第2話 船室にて
「ホントにもう! あなた達何を考えているの?」
「うるさい騒ぐな! 見つかっちまうだろ!」
「ギリギリ船尾へつけて良かった。船首へ突っ込んでいたら、とんでもないことになるところでしたが、三人乗ったことによって、飛距離が落ちたんですね。ついてました」
貨物船の貨物室に潜り込んだ三人は、室内の半分ほどに積み込まれた籠の影へと身を寄せる。
「ところで、この船は何処へ行くの?」
「知らね」
ディナの答えに、思わずセレステは脇にあった空の籠を取り上げ、カーディナルを殴ろうとした。
が。
おそらく籠には果物が収められていたのだろう、すっかり空っぽになったあとも、甘酸っぱい香りが頭上に振りかざされた瞬間、あたりに漂った。
「……いいにおい……オレンジ?」
思わずセレステの手が止まった。かれこれ丸一日近く、何も口にしていない。
ディナがセレステの振りかざす籠を、そっと受け取ると、自分も、籠の中に顔を突っ込む。
「うひゃ~。確かにオレンジだ。俺なんかもう一カ月以上、反省房にいたから、とんとおみかぎりだったぜ~」
カーディナルがそう言いながら籠をスプルースに渡す。
受け取ったスプルースはしみじみと言った。
「そうですか、これがオレンジの匂いなんですね」
「ああ、そうか。スプはオレンジ食ったことないもんなあ」
「そうなの?」
オレンジを初めて嗅いだと聞いて驚くセレステを気にせず、スプルースは続けた。。
「だとすれば、間違いない。この船は、海沿いにある暖かい地方に行く船です」
「なんで?」
「オレンジは、温暖な気候を海が運んでくる暖かい土地でしか育ちません。そういう植物だから……そうですか、これがオレンジの匂いですか……オレンジって、どんな味がするんですか?」
スプルースの質問に、セレステが生真面目に答えた。
「どうって……甘くて……酸っぱいわ」
「甘いって、どんな味なんです?」
「ええ? 甘い味を説明するなんて……難しいわ……」
「う~ん、積荷はすっかり空っぽだしなあ。食えば一発で分かるんだけど。まあ、荷降ろし後なんだから仕方ないか。貨物船が空のまま飛行を続けるなんてありえないからな。ましてや、遠方からきた船だ。必ずこの近くの市場に立ち寄って、特産品を積み込むはずだ。その時が、チャンスだ。船を下りて、何か食い物と着る物を調達しよう」
カーディナルはそう言って、スプルースから籠を取り上げ、元の場所に置いた。
セレステはそんなカーディナルを疑問に思ってたずねる。
「あなた、どうしてそんなに外の世界に詳しいの?」
「……俺? もともと、外の住人だったからな」
「外の住人って、まさか……」
「〈超奴〉の原種だ。濃いだろ? 髪の色が」
「真っ赤だわ」
「狩られたんだ。地方の村で……両親が管理外の〈力奴〉だったんだけれど、うまく逃げ隠れて暮らしてたんだ。でも〈超奴〉の俺が生まれて、やがて村の人たちに俺が〈超奴〉であるとばれて……両親はその場で殺された」
カーディナルは、訥々と話す。
「大人は絶対に手なずけられないからな。そして俺達はアリースンに連れてこられたんだ……あのさ、死ぬって、すごく、悲しくて、怖くて、ともかく悲しいんだぜ? 血だらけになるし。もう二度と話すことが出来ないんだ。さっきまで動いてたのに。だから……簡単に死ぬとか言うなよ」
セレステには想像もつかない体験だ。
「そうだったの、ごめんなさい」
と言うことしか、今のセレステには出来なかった。
「いいんだ。わかってくれれば」
カーディナルは話題を変えようと明るく振る舞う。
「で? そういうセレステは?」
「私は両親が管理下の、普通の〈超奴〉よ……って、まって、俺達? て?」
セレステは首を経巡らせ、スプルースを見た。
スプルースの髪は、灰色だ。
〈超奴〉や〈力奴〉たちは、その血筋によって髪の色が受け継がれるのだ。カーディナルの妹だというのであれば、髪の色は赤系のはずだ。
「ちがいますよ。僕のことじゃありません。ディナには〈力奴〉の妹がいるんです」
「……そう、妹さんは、陰性だったの……」
「俺はラルーイに行くんだ。妹を助け出して、何処かの森で自由に暮らしたい」
「僕は首都にあるという国家中央図書館へ行きたいんです。そこにある世界の全てが解説されているという博物誌──『世界百科大全』を全部読みたいんです! なんと一〇二巻もあるんですよ!」
「はくぶつし?」
セレステが聞き慣れない言葉を鸚鵡がえした。
カーディナルは頭の後ろで腕を組むと、船体へと寄りかかる。
「なんか、辞書のお化けみたいなものがあるんだってよ」
「そんなものを読みたいだなんて、スプルースって変わってるのね。勉強がしたいのなら、アリースンにいた方がよかったんじゃないの?」
「違うんです。僕が学びたいのは〈念〉を使って火をつけたり、石を動かしたりすることじゃなくて、火はなぜ燃えるのか、石とはなんなのか、それを知りたいんです」
「面白い奴だろ?」
笑うカーディナルにセレステがたずねた。
「まあね。それで、あなた達は同じクラスだったの?」
尋ねられたカーディナルがスプルースと顔を見合わせる。
スプルースは答えた。
「いえ、僕はずっと、個人学習です」
「え? じゃあ、どこで出会ったの?」
「そりゃ、俺が、忍び込んだのさ」
今度はカーディナルが得意げに答える。
ますますわからない。
スプルースは苦笑しながらセレステに、まず二人の出会いから説明することにした──
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