4月って、春ですか 第三章

風灯

第三章 第一風め

『濡れてしまったのは、傘のせいじゃない』

_―「好きだった」って、胸を張って言える日がくるなんて思わなかった_



この風に、名前をつけた日


女子グループの小さな揉め事。

ぴりついた空気の中に、最初に入ってきたのは――**高月 陽(はる)**だった。


はる:「ね、どっちも悪くないってやつじゃん?」


自然な口調で場をほどいていく陽の声。

クラスの空気がゆるむなか、教室の隅でその様子を見つめていたのが――**早瀬 あかね**だった。


その日からだった。

**胸の奥に“違う風”が吹くようになったのは。**



Episode 1|雨と傘と、はるの隣


梅雨入り前の、湿った放課後。


はる:「あ、やっば。傘、教室に置きっぱだった……」


玄関で立ち尽くす陽。

クラスメイトたちは帰ってしまい、気づけばそこにいたのはあかねひとり。


あかね:「……うちの、入る?」

はる:「え、いいの?」

あかね:「濡れるより、マシでしょ」


一本の傘の下に並ぶふたり。

会話は少しだけ。でも、沈黙がどこかあたたかい。


はる:「あかねちゃんって、気配り屋さんなんだね」

あかね:「……そ、そうかな」(頬をかすかに染めながらうつむく)




Episode 2|つむぎ、見つけた景色


通学路のアーケード。

通り雨に濡れながら歩く**朝比奈つむぎ**は、向こう側の光景に気づく。


→ 一本の傘に並ぶふたり。

→ 傘もささずに歩いてきた自分の手が、少しだけ震えていた。


_「……そっか。傘、忘れてたんだね」_


つぶやきと一緒に、視線を逸らす。

風が、濡れた髪をすこし揺らす。




Episode 3|笑えない夜


帰宅後、何も言わずに部屋にこもるつむぎ。


母:「つむぎ? なにかあったの?」

つむぎ:「……なにもないよ」


机の前で手が止まり、頬をつたう涙。

その理由に名前はない。ただ――


_「……はるくんとは、友達だもんね」_


そうつぶやいた声は、まるで誰かへの謝罪のようだった。




Episode 4|詩織という傘


スマホが震える。

表示された名前は**詩織**。


詩織:『この課題さぁ、わからん。つむぎ、今いける?』


電話越し、鼻声で答えるつむぎ。


詩織:「えっ……つむぎ? どうしたの?」

つむぎ:「なんでも……ない」

詩織:「それウソ。ちゃんと話してよ」


→ あかねとはるのこと。

→ 傘のこと。

→ そして、電話越しに流れる涙のことを、つむぎはぽつぽつと話した。


詩織:「あ〜あ、音痴なの、歌だけじゃなかったか〜」

詩織:「恋も音痴か〜!」


(少し笑って、でも泣き声のままのつむぎ)

詩織:「あたしはさ、ずっと味方だから。

そのうち笑えるようになるって、ちゃんと信じてるよ」


通話が切れたあとも、スマホをそっと握ったまま。

その手に残った温もりだけが、今の支えだった。


---


Episode 5|母の静かな傘


スマホを閉じ、写真フォルダを開く。

しらたまと一緒に笑うはると自分。

その画像の光が、やけにまぶしかった。


ノックの音。


母:「ごはん、食べないの?」

つむぎ:「……あとで、食べる」

母:「ケーキ買ってきたの。あとで、一緒に食べよ?」


つむぎは扉越しに、声を震わせながらつぶやいた。


つむぎ:「……今日は、笑えない」


それでも母は、それ以上なにも言わなかった。



Ending Monologue|つむぎ視点


あの傘の下で濡れたのは、身体じゃない。

わたしの中の“なにか”だった。


やっぱり、6月は――

**ちょっと苦手かも。**



After Scene|詩織、誰にも聞こえない独白


通話が切れたあと、詩織はしばらくスマホを見つめていた。


_「あの子、ほんとは全然音痴なんかじゃないのに」_


→ ノートの隅にらくがきを描きながら、ぽつりとつぶやく。


_「届かなかったの、あたしも知ってるよ。

でも――勝手に負けた顔してるの、あの子には似合ってないんだよね」_



章末ナレーション|3人の風がすれ違った夜


誰も間違っていない。

でも、誰かが笑えなかった夜。


傘の下で揺れた想い。

それを飲み込んで眠った夜のあとには、


また新しい風が――朝のすき間から吹き始める。

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