狙っていたのか、マユとヒロの二人がこちらに歩み寄ってくる。
二人共暗い表情をしている。
流石に怪我の原因となったヒロは気まずそうだし、マユは彼女だから当然か。
「レイ俺のせいで……なんて謝ったらいいのか……ごめん」
おそらくヒロは心の底から悔いているのだろうと察する。
ヒロはキョロキョロしてさっきからずっと目線が合わない。
俺は複雑な心境だった。
ヒロを怒るべきなのか許すべきなのか、判断がつかない。
「まぁ、仕方ない……世の中にはどうしょうもない事がある。これもその一つだろうしな……」
なんとか俺は言葉をしぼり出してそう答える。
どうせお互い気を遣うからあまりヒロには会いたくなかったな。
「俺はサッカーを辞める事にするよ。このザマではどっちにしろ残りの高校生活でサッカーは無理だからな」
サッカーを辞める。
実際言葉として言ってみると自分のサッカー人生が終わったかのように感じられて中々苦しい。
「本当にごめん……レイ」
「……」
何か言いたいが特に返す言葉が思いつかない。
幼馴染同士でここまで気まずくなったことは今までなかったからな。
「あの、レイが良ければなんだけど、放課後、レイの退院祝いに三人でマ◯クに行かない? わたしとヒロの奢りでね」
俺とヒロを見かねたのか、マユが食事の誘いを提案してくる。
確かに色々話さなきゃいけないかもしれないな。
「分かった、でも割り勘でいいけどな。そんな気を使わなくていいし」
「ダメ、絶対わたしとヒロが奢らないといけないから」
「そ、そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて奢ってもらっていいか?」
「うん」
マユの目には何かこう、決意というものを感じる。
しかし良い彼女を持つ俺は幸せなのかもしれない。
これからはマユと居られる時間が増えるだろうから、今までできなかった彼氏彼女っぽい事をしようかな。
彼氏彼女っぽい事を。
一瞬俺の脳内には若干ピンクの欲望がイメージされたが、しかしまだ早いだろう。
そういう事は段階を踏んでから、順番にクリアしていくものだ。
マユの嫌がる事はしたくない、マユの事は大切にしたいと思っているからだ。
そうだ、授業が全て終わったら最後にサッカー部を眺めてから待ち合わせに向かうとしよう。
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