第11話 奈良、再び
<玉塚古墳で盗掘! 周囲には争いの跡と見られる血痕も?>
ネットを騒がせるニュース動画を見ながら、健人は体を動かしていた。
奈良から自宅に戻ってから二か月。大崎の忠告通り、健人は古墳や勾玉に関する知識を吸収しながら体を鍛えてきた。
左足のパワーアシストは筋トレの動きをも学習し、動作の最適化につなげている。
健人のトレーニングは自宅内でできるものだった。走り回れない以上、広いスペースは要らない。六畳間の空間があれば十分だった。
小学生時代から続けている柔術はかなりのレベルに達している。現在も週一回、道場に通って技が錆びつかないように努めていた。
『身を守る術を持ちなさい』
大崎の助言は健人が柔術以外の技を学ぼうとするきっかけになった。もちろん得体のしれない警告から身を守るためだ。
護身術としては柔術だけで十分だったかもしれない。しかし、健人は謎の恫喝者を見返してやりたかった。
身を守るだけでなく、相手を打ちのめす。
そのためにさらに攻撃的な武技を身につけたいと考えた。
「よし。基礎トレ終了!」
健人は流れる汗をぬぐいもせず、床の上に直接正座した。パワーアシストはその動きにも追従する。
左横にアルミ合金製のステッキを置く。
両手をももに置き、背筋を伸ばして呼吸を整える。瞼を閉じ、大きく吸い込んだ息を静かに吐き出していく。正座に見える姿勢だったが、両脚のつま先は床面を踏みしめていた。
肺に溜めた空気を吐き切る寸前、健人の目が開かれた。
「ふっ!」
左手がステッキを掴むと同時に、右膝立ちとなり、右手でステッキを斜めに振り上げる。動きのままに左ひざも床を離れ、中腰の姿勢でステッキは上段から振り下ろされた。
高くもない天井にステッキが触れることはなく、楕円軌道を描いて先端が加速する。
ヒューッ!
仮想敵を打つ瞬間ステッキが加速し、空気を切り裂く。床と水平になった位置でステッキをぴたりと止め、一瞬左脇に柄元を引きつけると、踏み出しざまに突きを放った。
踏み込みによって発生した慣性に逆らわず、右足に体を寄せた健人はステッキを引きながら時計回りに旋回する。
右後方に流されたステッキは自然と「脇構え」を形作る。元の位置から見た後方に「剣尖」が向かう防御の構え。
左半身、さらには上半身を無防備に晒す大胆な形であった。
古流剣術は甲冑装着での立ち合いを想定している。そのため上方からの攻撃に対しては甲冑がある程度身を守ってくれる前提の技が含まれる。
脇構えもその一つと言える。肉を切らせて骨を切る。防御の薄い脇の下や内ももを切り上げ、「
脇構えにも攻撃上の利点はある。対手が中段の構えから自分を斬ろうとすれば、敵の腕がその視界を邪魔する一瞬が生まれる。その瞬間を捉えて斬りこめば、動きの途中にある相手は反応できない。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。ハイリスク・ハイリターンが脇構えの本質だった。
見えない相手の踏み込みに合わせ、健人は脇構えの低い位置からステッキを繰り出し、太ももの高さに打ち込む。
格闘技ならローキックを入れる位置だ。うなりをあげるステッキを受ければ、相手はまともに歩けなくなるだろう。
そのまま上段からの撃ち込みを受ける位置にステッキを動かし、攻撃を受け流しながら左に体を入れ替える。
受け流しで先端が下がったステッキを右手を支点に左手で柄尻を動かし、くるりと回して敵の奥襟を打つ。
言うまでもなく、首は急所だ。狙いを外した場合は肩を打つ。鎖骨を打ち砕けば敵の攻撃力は激減する。
回り込む動きで体をさばききったら、上段から追い打ちで敵の頭を打つ。
ステッキを中段に構え、残心のまま健人は二歩下がり、構えを解いた。
「ふうっ。手首をもっと鍛えないとステッキの重さに持っていかれるな」
健人は右手首を撫でながら独り言ちた。
健人が行ったのは「陰流抜刀術」の技だ。同じ市内にたまたま抜刀術を教える道場があると知り、基本を習いに行ったのだ。
抜刀術は刀の使い方を方法論として体系化したものだが、現代人が帯刀する機会はない。
そういう意味では「実用性」に欠けるので、抜刀術の人気は低かった。
もちろん健人に真剣を持ち歩く予定はない。護身術としてステッキを使う「抜刀術」を身につけたいと道場主に頼み込んだのだった。
「ステッキか。うちよりも杖術の方が向いているのじゃないか?」
道場主はそう言って渋ったが、健人の左脚を覆う
ここで鍛錬法と基本の型を教わり、「そこから先は自分で工夫する」という健人のわがままも聞いてくれた。
障がいを持つ健人に特別な配慮を働かせてくれたようだ。
「ハンディキャップがあるのがプラスに働くこともあるな」
健人は自虐的な笑みを浮かべた。
左足に不自由がある健人は健常者と同じ動きはできない。自分にできる動きの範囲で抜刀術の技を再現する必要があった。
抜刀術の中でも「居合」や「居抜き」と呼ばれる座った姿勢から繰り出す剣戟に、健人は没頭した。
動きづらい姿勢からの抜刀、剣戟というシチュエーションが自分に課せられた制約とマッチしているからだ。
小さな動きでいかに早く、いかに的確に一撃を入れるか。それは最適解を追求するエンジニアリング問題に似ていた。自分でも意外なことに、健人は抜刀術との相性が良かった。
健人が持つアルミ合金のステッキにも工夫があった。武器とするならば強度と重さが必要だ。そう考えた健人は中空になったステッキの芯に鉄筋を通す細工を施した。
「ふふふ。これもある意味『仕込み杖』といえるかな?」
振ればうなりをあげるステッキは警棒並みの攻撃力を持つ。
「大崎さん、身を守る術を身につけましたよ」
健人は再び大崎に連絡を入れることにした。
◆
「本気で叔父さんを探すつもりなんやな?」
「はい。そのために『真の勾玉』の謎を解く必要があるなら、それにも挑むつもりです」
「そうか。わかった。それやったら会わせたい奴らがおる」
二か月ぶりに連絡すると、大崎は健人を「仲間」に引き合わせると言った。
「古墳愛好家の仲間ですか?」
「う、うむ。少し違うが、似たようなもんや。明日午後七時にうちに来てくれ」
曖昧な言葉を残して大崎は電話を切った。
健人はバックパックに荷物をまとめ、早めにベッドに入った。
◆
「わざわざお出迎えすみません」
「気にせんでええ。大した距離やなし」
奈良駅に降り立つと家電修理人の大崎が健人を迎えに来ていた。隣には一人の女性が立っていた。
「あなたは……」
「覚えているかしら。『歴史の風』の橘よ」
「ああ。お久しぶりです」
女性は健人が曽爾村を訪ねるきっかけになった『歴史の風』編集部員橘司だった。
「橘君は今は東京暮らしやが、以前はあたしらと一緒に活動しとってね。久しぶりに連絡してきたと思うたら、君の名前が出てな」
「吉田豪さんの消息につながる話を大崎さんに聞こうとしたら、君が尋ねてきたと聞かされたのよ」
健人は司をきっかけに奈良に来たといっていい。そして大崎と出会った。司と大崎がかつて仲間だったというのは意外だったが、二人が健人を通じて再会したことに不思議はなかった。
「パワーアシストの改良に成功した様子ね。歩く姿を見違えたわ」
「橘さんの助言のおかげです。歩行機能に目的を絞ったのが正解でした」
そこへ誰かが運転する大崎のワゴンが近づいてきた。
「おっと! 車が来よった。中にもう一人紹介したい奴がおるんや。とにかく乗ってくれ」
「行きましょう」
大崎にせかされ、司に肩を押されて健人は車に乗り込んだ。
運転席には見知らぬ若い男が座っていた。細身の体は筋肉質で、健人を見る切れ長の目に鋭さがあった。
「こんにちは。お世話になります」
「はじめまして」
「彼は
「玉置だ」
「東京の吉田健人です」
言葉数少なく玉置は挨拶を切り上げた。その後は健人に眼もくれず運転に集中している。
何となくぎこちない空気を感じて、健人は聞かれたこと以外は話すこともなく大崎の自宅兼作業場につれていかれた。
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