第17話
よっつめの遺跡は……おそらく、過去に起きた戦争についてのものだった。
「悲惨だな」
石碑を前にした王が、ぽつりと吐いた。それは王というには弱々しく、一人の青年というにはあまりに悲痛な響きを持っていた。
「なんと書かれているのですか?」
タタユクはそう尋ねる前に、覚悟を決めていた。どんな話であっても、必ず最後まで聞き届けると。
王は少し躊躇したが、共に歩いてきた客人に対する礼儀を思い出し、重々しくその口を開いた。
〈─太陽の国は、不死鳥とその風を受ける日の光とともに栄えた。
星のように散らされた湖に集まって集団をつくり、植物や動物とともに生活していた。地から水を引き、豊かな暮らしを送るなかで、太陽の民たちはとげのある花さえも愛し、飛べぬ鳥さえ慈しんだ。
しかしその暮らしは、瞬きのごとき早さで終わりを迎えた。
愚かな子どもが星を飲み、水脈を絶った。
まず植物が枯れた。次に家畜が死んでいった。そして人々は、不安を抱き始めた。
このままでは生きてゆけない。そう考えた民たちは、僅かに残った家畜と樹を奪い合うようになった。
いかに大きく豊かな川でも、この大きな国ひとつは支えられない。人々がこぞって押し寄せたため、たちまち水は枯れ、樹は痩せ細った。
そんな中で唯一、若木のように根を張り続けた樹があった。大樹である。
人々は大樹をめぐって、その実りを分けあたえるべきか、それとも樹の一部を切り離して新たな樹を植えるべきか、ふたつの立場に分かれて対立してしまった。
そして最後には武器を持った。
太陽の国は今日、終わりを迎えた。人々は殺され、死にゆき、赤き砂に血を流した。生き残った者たちは背を向けてこの地を去った─太陽と同じように。
この国を守りし太陽は、不死鳥の嘆願を聞くことなく、この地に水を与えることなく、今日も苛烈なまでにその光りだけを与え続けている。
この国は今日、終わりを迎えた。それが救いとなることを祈っている〉
「……」
絶句する客人を見ぬようにして、王が呟く。
「……ところどころに家のようなものを見て、亡国なのだと想像はしていたが……まさかこんな終わり方をしていたとは」
王は石碑に羽織の端をかけた。その布は、昼の間は太陽の光りを通さないように作られている。
二人はしばらくそこに佇んでいた。ここで暮らしていた人々、山や丘を超えた先に住まう人々のことを、それぞれ考えていた。
そして風が熱を持ち始めたころ、客人はようやく口を開いた。
「……カシュハさま。わたくしたちには、ひとつめの遺跡から不思議に思っていたことがあったでしょう」
王の右手に立つ客人は、存外力のこもった声を出した。あまりの悲惨さに言葉を失っているものだと思っていた王は、何を言うつもりかと彼の横顔を見る。すると、絹のようにきらめく瞳が、こちらに光を返した。
「石碑には、森林の国でも使われているような言葉が刻まれていました。わたくしの国はここから太陽に向かって左手に、砂漠の国は右手にあります。わたくしたちは─」
タタユクはひととき、戸惑うように言葉を止めた。そして振り切るように髪を揺らし、ふたたび王の燃えるような瞳を見上げる。
「わたくしたちこそが、太陽の民だったのではないですか」
その瞬間、風が勢いよく吹きつけた。丘の上から砂が振り落とされ、まるで痛むように泣き声を上げる。
風の吹いた方を振り向くまでもなかった。二人はあっという間に大きな闇に包まれていたからだ。
『カシュハ、タタユクよ』
不死鳥が初めて太陽の下にその姿を現した。
羽根は燃え滓のように黒く、頭は焼け爛れたように引き攣れている。瞳は濁り、声は掠れ、その姿はまるで死者のよう──。
『大変なことになった。湖がさまよわず、水が枯れつつある。急ぎ王都へ戻るのだ』
王と客人は隣り合って、恐怖を分かち合おうとした。彼らの眼前にいる恐ろしい鳥の言葉がはたして本当か、彼らには信じるすべがなかった。
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