第6話『定例会議終了』

第六話:娘の幸せ、母の願い - 畑中さんとの初顔合わせ、その後


畑中さんの初顔合わせは、予想以上に、穏やかな、そして温かい雰囲気の中で終わった。父は、最初は少し身構えていたようだが、畑中さんの真摯な言葉と、ななみの「個」を尊重する姿勢に、徐々に心を許していったようだ。「娘を頼む」という言葉は、父なりの最大級の賛成の証だった。睦実は、姉が「理解してくれる」パートナーに出会えたことに、心底安堵し、興奮している。


そして、何よりも、母の「あなた達らしく、お互いを尊重し合える結婚を、応援するわ」という言葉が、ななみの心に深く染み入った。


「ふぅ…。」


畑中さんが帰宅した後、私は、ソファに深く沈み込み、大きく息を吐いた。


「お姉ちゃん、あの人、本当に素敵だったね!」睦実が、興奮冷めやらぬ様子で、私の隣に座った。「お姉ちゃんの『結婚の定義』、ちゃんと、わかってくれてたし、お父さんも、最終的には、納得してたみたいだし。」


「うん、本当に、助かったよ。畑中さんが、いてくれて。」私は、畑中さんの顔を思い出し、自然と笑みがこぼれた。


父は、いつものように新聞に囲まれたが、その横顔には、どこか安堵の色が浮かんでいた。母は、片付けをしながら、私に話しかけてきた。


「ななみ。畑中さん、本当に、いい方だったわね。」


母の声には、抑えきれない嬉しさが滲んでいた。


「うん、母さん。ありがとう。」


「ねぇ?」母は、私の顔を覗き込み、悪戯っぽく笑いながら言った。「いい人そうねぇ?(笑)」


その言葉は、どこか、昔を懐かしむような、そして、娘の幸せを心から願うような、温かい響きを帯びていた。


「当たり前じゃない!」


私は、思わず、笑いながら、母の肩を軽く叩いた。その瞬間、母の笑顔が、さらに深まった。


「そうなのよ、そうなの!お姉ちゃん、ちゃんと、いい人見つけたんだね!」


母は、まるで、自分のことのように喜んでいる。


「でも、ちょっと、心配なこともあるのよ。」母は、少し真剣な顔になった。「畑中さんは、ななみさんの、その…『結婚の定義』を、大切にしてくれるって、言ってくれたけど、これから、色々と、現実的な問題も、出てくるでしょう?」


「うん。姓のこととか、マンションのこととか、色々、二人で話し合って、解決策を見つけていこうって、話してる。」


「そう。だから、どんな時も、一人で抱え込まないで、ちゃんと、畑中さんと、話し合うのよ。そして、もし、私達に、力になれることがあったら、いつでも言ってね。」


母は、そう言って、私の手を、優しく握った。その手は、温かく、そして、力強かった。


「ありがとう、お母さん。ありがとう。」


私は、母に、心からの感謝を伝えた。母の存在は、私にとって、どんな「結婚の定義」よりも、揺るぎない、確かな支えである。


「でも、お姉ちゃん、これから、畑中さんと、一緒に住むことになるの?マンション借りるだけじゃ、やっぱり、寂しくない?」睦実が、まだ、少し心配そうな顔で、私に尋ねた。


「すぐに、一緒に住む、というわけではないよ。まずは、仕事に集中できる環境を整えて、その上で、また、ゆっくりと、二人のペースで、これからどうしていくか、話し合っていくよ。」


私は、睦実に、優しく答えた。結婚の形は、一つではない。そして、その形は、二人で、共に、創造していくものだ。


「でも、お姉ちゃん、マンション借りるだけだったら、やっぱり、その…」睦実が、言葉を探すように、私を見た。


「大丈夫。大切なのは、形じゃない。お互いを、どれだけ、大切に思えるか。そして、お互いを、どれだけ、尊重し合えるか、だもの。」


私は、睦実の頭を撫でながら、心の中で、畑中さんと、そして、母との会話を反芻していた。


「いい人そうね?(笑)」


母の、あの温かい言葉。そして、私が「当たり前じゃない!バシッ!」と、笑いながら答えたあの瞬間。それは、単なる、母と娘の、軽口のやり取りではなかった。それは、私の「結婚の定義」を、母が、理解し、受け入れ、そして、娘の幸せを願う、母なりの「肯定」だったのだ。


「ありがとう、お母さん。」


私は、もう一度、心の中で、母に感謝した。私の「結婚」は、こうして、家族の理解と、そして、自分自身の確かな意志によって、ゆっくりと、しかし、確実に、形作られていく。


「さあ、第6回の「結婚の定義会議」は、これにて終了!でも、これは、あくまで、「導入」だからね!」


私は、睦実に、そう言いながら、リビングの片付けを手伝い始めた。父は、もう新聞に夢中だ。母は、私に、優しい笑顔を向けている。


畑中さんと出会い、私の「結婚の定義」は、より鮮明になった。そして、家族の理解を得ることで、その定義は、さらに、確かなものとなっていくだろう。


「私達の結婚は、二人の「個」が、互いを尊重し、心地よい距離感を保ちながら、共に輝くこと。」


その定義は、母の「いい人そうね?」という言葉に、「当たり前じゃない!」と、笑顔で応えられた、あの温かい瞬間のように、私にとって、何よりも大切な、宝物となったのだ。

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