桐島レイは裏切られた

むらびとA

第1話 桐島レイ

 朝から空は暗く厚い雲に覆われていた。


 まるで母さんの死を悲しむかのように強い雨が窓を打ちつけている。


 父さんといえば朝から葬儀に訪れた親類縁者の相手をしていて忙しそうにしている。


 俺、もそうだが、一気に色々な人と挨拶や対応をしているからか顔色には疲れが見えていた。


 俺も父さんも最愛の人を失ってひどく落ち込んでいる。


 いや、父さんの方がより憔悴しているように見えるな。


 母さんは優しい人だった。


 俺が覚えている限り母さんが怒っている所を一度も見たことがなかった。


 両親の話で俺は小さな頃から聞き分けが良くてほとんど悪さをしなかったという。


 言われてみればそうか。


 というか母さんだけでなく父さんにもあまり怒られたことがなかった。


 果たして俺は両親にとって良い子だったのか?


 窓の外を眺めながらそんな自問自答をしていると、客人の相手が終わったのか父さんがやって来る。


 隣には父さんの会社の部下である女性が立っていた。


 切れ長の目で中々仕事が出来そうな雰囲気を感じる。


 確かに葬儀の手伝いをしてもらった所を見るにテキパキとしていた。


 名前は佐伯というらしい。


「レイ、今日は疲れただろう。部活もあることだし手伝いはいいから休みなさい」


「そう……じゃあそうする」


 母さんが亡くなって正直部活という気分にもなれなかったが、疲れているのは事実なので休ませてもらうとしよう。


 俺は佐伯さんに軽く頭を下げると自分の部屋に入り、明日からの学校と部活の準備を整える。


 忌引で休んでいただけだが久しぶりに学校に行く気がする。


 気が重いな。


 そんな事を考えていると俺のスマホからメッセージが届いた時特有の着信音がした。


 メッセージの送り主は幼馴染でありこの間告白されて付き合い始めた彼女の四条マユからだった。


『レイ大丈夫? おばさんの事なんていったらいいのか……』


 どうやらマユは俺の事を心配している様子。


『母さんは癌が発覚した時点でもう手の施しようがなかったから仕方がない。これは……なんというか運命だったと思う』


 おそらく人生には努力とか頑張りではどうしょうもない事があるのだろう。


 これもそのひとつ。


 もしかしたらこの先俺の人生にも、またあるかもしれない。


『明日は学校来れるんだよね? ヒロも心配してたよ』


 俺の幼馴染のもう一人である堂島ヒロは俺と同じサッカー部のエース。


 ヒロがサッカー部で一番上手く、自分で言うのも何だが俺は二番手といったところだ。


 他校からは西高サッカー部の二枚看板とか言われていたりする。


 俺達三人は幼稚園から高校までずっと一緒に付き合ってきた気心の知れた仲だ。


『そうか、ヒロにもよろしく伝えてくれ』


『自分で伝えれば良いのに』


 確かに。


『分かった、伝える。ありがとう、また明日』


 俺はメッセージを送るとスマホを自分のベッドの上に置く。


 その時自室のドアがノックされる。


「レイちょっといいか」


 父さんが部屋に入ってくる。


 その顔を見ると少しやつれた感じを受ける、この短期間で若干痩せたようにも見える。


「母さんがいなくなってさみしいかもしれないが、これからは二人で頑張って生きていこうな」


「分かってる何か俺にできる事があれば言ってくれ」


 今まで家の事は母さんに頼りっぱなしだったが、母さんがいない分今度は俺がしっかりしないとな。


「言いたかったのはそれだけだレイ、じゃあおやすみ」


「おやすみ」


 そう言うと父さんはそっと俺の部屋から出ていった。


 母さんはいなくなったが生活は大変になろうと俺達は生きていかなくてはいけないのだ。


 これは小さな決意だ。


 まぁ誰にも言わないが。



 今日で母さんの四十九日が明けた。


 母さんの魂も穏やかに天に昇っていったと思いたい。


 俺はといえば今は部活の帰りで少し遅くなった。


 サッカー部の大会も近いからか、部員たちは皆真剣に練習に取り組んでいる。


 ヒロも俺もほぼレギュラー確定だろうけど、だからといって手を抜かず練習は本気でやらなくてはならない。


 そして母さんが亡くなってしっかりしなければと思っていたが、やはり部活後は疲労が凄まじいのか家の事をやる気力が無いのである。


「情けないな……」


 弱音をつぶやきながらぼんやりと暗くなりゆく空を見上げる。


 そうこうしているうちにいつの間にか自宅についてしまう。


 玄関のカギが開いてる。


 家の中が明るいからおそらく父さんがすでに帰ってきているようだ。


 俺が玄関に入るなり父さんがキッチンから顔を出す。


「遅かったなあレイ、帰ってそうそう悪いんだがお前に少し話があるんだ」


「話?」


「ああ、キッチンに来てくれ」


 俺はキッチンにあるテーブルに父さんと向かい合うように腰掛ける。


 父さんの話とはなんだろうか?


 父さんはいつになく神妙な顔つきでこちらを見すえている。


 何か言い出そうとして止め、その都度深呼吸をしている。


「ふう……レイよく聞いてほしい」


「うん」


 この感じ何となく嫌な予感がする。


「単刀直入に言うとな、父さん……実は今交際している人がいるんだ」


「はあ……?」


 俺は父さんの唐突の告白に理解が追いつかず素っ頓狂な声が出る。


「葬儀の時にいた佐伯ルリっていう人なんだが」


 確かに母さんの葬儀の時に色々手伝って貰ったことは覚えている。


 何度か話す機会はあったが特に悪い人という感じではなかった。


「レイにも改めて紹介したいから今度一緒に食事でもしないかと」


「いや、だめだろ」


 母さんの四十九日が過ぎたばかりなのに自分の交際を息子に告白するとは、無節操すぎやしないか。


「それは母さんに対する裏切りだ」


 生前に母さんが言っていた言葉で 『たとえあなたが誰かに裏切られたとしてもあなたは誰かを裏切らないこと』といつも俺に教えてくれた。


「それは……返す言葉はない。だがレイには隠したくなかった。母さんの事は今でも愛している。だがルリの事も愛しているんだ。嘘をつきたくなかった」


「嘘をつかなければ良いわけじゃない。葬儀の時に言った『二人で頑張っていこう』は何だったんだよ!!」


「お前の気持ちは分かってる、分かっているんだ。これは時間のかかる事だと思うから」


「時間は関係ない、俺の母親はこの世でただ一人だけだ!!」


 母さんを愛していると言いながらルリも愛しているとか正直意味が分からない。


 言動と行動が矛盾している。


「俺は嫌だね。他に家族は必要ない。俺は母さんを裏切らない!!」


 俺はそう吐き捨てると父さんが何か言おうとしているのを無視して二階の自室にさっさと向かう。


 心臓の鼓動が痛いほど体中に響いている感覚だ。


 父さんに交際相手がいるなんて。


 もし父さんが再婚したとしたら俺はどうすればいいんだ。


 母さん。

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