第23話 変わった者。変わらぬモノ。


 冒険者組合内でその男を見つけたのは、果たして偶然だったのだろうか。

 長く伸びた黒髪に幽鬼の如く痩せこけた青白い頬。

 紫色の唇は全く生気を感じさせないでいる。

 その癖、瞳は爛々として輝いて強い意志を感じさせた。

 知らない男で、知った顔。それはかつてのパーティメンバーである、ファビオのものだった。


「……レンツォか。久しいな」

「お前、ファビオか? 島に、帰って来ていたんだな。そんなに窶れちまって、飯食ってんのか?」


 懐かしさよりも、込み上げるのは困惑だった。それを押し殺し、明るく声を張る。

 ククッと笑うその貌は、狂気に捉われたあの男にも似ている様でいて。

 それでも、一際目を惹いたのは。


「……冒険者を続けているのだな。活躍は、目にしたぞ。……大したものだ」

「つって、お前だって」


 ファビオが首から下げる冒険者証であった。

 光沢があるのにも関わらず、鈍く陰鬱な灰にも似た輝き。鋭い刃物を思い出させる、それは魔銀。


「凄ぇじゃねぇか。おい。どうせなら、飯行くぞ。ここの茶店は飯も美味いんだ。嫌とは言わせねー。久しぶりだしな!」

「……変わらんな。お前は」


 嬉しさと悔しさと、なんか他にも色々な感情がぶつかり合って、つい叫んでしまう。

 肩を組んだファビオの痩躯は折れそうな程に細かった。吐息の様に落とした言葉。

 僅かに、彼の唇が綻んでいる様な気がした。




 ずっと喋っているのはレンツォだった。

 魔銀は今の目標で、憧れでもある。

 旧友が、かつての仲間がそこまで至って嬉しくない筈もない。そして同時に、悔しくない筈もなかった。

 それでも、あまりに様変わりしてしまった旧友へは言葉を選んだ。柔らかな傷に触れない様に。

 レンツォとてそれくらいの社交性ならば培ってきていた。


 反応は顕著ではない。立て続けにレンツォが喋っている事もあろうが、静かに頷いたり首を振ったりで、反応こそするもファビオはあまり喋らなかった。

 それでも伝わるモノはあり、どうやら彼は山へと登るつもりらしかった。


「なぁ。お節介なのかもしれないが、水だけで大丈夫なのか?」


 頷くファビオ。彼は指を複雑な形状に結んだ。

 神授印。そう呟いてしまったレンツォだ。

 それは『超越者』との契約の証、祝福であり、呪いともなるもの。その形状はレンツォの知るモノではない。しかし、不吉なモノにも思えた。


「契約で、口に出来るモノが限られる。心配はいらん。衰えている訳ではない」


 掠れた声でそう告げるファビオであった。聴いているレンツォとしては、とてもそうとは思えない。

 だが、彼の瞳は燃えていた。その色は昔日とは異なっている。

 あの頃は深い茶。今は真紅であった。


 変わり果てた旧い友。自分の事を殆ど話さない、元級友。

 段々と尋ねる事も少なくなって、レンツォも少しずつ言葉少なになってゆく。

 昔とは反対の構図であった。

 あの頃のファビオはお喋りで、どちらかと言えば話すのを面倒臭がったレンツォの方が話し掛けられ続けていた。

 当時は問い掛けへの反応に困り、段々と言葉少なになっていくのはファビオの役割であった。


「何をするにせよ、アイツらにゃ挨拶くれぇはしても良いんじゃねぇか」


 何度目かの言葉であった。そう伝える度に、僅かながらも瞳は優しいものとなっている。横へと首を振るのだが、懐かしんでいる気配があった。


「……魔銀を讃えてくれるが、俺はカンパニアで至っている。ここではない。それに……」


 止せ止せと、レンツォは手を振った。そんな事は問題とならない。そんな事を伝える必要はないのだと。


 レンツォは他州の魔銀とシシリアの魔銀の意味や価値の違いを知っている。

 シシリアにおいては通常の魔銀への昇格条件を満たした上で、エトナ上層からでも生還可能と見做される必要があった。実力を証明せねばならない。

 そして、ファビオの言い掛けた言葉。

 蒼みがかった銀灰色の冒険者証の意味とは。

 罪なき者へ、不要な殺生をした魔銀。かつての穢れなき威光、魔白銀が堕ちた、魔銀灰に御されし卿へと贈られる刻印だった。


 昔のファビオは冗談ばかり言う、明るい男であった。調子に乗るが根は善良で、優しい男でもあった。

 彼を変える何があったのかは判らない。

 だが、悔いている。それだけは判る事だった。


「なぁ、ファビオ。試合。いや、【決闘】しねぇか? お前が勝ったら好きにしろ。もし、俺が勝ったらよ」


 レンツォはその先を言わない。

 【決闘】において、先に報酬を提示するのは侮辱となった。条件に関わらず、闘うのが【決闘】だ。

 勝敗の他に、何もない。誇りと誓いだけがある。


「……今か?」

「後付け【決闘】なんてダセェ真似、俺がすると思うか? 喧嘩売ってんのか?」

「……舐められたものだな」


 紫色の唇が綻び、僅かに眼光が柔らいだ。

 変わった様で、変わっていない。

 それが嬉しくて、笑う。


 昔からファビオは喧嘩っ早い性質だった。

 いつも自分を誰かと比べていて、僅かにでも優位に立とうとする様な、小賢しい餓鬼だった。

 劣等感の裏返し。

 彼も才能に恵まれていた訳でも、環境に恵まれていた訳でもない。確かな目標や夢を持っていた訳でもなかった。それでも。


「別に、舐めちゃいねぇさ。負け越してるしな」


 何がそうさせたのか。弛まず地道な努力を続け、道は違えど僅かにでもやれる事、叶う事を増やそうとする姿は。


「……無謀なヤツめ」

「場所変えるぞ。この時間なら、道場も空いてるかんな。生命の取り合いまでをする気はないが、本気でるぜ」


 嫌いじゃない。眩しいものだった。

 七、八年ぶりか。そう思い、久しぶりの級友との喧嘩に胸を高鳴らすレンツォだった。




 道場に行けばセッシ師が瞑想をしていた。最近はいつもの事である。

 歳を取ったせいなのか、近頃は妄想力が衰え始めている。あまり視覚情報に頼ってばかりではいかん。というのが本人による弁だった。

 なので瞑想を行いつつ、妄想をしているらしい。彼の脳内は桃色だった。


「レンツォ殿。道場へ足繁く通って頂けるのは嬉しいのだが、どうせなら女の子になって通ってくれんか」

「やだよ。つーか無茶言うな」


 のっけからド変態発言を宣うセッシであった。

 そういった霊薬や術具もなくはないのだが、不要無用なものである。

 一般人に異常者達の娯楽へ付き合う謂れはない。

 ファビオが僅かに腰を落とす姿勢を見せた。それにレンツォの片頬は吊り上がる。


「相当、腕を上げたみてぇだな」


 掛け値なしの賞賛だった。見ただけで、相手の力量を推し量れるのは余程の修練が身に付いていると言えた。

 昔のファビオは剣士であるのにセッシ師をキモオタと侮って、別の戦闘講師に師事していた。

 恐らくはこの道場に顔を出したのも、その一回だけである。


「お連れ殿は確か、ファビオ殿でしたかな。どうです? 貴殿も女の子になってみては」

「あれ? セッシ師匠ファビオの事知ってたんか?」

「当然であろう。拙者、一度見た者は男女問わず忘れん様に努めておる。女子は勿論、男とて性転換の妄想が捗りますからな。男の娘と言う概念もありますぞ」

「……試合形式で【決闘】すっから、師匠は審判でもやってくれや」


 面倒臭くなったレンツォは雑に師匠との会話を切り上げる事とする。ド変態キモオタに付き合っていては空気感が台無しであった。割と真面目に来ていた筈なのに。


「……相当、出来るな」


 悔しげに、苦しげに呟いたファビオ。


「それが判るんなら、大したもんだ。ちなみに、俺は未だに判らん」


 師匠との実力差は明らかで、その力は遥か高みにある事は判るが、それを感じ取れた事はない。

 基本巫山戯ているし、言動全てが立派な不審者であるので仕方がなかった。

 土台、少女達に折檻されて悦ぶド変態の力量を推し量る事なぞ、武芸者でもないレンツォには難しいものだった。


「……形式はどうする」

「なんでもありで、どうだ? 昔みたいにな」


 昔と変わらない。何をしても良いというものだ。

 勝敗はどちらかの降参か、第三者である審判役により着けられる。

 審判判定では、真物の武器であれば致命傷。と判断される事で決着した。


「……舐められたものだ」

「んなんじゃねぇよ。小難しいルールじゃ勝ち目がないからな。俺の得物は昔と変わらず斧と盾だぜ。抜かせんぞ」


 対人武術である剣術に、対獣を想定しての鍛錬を積んだレンツォの分は悪い。


 対獣に必要なのは威力。力と速さだ。それがなければ攻撃は通らない。絶対に必要となるものだった。

 人体に獣程の頑丈さはない。刃を通さぬ毛皮はないし、骨だってずっと脆かった。

 なので防御が重要となる。致命の一撃を躱し、いなし、防ぐ事が。これに必要なのも力であった。


 盾を構えるレンツォ。

 剣を横向きに、剣腹が地面と水平となる様に構えるファビオ。

 彼が構えるのは刺突にも斬撃にも向く片刃の半剣である。構えの名は平風車。回転による運動の連続性、継続性を重視した攻めの剣。

 手数と速度を重視するその剣では、獣は屠れない。

 甲高い音が立て続けに響いた。

 連続する斬撃と刺突が盾を撃つ。

 斬撃も刺突も、盾狙いのものではない。獲物の腕を脚を胸を。そして首を狙うもの。

 盾をそれらへ併せる事により、防いでいるだけだ。

 左右からの斬撃を盾を上げて受ける。

 剣は『居着かない』。粘る事なく風の様に流れた。

 それは段々と高い位置へと昇り、防ぐ盾もまた上がる。今レンツォが手に持つ盾は愛用の大楯ではない。

 標準的な大きさの大楯である。流石に彼の全身を覆う程の広さはなかった。


「隙あり」


 膝下へ剣が振り下ろされた。水平方向から垂直への急激な変化であった。


「あっぶねー」

「……獣め」


 剣には空を斬らせた。レンツォは後ろへ向けて跳んでいる。剣士との距離は離れ、互いの呼吸と言葉が重なった。


 両手持ちの剣士と斧盾使い。膂力と疾さのいずれも後者が上だった。

 だが技は、動きへ制限をかけ、急所を撃たんとする技巧においては剣士が上である。

 再度響き合う金属音。

 試合であるので二人の得物はいずれも、刃引きした訓練用の模造品である。殺傷力は高くない。だが。


「あっぶね。マジ性格悪いな」


 再び後ろへ跳んだレンツォだ。喉元にはほんの僅かながらも滲む血。


「刃とは、目に見えるものだけではない」

「んーと厄介だよな」


 それを為すのは風の術式による不可視の刃。風圧による斬撃だった。

 威力は然程高くない。肌を薄く斬る程度のものだ。

 だが、そこに剣戟が加われば。

 盾で受ける事が出来ず、小手を撃たれた。負傷はない。軽く当たっただけ。刃引きされているので、指切りの心配はなかった。

 段々と一方的な展開となった。技量が違う、手数が違う。


「相変わらず、獣の様な反応よ」


 この二人の差は、斧盾と剣にあるのではない。

 並列処理マルチタスクの練度の差にあった。

 並列処理は個人技能の一つで、複数の思考や行動を同時進行させる技術である。強化をしながら戦闘行為を行うのも並列処理によるものであるし、その状態での更なる術式行使もそうだった。

 それらの行為が複雑、複数ともなれば難度も上がった。術式を重ねたり、複数を同時使用するのにも必要とされる技術でもあった。

 この技術に差があるからこそ手数に、そして勝敗に差があった。

 レンツォはこの技術を学府在学中になんとか身に付けた。ファビオは学園在籍時から扱えていた。

 技術の習熟に最も必要なのは経験である。その差が戦績に表れていた。


「マジで腕上げたよな。俺も本気で行くから、死ぬんじゃねぇぞ」

「ククッ。笑止。加減でもしていた様な言い草だな。手も足も出ん癖に」


 とはいえ、それも学園生だった頃の話だ。

 レンツォとて、これまでも手数や技量で遥かに勝る者を相手にしてきた冒険者である。

 そういった相手への対処法は積み重ねており、また研鑽も積んでいた。

 強化強度を上げる。限界まで。


 地を蹴った。置き去りにされる音。

 やる事は単純だ。盾を構えての突貫でしかない。

 

「俺のぶちかましは、クマよか速いぜ。死ぬなよ」


 その言葉が、音となる事はなかった。

 単純な速さによる力押し。技量の差を埋めるのはそんな単純なものである。目を見開くファビオ。

 大したものだとレンツォは感心する。

 余程鍛え上げたのか、この速度にも反応するかと。

 同時に安心してしまう。

 反応が出来るなら、死にはしないだろうと。

 旧友の胸へと向けて頭突きをお見舞いしようとしたその瞬間、標的はする。

 空を切り、泳ぐレンツォの肉体。たたらを踏んで立ち止まる。

 道場内だというのに、霧が出ていた。遅れて、音が重なった。


 ——変わらんな。結局は力押しか。

変化カンビャメントねぇ。お前、そんな術式まで扱えるようになったんか。戻れるのか?」


 心へ響く声。交信コンタクトによる呆れ声。

 返すレンツォだって呆れている。身体変化系術式は便利であるが扱い難かった。元の姿を離れる程に。

 凝集してゆく霧。形作られる人体。瞬く間に再び姿を現したのはファビオ。


「……参った。降参だ。こんなモノ、使う気はなかった」

「何だ? 奥の手だったりするのか?」


 首を振られる。否定の意味でだ。


「【決闘】に、借り物の力では格好が付かぬだろう。矜持の問題だ」


 やっぱり変わってないんだな。こういう意地の張り方も、昔からのものだった。

 実力に不足はなし。見た目こそ結構変わったものだが心根は然程変わってはいなさそうである。

 ならば、信用にも問題がなかった。


「んじゃ、慣例に従って勝者による敗者への要求だ。いっちょ組まないか? パーティ。俺とお前でバディだぜ。期間は俺とお前が島にいる間。お互いに優先事項もある事だし、都合が付けばの緩めのパーティだ。どうよ?」


 呆けた表情をするファビオに軽く言ってやる。どうやら覚えていそうだな。とレンツォはほくそ笑む。

 この誘いの言葉、バディの下りを削り、期間を学園卒業までに変えれば過去と同じものだった。ファビオ自身の言葉である。

 【決闘】の勝者をファビオ、敗者をレンツォとして。

 あの時とは立場が逆になっている。大凡十年ぶりの意趣返しが出来て、レンツォは得意になっていた。

 この男、一見カラッとしている様でいて、結構執念深かった。




 学園在籍時の幼馴染三人組は、この人数があまり推奨されない編成という事もあり、他に組む相手のない溢れ者を探していた。

 最悪は誰でも良いが、出来ればそれなりの腕という条件で。

 後に学園卒業を前にして錬鉄の士、一人前の冒険者と認められる鉄位階へと昇格している事からも知れる通りに、三人組は優秀だった。

 パーティメンバー間の力量に差があると、関係性の構築に難が出る。強弱どちらの意味でも突出していれば面倒事の種ともなるし、ましてや学園生活の三年間を共にするのだ。実力もさる事ながら、性格だって重要だった。

 そこで白羽の矢を立てたのが、レンツォである。

 経験不足から実力は発展途上ではあるものの、身体頑健でいて強さにも貪欲だ。伸び代があった。

 性格的にも比較的尋常な男で難はない。どちらかといえば生真面目な方であり、パーティメンバー唯一の女性に色目を使う心配もあまりなかった。

 割と早い時期から、田舎者の彼は阿婆擦れの男爵家ご令嬢に執心であるとの噂があった為である。

 男達には有力な候補となった。

 他の相手があるのなら、自分の邪魔とはならないだろうという打算である。

 ただでさえ面倒な三角関係を構築している彼等にとって、新たな恋敵の出現は避けるべきものであった。

 パーティへと引き込む為に、ファビオはレンツォへ【決闘】を挑んでいる。


 お互いの打算と妥協の産物でこそあるが、三年間をパーティとして過ごし、仲間とも、友とも呼び合った絆がある。

 関係が上手くいったのには、彼等がイラーリアへの中傷や陰口などをしなかった事もあった。

 ファビオを除く二人は家の仕事柄から貴族の面倒さを知っていたし、残る彼には想い人がいて、他の女へ現を抜かす精神的に余裕はなかった。

 小さな幸運にも助けられ、上手くやっていけたパーティだった。





「それまで。勝者レンツォ殿」


 ここに来て、セッシ師による判定が行われた。遅すぎる。だが、仕方がない事だった。いつのまにかユウが来ている。

 ド変態の視線が向かう先など、今更言う事でもないだろう。

 平和主義者を自称する戦闘教官殿は自らの仕事よりも、生花鑑賞へご執心であった。

 

 なんやかんやの内に「秘密の個人授業にござる」と猛ったセッシ師匠に道場を追い出されてしまっていた。随分といかがわしい言い方であるが、これも仕方のない事だった。

 ユウは異能者だ。術力を用いずとも世界へ干渉する力を持っている。レンツォもその異能が何なのかまでは知らなかった。

 切り札として伏せておくべきモノであるからだ。秘して、伏せて、ここぞで使う事で効果を発揮する。

 ソロ冒険者、ましてや女性のユウである。切れる札は多いに越した事はない。

 そういった事を理解しているからこそ、レンツォも特に何を思う事もなくお暇している。

 師匠にはパーティ結成の祝いぞと、結構な額の小遣いを頂いてしまったので。さっき飯を食ったばかりであるのに。


 仕方がないので冒険組合支部に併設されているバールへと向かった。

 バールでの食事は必須ではないし、あまり使った事はないのだが、個室なんかも用意されている。

 個室には外部へ音を漏らさぬ術式が付与されていて、商談や密談などにも使われた。

 ファビオへの気遣いのつもりであった。

 様変わりした姿と性格。神授印と借り物の力と言った意味。ぱっと思い付くだけでも碌なものではないだろう。


「マスター。ボトル一本入れるぜ。割物は水と炭酸でいいや。ツマミは干し芋で頼むわ」


 バールへ入ると共に要求し、金を出す。

 個室を使いたいという意思表示であった。これだけで通じるものなのだ。常連は伊達ではなかった。


「ごゆっくりどうぞ」


 鍵を渡される。個室の鍵だ。ファビオへ渡した。

 お盆には次々と酒の用意がされてゆく。ボトルとして用意されたのは、スッキリサッパリとした蒸留酒の瓶だった。冬場とはいえ、昼呑みには丁度良い。

 このバールで個室を使用する場合、代金は前払いとなる。酒はボトル一本からで、支払い代金に応じて提供された。マスターの独断と偏見による酒となる。そして釣りは出ない。

 レンツォは酒に好き嫌いがないので問題ない。マスターの目利きと人柄は信頼出来るものであった。

 出されるのは美味い酒で、払った代金に恥じない品である。不安はない。

 あるとすれば、酒を飲んでの仕事は憚られるものでであるからして、本日もまた個人的な安息日となってしまう事くらいか。

 悲しい事に慣れたものだった。


「酒は大丈夫なんだよな?」


 頷くファビオ。中々良い『超越者』である様だ。もしも酒を禁ずる不届き者であったなら、無謀であっても挑まねばならない。

 その程度には酒を信仰していた。

 盆を手にしたレンツォは考える。


 ——さてこの旧友殿。何やら事情がありそうなものであるが、素直に話して貰えるだろうかと。


 そこは信頼するしかなかった。バディとなるとはいえ、拒まれれば引くしかないのだ。


 例えお節介であろうとも旧友の、否、友の。

 その力になりたいと望むのは、『英雄』に憧れて、『兵』を目指した『冒険者』。そして『騎士』であるならば、当然の心の在り方であった。

 


 

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