第2話「妹のエルフ、目を付けられました!」
先輩──配信者の
『愛する妹よ。
すっかりわたしは後輩から妹にクラスチェンジしたらしい。
雑なPINEの文面に
そう、楽しみにしていたんだ。
だというのに、今わたしは先輩宅前で立ち往生してしまっている。
いざ扉を前にすると、不安と期待で両手が塞がってしまいチャイムがなかなか押せないでいた。
『一緒に配信しよう』なんて文句、絶品チーズケーキへの誘惑を差し引いても、やはり
「いや、でもここでバックレたら先輩は来年まで引きずるよな……」
向こう三ヶ月は面倒くさいモードだろう。なんだかんだで付き合いの長い先輩だし、そう邪険にはしたくない。
スマホを見ると、そろそろ約束の四時だ。時計の針に急かされるように、ついに決心した。
「ええい、ままよ! 南無三!」
「
ピンポーンと音が響くと同時に、先輩が中から姿を現した。エルフのような輝かしい金髪ではなく、ちょっとブリーチに失敗した感じのプリン頭。服も幻想的な装いではなくて、一般的なポロシャンにジーンズ。ラフな格好だった。
というか、恥ずかしいことにわたしの独り言が全部聞かれていた。押して開けた開き戸なのに、なぜか出てきた相手にちょっと引かれている。
「ま、いいわ。上がって上がって〜」
「はぁ。お邪魔します……」
若干の申し訳なさを感じ、少し
薄暗い廊下を抜け、顔を上げる──
「
真っ赤。思わずバッグを取り落とした。よく見ると、ウェブ会議などで用いられる背景シートだった。パッと見、事故物件なりたての部屋かと思ってしまう。
「やーね、こういう背景は配信者のお約束じゃないの」
「こんな真っ赤な誓いがあってたまるかよ!」
普通は緑でしょうが! あとリビングに設置するのは日々の生活がライブ中心すぎる。もっとライフ中心にして下さいよ。
「真面目な話すると、実写衣装が緑基調だからしょうがないのよ。あ、ハンガーはそっちの裏にあるから」
「……あぁどうも。もー、にしたって青背景とかあるでしょうに」
コートを脱いでハンガーラックに掛ける。
そういえば先輩は実写も撮っていたんだっけ。
青なら海というか、水族館のようでリラックス出来そうなものだけど。なんか赤だとドキドキするというか、落ち着かない。
「あ、あとお菓子持ってきましたよ」
落としてしまったバッグからお気に入りのお菓子取り出す。さっき落としてしまった時に、割れてなければいいけど。
「あら、そんなの気にしなくていいのに──えっポテチ?」
「あっ先輩ってコンソメ、苦手でしたっけ?」
お気に入りのフレーバー。コンソメ。大人ぶりたい時は"サワークリームオニオン"か"のり塩"だけど、一番好きなのはこれだ。美味しさが限界突破して、指まで美味しくなる味。
「いや、別に大丈夫だけど……。友達の家遊びに行く時にポテチは小学生までだと思ってたわ」
ほら、自分の家からコントローラーとポテチだけ持ってきてスマ○ラする友達いたじゃない? と先輩は続ける。
「もー! な、なんですか! もー! そんなこと言ってるともう持ってきませんよ!?」
言いながらバッグをサッと後ろに隠す。まぁ多分やるでしょ、と念の為持ってきたキューブコンを見られないように。
「じゃあケーキ持ってくるけど、赤いからって壁に突っ込んじゃダメよ」
「モーモー言ってたからって別に牛じゃねぇですよ?」
早速ツッコんでしまった。
きょろきょろ部屋を見回すと、なるほど配信者っぽい。綺麗なソファの前には、テーブルを挟むようにして三脚カメラ。奥にはワンルームには似つかわしくない本格的なゲーミングパソコン。椅子までゲーミングだ。
まぁ、わたしも自宅の椅子はゲーミングチェアだけど。猫も杓子も"ゲーミング"が付くと値段が三割増しになるきらいがあるけど、椅子自体も値が張るから結果的にちょうどいい価格帯になってるし。
「あら? 座っててよかったのに」
先輩が白い箱とペットボトルの紅茶を手にしていた。あれが目当てのチーズケーキだ。
濃厚なミルクとチーズのコクを感じるのに、クリームのような滑らかな口当たり。あぁ、ちょっと解けきらないくらいだと、ヒンヤリして美味しいんだよね。
先輩から差し出されたペットボトルで、ハッと我に帰った。
「あ、すみません。ジロジロと。ちょっと落ち着かなくて」
その半分くらい残った紅茶を受け取りテーブルへ置いた。人の家であまり落ち着きがないのも、と思いソファに座る。
かえって気を遣わせてしまうなら、もっと早くソファに掛けていればよかった。しかし、やはりこの位置だと視界の端が気になる。
ややあって、二人分のコップを手にした先輩が戻ってきた。
「興奮といえば、闘牛ってあるじゃない? あれは色じゃなくて、ヒラヒラしてる布に興奮してるらしいわよ」
「へぇ〜……」
先輩のコップに紅茶を注ぎながら相槌を打つ。
こう見えても意外と物知りだ。きっと授業中は教科書じゃなくて便覧の方を読んでたんだろう。
「じゃあ、わたしは人間的なんですね。赤色でめっちゃ興奮してるんで」
「牛と競ってる時点で立派に
いやいやと半笑いで振る先輩の腕に突進しそうになった。わたしに流れる血は牛の方が強いのかもしれない。
このタイミングでケーキを出されたからなんとか堪えられた。フォークが先に渡されていたら部屋がもっと赤くなっていただろう。
いただきます、待望のケーキにフォークを刺し込むと、普段よりも少し硬いシャリっとした感触。きっと冷凍の名残だ。わたしが来る少し前に冷蔵庫に移してくれていたのだろう。
少し凍った所が残っていると、食感が楽しい。口の中で溶け、まったりとチーズの旨みが広がっていく。
「今日はボケの方も絶好調ね。配信でもその調子で頼むわよ」
「え、わたし今日の配信に出るんですか!?」
サラッと告げられた事実に驚愕する。チーズケーキの美味しさで頭から抜け落ちていたが、そういえば配信云々が主題だった!
「ふふ、夢のようでしょ?」
「悪い夢ですよ!」
いっそ夢であってくれよ。この逃れられない現実という
「ふふふ、寝耳に水、寝エルフ耳に聖水だったかしら」
「めっちゃ寝ぼけたこと言うじゃないですか」
うっかり先輩の寝言に返事をしてしまった。
「っていうか、急に配信ってどうなんですか? 自己紹介の動画とか挙げて、SNSでアピールしてからの方が……」
最低限、声と人となりだけでも知ってもらう為に一分くらいのショート動画を放流するとか。交流でファンにアピールして、場をあっためてからの方が初配信も盛り上がるんじゃないか。
少なくとも、わたしが見ていたVの者はそんな立ち回りをしていた。
「──じゃあこれプロフィールねっ!」
「ダメだ聞くエルフ耳持たねぇー!」
初めに飛び込んで来たのは眼だった。サファイアのようなキラキラとした青色。
日焼けみたいに浅黒いわけでなく、もっと深い褐色の肌。ウルフカットに仕上げた黒髪。ツンと尖った耳が、常人と違うとアピールしている。その衣服もミオと造りが似ているが、色はシックに少し暗い赤色だ。
──フェルトリオン学園に通う二年生。勉強と頭を使うこと以外はそつなくこなせる優等生。天然ボケだがツッコミ役への適性が高め。先輩であるミオのことが放って置けず、渋々ながら配信活動を手伝うことに。
……以上、オーバードライブ公式ホームページ、五十鈴エルガの項目より引用。
「……バカにしてません?」
「どう? 結構設定近づけてみたけど。頭の切れない感じとかイイ感じじゃない?」
「頭はキレてますけど!?」
ガラ空きの先輩へとヘッドバットを見舞う。
「少年マンガの主人公的頭の使い方っ!」
──どうだ! 頭を使ってやったぜ!
上手いこと言ってやった感を
「でも、冗談はともかく可愛いですね。なんか照れちゃいますよ」
「
先輩が何か言っていたけど、あまり聴こえていない。目の前のもう一人の自分、五十鈴エルガに夢中になっている。
ライバーの配信はそこそこに見るけど、心なしか動きが滑らかな気がする。これ、かなり出来の良いモデルなんじゃなかろうか?
「下世話な話ですけど、モデル作るのにも結構かかったんじゃないですか?」
「フッ、錬成なんて依頼して金を積めばちょちょいのチョイよ」
先輩は向こう側を見たわけでもない癖にパン、と
「……ただ、社長は未だかつて見たことのないレベルの赤字に目を白黒させてたわね」
「禁忌の
五十鈴ミオ&五十鈴エルガの初コラボ配信まで、残り二時間。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます