第3話「コメ欄に、ガン飛ばされました!」

「わこすゞ〜。五十鈴いすずミオだよ〜」

「ど、どうもー五十鈴エルガです〜」


「三人合わせて『ゴーファーザー』です〜。名前だけでも覚えってってくださいね」

「漫才師ですか?」


 わたしたち、ユニット名なんてあったんだ。決まっていたなら事前に教えてくれてもよかったのに。アドリブ力の必要とされそうなサプライズはご遠慮したい。


「──って、二人ですよわたし達は」


 先輩によるの小ボケに流されて、ツッコミを一つ逃すところだった。


「え? センターにマイクがあるじゃない」

「漫才師だった!?」

 しかもセンターマイクに並々ならぬ思いを託している、かなり情熱のあるタイプの!


「じゃ我が妹──五十鈴エルガ。

概要

生誕 6月20日

職業 学生(フェルトリオン学園二年)

チャンネル 五十鈴デュオ

事務所 Overdo Live

プロフィール "──フェルトリオン学園に通う二年生。ダークエルフの血を引いており、使以外はそつなくこなせる優等生。配信は見る専であったが、姉であり先輩であるミオのことが放って置けず、渋々ながら配信活動を手伝うことに。 "[1]

──の自己紹介ね」


「言うことなしの文句あり!」


 当たり障りない公式プロフィールで済ませようと思っていたのに、先に全部言われてしまった。しかもウィ○ペディアの脚注跡すら残ってる雑な全文コピペで。

 というか、ちゃんとユニット名五十鈴デュオがあるじゃないか。なんだったの、ゴーファーザーって。


「同僚だもの。そのくらい知ってるわよ」

「杜王町の同僚もそこまでは言いませんよ!?」


 思わず『やめ時やめ時! こいつと付き合いたくないんだ』という言葉が喉元まで出かかった。

 ……冷静になってみれば、こんな人にわたしの正体リアルを知られているの結構ヤバいのでは?


「えーっと、五十鈴エルガです。ちょっとポンコツ気味な先輩一人だと不安なので、お手伝いすることにしました。よろしくお願いします」


 気を取り直して自己紹介。味気なく、真面目なものでいい。わたしも視聴者の端くれだからわかる。後々キャラが立ってきたら『最初はこんな真面目だったのにねぇ』と古参ぶりつつ足された文脈で味わい深くなるんだ。

 この完璧とも思える自己紹介の反応は──


「あちゃー……場違いすぎてコメ欄荒れてるわね。いつもは手が掛からない人たちなんだけど」

「お母さんの作るカル○スくらい薄い今の内容で!? だとしたら手がつけられませんよ!」


 手が掛からないなんて大嘘だ。手どころか、箸にも棒にも掛からないじゃないか。焦ってわたしもコメント欄を確認する。


『新人さんよぉ、なんか勘違いしてねぇか?』

『真人間見たら不安になるからやめて』

『おいおい、ここはガキの来る場所じゃねぇぜ』

『新参者に礼儀というものを教えてやろう』


「めっちゃヤンキー校に放り込まれたクロマティ気分!」


 こんな治安悪いの終電間際の歓楽街すすきのか、西部劇の酒場くらいのもんでしょ。せめて画面の向こうの視聴者がシラフではないと願いたい。


「ど、どうしましょう! すみません、意図しないとはいえ、こんな雰囲気に……」


無問題モーマンタイよ。──静まれ者共!」


『押忍』

『わかりました』

『ミオちゃんが言うなら……』

『主の仰せのままに』


「これは番長圧政なの……?」

「きっと貴方も立派な番長、いえ──裏番うらばんになれるわ」

 裏番。陰の支配者の意だが、わたしには到底そんなこと出来そうにない。先輩は既にこのチャンネルを完全に支配していた。


「ほんとは軽い自己紹介ゲームでもしてもらう方がいいんだけど、生憎準備してないの」

「準備期間が二ヶ月あったのに……?」


 夏休みの小学生くらいに無計画な生き方をしている。絵日記すら最後の日に仕上げていそう。


「というわけで、みんなは質問とかトークテーマをコメしてね。適当に拾うから」

「おお、自然なコメ稼ぎ……」


 味気ない企画被りを避けつつ、すぐに提案をさせることで仕組まれていた感じを気取らせない。

 これが職業ライバーの手腕なのか?

 この先輩、相当なり手なのでは? そんな期待と共にコメント欄に目を通すが──


『オメーどこ中だよ』

『嫌いな配信者十選』

『エルガちゃんは犬派? 猫派?』

『貴様の二つ名は?』


「あの……これ、半分くらい壁に言った方がこと書いてません?」


 リアルで言われるより、わざわざタイピングしてまで人に伝えてる辺りが怖さを倍増させてる。


「確かに酷いわね、この配信。チャンネル主の顔が見てみたいわ」

「配信画面見てないんですか?」


 今も半笑いの五十鈴ミオのモデルが左右に揺れていた。対する五十鈴エルガの目は死んでいる。流石の技術力、今のわたしの目にそっくりだ。


「まぁ共同チャンネルだし、この半分はエルガの所為だからね」

「この短時間で五割は暴利すぎますよ!?」


 闇金に手を出した人の連帯保証人くらいのスピードで負債が押しつけられた。こんな暴利が許されていいのか。


「まぁ中でも無難な──嫌いな配信者十選にしましょうか!」

「この子にしてこの親あり!」


 コメント欄の治安の悪さは、良識派リスナーが先輩というフィルターで消え失せたんだろう。によって選りすぐりの小粒が残ってしまっている。


「同業に喧嘩売らないで犬猫にしましょうよ!」


 もし大手企業の名前でも口にしようものなら、切り抜き動画が拡散。ネット中引き回しののち、八つ裂きにされて晒し首にされてしまう。

 なんとか先輩を思いとどまらせなければ!


「どっちも畜生道という点では同じじゃない?」

「人道に反する言い方! 確かに安易に触れたら噛みつかれそうではあるけど!」


「っていうか、他の配信者を畜生扱いはリスナーだって怒りますよ!?」


『まぁ俺たちも動物園感覚で来てるから……』

『ミミズだってオケラだって平等な命だ。そこに貴賤きせんはない』

「あっ意外と受け入れられてる!」


 悪いノリはするけど、悪い人たちではないんだ。少しだけ安心した。ほんの少しだけど。


「犬と猫ねぇ……。強いて言うなら──猫かしら。悪いイメージがないから」

「いや、わたしも猫派ですけど……。どんな理由ですかそれ」


 こうして先輩のことを掘り下げてたずねるのも少し怖い。田舎のおじいちゃんおばあちゃんと話す時、不意に昔特有のドギツイ差別発言が飛び出しそうな怖さに似てる。


「犬って悪い言葉に使われがちじゃない? 『負け犬』とか『上司の犬』みたいな」


 言われてみれば、確かに『犬死に』とか『噛ませ犬』という言葉もある。そこだけ切り取ると先輩の主張も一理あるような気もする。

 だとしても納得はできないけど。


「それはそうですけど、プラスのイメージもあるじゃないですか。『忠犬』とか。悪い語彙が多いのも、それだけ長い時間を犬が人類と歩んできたって証拠ですよ」


 少なくともわたしは銅像になった猫を知らない。そんな忠義に生きた犬だっているのに、そんなマイナスイメージ溢れる言葉が先行するのはあまりにお労しい。


「でも犬って降伏すると目を逸らすのよ。負けから目を背けたら成長はないでしょ?」

「ヤンキーにあるまじき向上心……。でも、猫ちゃんもそうですよ。降伏すると、パッて目線を外しちゃうんです」


 目が合わせると喧嘩を売っているという意味があるから、視線をズラすのは敵意がないことを表していると聞いたことがある。

 不安で見てくることもあるらしいから、正直ケースバイケースだけど。


「確かに、メンチ切られてるのに目を逸らしたら敗北よね……」

「だからガン付けとかの価値観がヤンキーすぎますって!」


 ぐぬぬ、と先輩はこちらを睨んでいる。

 こいつ、まだ勝利を諦めていないのか……!?


「でも雌犬と泥棒猫だとしたら、雌犬の方がよくない!?」

究極の二択でそっちファイナルアンサー!?」


 カレー味のナンカの論争に似た不毛さを感じる。?という問いは、その時点でロクな問題じゃない、


「って、猫だって悪口あるじゃないですか。その『泥棒猫』とか」


 あんなに可愛い動物も悪口になってしまう。人の口という出口から出てしまえば、ワンニャン天国も畜生道なんだなと、嫌な実感が湧いてきた。


「ところで一匹狼は悪口なのかしら?」

「それはちょっと不特定多数に刺さりすぎですね……」


 孤高と孤独を履き違えてはいけない。孤高は近寄りがたいオーラのある人のことだ。電話もなしに電波と交信してる人とは違う。

 ……わたしは『休み時間は寝たフリしてる人孤独な戦士』を応援しています。


「あ、でも言われたことはありますね。泥棒猫って。不本意ではあるんですけど……」


「えー恋バナ? 聞かせて聞かせて」

「面白いものでもないですよ? 中学の頃だったかな……。やんちゃな人たちの男女のいさかいに巻き込まれて」


 言い寄られた、と言うと少し調子に乗りすぎててて恥ずかしい。当時から惚れた腫れたに興味がなかったので断っていたら、勝手に相手が点と線を繋いで三角形にしてきたのだ。


「わたしは嫌だったんで逃げてたんですけど『猫被りやがって泥棒猫!』とか、そんないわれなき中傷を受けましたね」


 あの時の、猫に猫を被せるセンスには少し脱帽した。無視を決め込んでいたのに、思わず『その罵倒でもう猫が被ってるよ!』と突っ込んでしまったくらいだ。


「うわー……災難。色々あるのねぇ」


 やや引き気味の先輩。また要らぬ心配をさせてしまっただろうか。

 そこでわたしはハッとした。いくら無関係とはいえ、配信者的に昔の色恋沙汰は御法度。明確なNG行為だ。

 企業勢にとって一度ついた悪い印象は消しづらい。面白味はないけど、潔白を証明する為に最後まで話さなきゃ──!


「あー、でも、ちゃんと落とし前はつけさせたんで、もう遺恨もないですけどね」

「ネコ科でも獅子のやり方ね……」


 先輩は目を閉じたまましみじみと頷く。番長のお気に召したようで何より。こっそりコメントを覗き見る限り、こちらも概ね受け入れてくれているみたいだ。


「はい。目が合ったヤツから順に、全員返り討ちにしました。──あ、この言い方なんか昔のヤンチャ自慢みたいでちょっと痛いですね」


 アハハ、と誤魔化しの愛想笑いと共に、反応を窺おうと横を見る。


 先輩がサッとわたしから目を逸らした。

 先ほどまで止めどなく流れていたコメント欄も、ネット回線の不調を疑いたくなるレベルで止まっていた。


 静かに、ただただ放送時間のカウントだけが進んでいく。


 ……。


「えっ、虚しい勝利裏番就任?」


 こうして、わたしは初回放送にて裏番の地位を手にしたのだった。

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