第22話 旧友と|窮々《きゅうきゅう》と。
「よお。レンツォじゃねぇか。久しぶり。最近も、頑張ってるみてぇだな」
「おお、マルコか。立派になりやがって。二人目、産まれたんだってな? 遅ればせながら、おめでとう」
街中で声を掛けられたのは背広姿の旧友だった。
特にこれといった依頼がなく、仕方なしに街をフラフラとしていたら出会した。
「ありがとうよ。立派になったんはお前だよ。昼、食ったか? まだならせっかくだから付き合えや」
マルコは学園生時代の同級生で、当時は他の二人と共に四人パーティを組んでいた。
彼等はレンツォと同じくして、卒業前に冒険者として鉄位階と認められた、学園の上澄みでもあった。
「マルコこそ、バリバリやってんのな。家、継いだんだよな」
「おう、年の瀬だしな。掻き入れ時よ。注文もいっぱいで、嬉しい悲鳴だぜ」
二人は近場のリストランテへ入った。大衆的な店であり、手頃な価格帯とそれなりの料理が出る。他にこれといった特徴はない。
共に先ずはエスプレッソを頼んでいた。
「七、いやもう八年になるのか。懐かしいもんだ」
マルコとは学園卒業以来、どうしてだか直接顔を会わす事がなかった。
レンツォは学府へ進学し、目指していた『兵』となる為に鍛錬と勉学に励んだ。
マルコは家の稼業である鍛治士、今は金属加工業となった企業へ勤め、職人として修行に励んだ。
共にそこそこ忙しく、互いに消息を聴く事などはあれど、特に連絡を取り合う事もないままに時は流れていった。
「いや。本当に懐かしいぜ。ずっと専業で頑張ってんだよな。配信も見たぞ。強くなったな」
小ざっぱりとした背広姿であるが、その体躯は逞しい。手指にも大小の古傷や火傷痕などがあって、荒れている。
「恥ずかしいから勘弁してくれ。お前こそ、立派な職人になったんだな」
「親父に認められたからな。これでも一端の職人よ。つっても、見ての通りに商売人になっちまったが」
「それでもさ。培った業は嘘を吐かん。商売人の前に職人である矜持が見えるぞ」
その手には武器を握る者とは異なるが、素晴らしい修練の痕が見えた。
彼の家は元々が鉄を鍛え鋼を打つ鍛治士の家系で、産業の進歩と共に企業化している。
昔は武具防具も扱っていたのだが、今では主に車両や火器などの部品となる金属を加工していて、羽振りも良さそうだった。
「ははっ。だが、ちっと悔しいな。お前さん、まだ親父達の大楯と大斧を、使ってくれているんだな」
「大枚はたいて造って貰ったからな。親父さん達の腕、超えたかよ? それなら乗り換えても構わんぞ」
「残念ながら、まだまだだ。もっと腕を磨かんとな」
レンツォは鉄位階と認められた後、冒険者組合での融資可能上限額までを引き出し、マルコを通し彼の父へ武具製作を依頼した。とにかく頑丈な斧と盾をと。
マルコの父は鉄鋼においてはカターニアでも指折りの職人であった。
一学生であるレンツォにそれ以上の伝手はなく、最高の装備を求めるならば、彼しかいなかった。
鉄位階初年度の融資可能上限額は専業労働者における平均年収の五倍程となる。結構な大金だ。
彼等が求めに応じて造り上げたのが、現在もレンツォが装備する大楯と大斧だった。
とにかく頑丈で、今も頼れる相棒として共にある。
そんな縁でもあるので、整備なんかでは店舗に出すのだが、マルコとも、彼の親父さん達とも顔を会わす事はなかった。
彼等は工房に詰めている。文字通りに心血を注ぎ、職人として、鍛治士として、腕を磨き続けていた。
「替える時には、お前さんに頼みたいもんだ。約束通りにな」
「もうちっと待ってろよ。俺の見立てじゃ、ちゃんと整備と付与を重ねていけば、下手を打たなけりゃ上層の『怪物』相手だとしても、あと五年は保つ。それまでに、腕を上げてやるからよ」
マルコに武具作成の仲介を頼んだ時、そう啖呵を切られた。
父親達以上の鍛治士になるから、武具を替えるその時には、俺に頼れと。
顔を会わさずとも、その熱意は感じられていた。
修行に励む同級生がいる事は『兵』への道を見失い、進む道に迷った時の支えともなったものだった。
違う道であっても、敷かれた道程であっても。
己の仕事に誇りを持ち、励む者がいる。
意地や見栄の部分はあった。
だがそういった級友がいる事で、冒険者として名を上げたいと望んだものだ。せめて『英雄』の入り口まではと。
そうでもしないと、借り入れた金の返済は辛いものでもあったので。
借金返済へヤル気を出すには、なんだかんだで理由が必要だった。
借入金は二年前には完済している。五年での返済であるので、かなり頑張っての事である。
とはいえ、夢を叶えたレンツォだ。ここで終えるつもりはなかった。
そうこうしている内に食事も終わる。
「なぁレンツォ。ファビオの消息って聞いてるか?」
ファビオ。彼もまた、学園生時代におけるパーティメンバーであった。今はマルコの妻となっている女性と男三人による四名編成は、青春時代を共にした仲間であった。
「すまん。特には何も」
ファビオは少々非力だが、剣も術式も上手く扱える器用な男で、パーティでは斥候を担当していた。
目端が効き、頭も回る優秀な男であった。
だが、卒業後は順風満帆とはいかなかった。カンパニア州の企業へ就職したが、そこは破産している。
ファビオもレンツォ同様に学府進学を志していたのだが、学園在学中に両親が他界し就職を選んだ。
島を出ての就職は、給金が良かったからである。
詐欺紛いの商法で急拡大した企業は取締られ、経営陣は逮捕、起訴されてやがて破産していた。
従業員達の行方は様々であるが、ファビオの消息は杳として知れなかった。
ある時期、反社会組織に身を落としたのだという噂が立ったが無責任な噂話として、そんな噂話も消え去っている。
「もしかしたら、島に帰って来ているのかもしれん」
「お前達に、なんの報せもなくか?」
問い返すと気不味そうに顔を俯けるマルコである。
言ってしまい、しまったと思うレンツォだった。
三人の関係は、俗に言う三角関係というものだった。幼馴染である三人の男女。二人の男が一人の女に恋をして、やがて一人は想いを叶え、一人は破れた。
ファビオが島を出たのには、そんな関係への決別の意味もあったのかもしれない。
「……アイツが、見たかもしれないと。大分痩せて様変わりしていたが、きっとファビオだと」
「そうか。俺の方でも少し探っておくよ。にしても、水臭い奴だよな。この街なら、仕事くらい幾らでもあるっていうのによ」
明るく言ってやり、伝票を手に取る。
「ここは奢りだ。今度飲みにでも連れてってくれ」
レンツォは会計を済ますと、マルコを置いて店を出る。男には、一人になりたい時がある。
それを察せぬ程、レンツォは鈍感ではなかった。
もう良い時間なので、アルトベリ男爵家の住まう集合住宅へ向かう事とする。
この時間であれば、一家も在宅である筈だ。
実はまだ、男爵の暴挙は解決していない。
稲刈り用重機の件である。イラーリアへの報告を済ませ、お叱りを受けた男爵が販売元へ問い合わせたのは当然だった。
だが、連絡が取れない。そこで店舗へ向かうも、もぬけの空だった。
どうやら販売店はカターニアから撤退したらしかった。再度問い合わせてみても、何の音沙汰もない。
この状況に、三人の顔は曇った。男爵を除く三名である。もしや。と、思い至ったせいだった。
ここ最近、放送では注意喚起がされている。
返却可能期間があるからと、車両などの高額な商品を購入させて、行方を眩ます詐欺紛いの押し売りが問題となっているのだと。
これには少し、売買における契約や法知識への理解が必要となる。
一般的には高額商品を購入する際に、代理決済業者が絡む事となる。多額の資金を即座に用意するのは難しいからだ。
無利息無担保となる冒険者組合での融資で賄える額ならば最も簡単であるが、鉄位階、錬鉄の士にでもならなければ、そう纏まった金にはならなかった。
その為に、代理決済業者は存在している。
彼等の仕事は要するに金貸しだ。
金を貸し付けて利息を取って、元本を回収する。それを業としていた。
現金を貸し付ける事もあるが、こういった企業は販売企業と消費者との間を取り持つ事で、利益を得ている。その主力となるのが月賦という方式であった。
売買契約においては消費者の要請に従い、代理決済業者が販売側へ支払いを行った。
消費者による支払いはなくとも売買成立、商品の所有権は消費者へと移譲される。
そうなると、後は消費者と代行業者の問題だ。
業者は利息分を上乗せした月々の返済額を要求し、消費者はそれを支払った。大抵は問題もなく完済となる。
契約解除期間は商品にもよるが数ヶ月程度であり、契約解除がされると全ては免債となった。所有権はそれぞれに戻り、誰も利益は得られなかった。
そこで信用の問題だ。
普通の企業であるならば、契約解除には応じるものだ。商品に魅力がなかったから、求められなかったのだと受け入れる。その方が商売としては得であり、信用という財産に繋がる為である。
ただ、目先の資金の調達に利用する者があった。
信用という財産を無視し、商売よりも現金のみを求めるならば、行方を眩ませれば済む事だ。
代金は支払われている。懐は痛まない。後は消費者と代理決済業者の問題だと。
残念な事に、これは違法行為ではない。取り締まる法や取り決めがまだないからだ。
誇りや面子を重視する者達に、この様な恥知らずな行いを想定出来やしなかった。その為の後手である。
力持つ者達が思うよりも遥かに、日々を生き足掻く者達は形振り構わないものだった。
そういった詐欺紛いの商法が流行しているから、企業の実績を良く調べてから取引すべし。そんな内容が放送されていたのだが、後の祭りであった。
調べれば、販売業者に大した歴史や業績はない。
男爵は詐欺紛いの商法に見事に引っ掛かっていた。
稲刈り用重機が有用だったならば、まだ慰めともなろう。だが、現在水田があるのはエトナ山中にしかない。入れない。使えない。月賦で支出は増えて、重機は資産として課税対象となる。
貧乏貴族であるアルトベリには、まさに死活問題であった。
それは同時にレンツォにとっても死活問題となるものだ。彼の生活費はアルトベリより出されている。
手頃な依頼が見つからなければ、販売業者に繋がる痕跡を探し出すのも騎士の務めである。
そう考えていて、動いてもいた。
男爵一家の所へ行くのは、情報の共有と擦り合わせの為でもあった。
「まぁまぁ。業者さんも事情がおありだったのでしょうし、私も働き始めましたからねー。なんとかなるでしょう」
「うむ。儂も探しておるが、考えてもみよ。街に水田を作れれば、重機も生きる。無駄な買い物だったとは思わんな」
一家は大変お気楽であった。
イラーリアは子供向けの家庭教師として働き始めている。
子供向けの学問と料理を含む家事全般で、労働依頼でもあった。お嬢と触れ合って、自制が効かなくなり始めた様である。夜会の後に幾つかの名家に請われ、受けている。時間もそう取られず、報酬も悪くない。
そして男爵であるが、特に何もしていないがお気楽であった。
それが出来ないから、山の中に水田を造ったのでしょうがと突っ込むも、いずれこの街を緑の水田と化してやるぞと気炎を上げていた。危険思想は勘弁して欲しい。
奥方はニコニコと微笑んでいるだけなので、意図は察せない。
実際に、その行方を掴む事は難しい。下手をすれば既に廃業としている可能性もあった。そうなれば、契約解除は不可能となる。相手がいないからだ。
まだ官報には載っていないが、いつそうなるとも知れたものではなかった。かと言って、どうにかなる訳ではないのだが。
——地道に稼ぎながら、情報収集するしかないんだよな。
その程度の解決策しか思い付かないものである。
「そういえば、先程旧友に会いましてな。——ほら、イラーリア、マルコだ。俺とパーティを組んでいた」
「あらあらー。確か先日お子さんが産まれましたのですよねー。お連れでした?」
「まだ病院だろう。ついこの間の話だからな」
「我が家の娘は、いつになったら孫を抱かせてくれるのですかねぇ」
あまり今、やれる事はない。
それに、少々気になる事もある。
男爵が重機を購入したのはカンパニアの業者であった。彼の勤め先が破産をする前に、逮捕、起訴された企業幹部の名が業者の役員名簿の中にあった気がしている。
何分数年前の事なので、洗い直さねばならない。
確か明確に詐欺にはあたらず、しかし他者の財産を侵害したとして、彼等には何年かの執行猶予が付いた筈である。
確かめぬ訳にはいかなかった。それにファビオだ。
彼が島に戻っているかもしれないというのは、偶然か? そう考えられる程、レンツォは気楽でいられない。
冬の空へ暗雲が如く広がる不安を胸に。
それでも良い感じの儲かる仕事はないものかと考える、騎士にして冒険者であった。
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