第35話
夜が明けて、王と客人のほか、土地の研究者たちと力じまんの者たちが王の天幕に集まった。みな顔つきは明るく、晴れやかであった。
日が昇るころ、多くの民に見送られて、この大きな旅の集団は出発した。
「さあ、タタユクよ。そなたが一人きりの旅で知り得たことを、聞かせてもらおう」
出発してすぐ、王は穏やかに、けれど真っ直ぐに客人の目を見つめた。
「……はい」
客人は答えるほかなかった。その事実がたとえ失望しか生まぬとしても、王が望むものを差し出さぬわけにはいかなかった。
「まず、王の病は星のかけらが原因でおこるものでした。星が体の外に出ようとすると、それまで星と一体だった体に異変があらわれるようです」
「なるほど。では、治し方はないということだな」
「……」
押し黙った客人を見て、眉を下げた。
「薄々分かっていたことだ。そなたのことを思えば、どうにか治療方法を見つけてやりたいところだが……」
星にまつわる過去を知った二人には、それが容易く解決できるとは思えなかった。
「……ほかにも何かあったのか? 悪い知らせでもよい。私に教えてくれ」
王は精一杯気丈にふるまった。年若い友人に失望を背負わせたくなかったし、彼自身、そのようにふるまっていないと落ち着かなかった。
「湖が枯れた原因が、分かりました」
客人が唇をかみながら言うと、王は喜色を顔に浮かべた。
「よくやった! 原因が分かれば、解決策も打ち立てるはずだ」
客人はその顔から目を逸らして、沈んだ声で言葉を付け足す。
「……こちらも星が関係しているので、解決は難しいかもしれません」
「今まで何ひとつ分からなかったことだ。ひとつずつ明かしてゆけば、いつか答えが分かるかもしれぬ」
客人にとって、その言葉は痛みをともなうものだった。この王は、自分が救われることを、半ば諦めていると分かったから。
「星のことならば、そなたほどではないが、専門に学んできた者がいる。詳しい話はその者も交えて、今夜聞こう」
その言葉通り、その日の夜──大樹までおおよそ三分の一ほど進んだ地点で、集団は一度腰を据えて、星について話すことにした。
皆で協力して天幕をいくつか張り、その中心部分に皆で集まって、湯を飲みながら語り合った。
星の客人については、研究者たちも気付いていたようだった。だが、それが湖を枯らしていたこと、そしてなぜこの地に近付いてたのかは、誰も知らなかった。
幾人かが持つ星のかけらを取り戻しに来ているのだと告げると、ひとりの若者が首を傾げた。
「ではそのかけらを返せばよいのでは?」
「……方法が分からないのです。記憶を誰かに譲り渡せないのと同じように、星のかけらを体から出すのは、ほとんど不可能です。」
王は神妙な顔つきでその話を聞いていた。
その後、星を返すための話ははずんだが、答えは出なかった。最後はみなで星の客人を眺めて、眠りについた。
前日の交流があったからか、二日目はこれまでより打ち解けた雰囲気があった。とくに研究者たちは、タタユクのことをすっかり気に入っている様子だ。
「タタユクさまがこれほど博識な方だと知りませんでした。もう少しはやくお話しできていれば、他にも議論したいことがたくさんあったのですが……」
「砂漠の国と森林の国では、持っている知識や考えも違うでしょう。その違いが役に立つならば、これほど嬉しいことはありません。いつでも話を聞かせてください」
「へへ、ありがとうございます。砂漠の国に帰ったら、ぜひ私の研究所へいらしてくださいね」
「ええ、ぜひ。楽しみにしております」
王はその景色を眺めながら、少しの罪悪感を覚えていた。この客人は本来、自国で宰相の補佐をするはずだった人間だ。人との交流が得意で、異なる意見を折衝するのもうまい。穏やかで、芯があり、知識も柔軟力も備えている。彼が砂漠の国の王都に滞在していれば、彼にとっても国にとっても良い結果となったはずだ。
その可能性を己の欲望で奪ったことに罪悪感があった。けれど、後悔はひとつもなかった。
「タタユク」
この瞳の熱、やわらかな髪のたなびき、綿のように軽やかな声──そのすべてを知るためならば、自分はどんなことでもしただろう。
「どうかしましたか、カシュハさま」
愛らしい小鳥のように隣立つ彼を愛すためならば、国のための仕事を投げうててしまう。
それはとても恐ろしいことで、王は思わず身震いした。
「いいや。ただ、そなたと話がしたいと思ったのだ。昨日の話の続きを」
王は王だ。羽織を受け継いだその日から、彼は王として死ぬと決まっている。
その悲しさを、この青年は知らずにいて欲しいと願っていた。この時までは。
翌日、日が沈む頃に、旅の集団は目的地に到着した。
星が堕ちた場所、太陽の民の象徴──大樹に。
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