ジゾウ
蛸屋 ロウ
ジゾウ
見て、エグいっしょw
そんなメッセージ一言を添えて送られてきた二つの写真には、様々な動物の頭をもつ気色の悪いお地蔵さんが写っていた。
それぞれ同じ場所、同じ時間帯で撮られたであろうものであったが、よく見るとお地蔵さんの数と頭の種類が違うのだ。
これが近頃、オカルト好きな友達が鼻息を荒げて語っていた『神社の増える地蔵』とやらなのだろう。
この手の怪談話は、なぜかよく学校中で広まっていた。夜を照らす街灯もそれほどないし、見渡す限りの田んぼか雑木林の片田舎。加えてホラー映画のロケ地になった太鼓判を押されれば、熱に浮かされるのも無理もない話だとは思わなかったが。
別に、こういった作り話が嫌いというわけではない。私だって最初は、そういう一つのエンタメとして楽しんでいた。しかし学年が上がるにつれて、幽霊などという想像上の存在に飽きてきたというか、バカバカしく思うようになってきたのだ。
見たこともなければ感じたこともない。真に受けていた幼少期も過ぎれば全部、妄想が爆発したオタクの空想の産物にしか感じられなかった。
もちろん私がそうなだけであって、例外の人もいる。私の友達だ。
友達とは一緒にいて楽しいし、こういった純粋さが好きなところだったが、正直こればかりは熱量が違うというか、ガチだった。あからさまでチープな加工写真すらも鵜呑みにしてしまうのだから。
私はスマホに写し出された『心霊写真』を交互に見て、えぐw、とだけ返した。
友達とは少し距離を置こうかと悩みそうになった瞬間、間髪入れずに怒涛の返信が押し寄せてきた。
ね?
ヤバイでしょ!?
この場所さ
家の近くにある山の神社だからさ
今度一緒に行かない?
肝試し、いや、怪現象探しのお誘いだった。
ここはきっぱりNOというのもありだったが、例え一人でも臆することなく、友達は深い森の中だろうと突っ込んでいってしまうだろう。
正直幽霊とかよりも、不審者やイノシシの方が何十倍も危険だし、もし後日、行方不明なんてことになれば、一緒に行かなかったことが間違いだったと自分責め、悔いても悔やみきれない思いをすることになるだろう。
気乗りはあまりしなかったが、私はOKと返信した。
そして今に至る。
ちょうど真昼だろうか。延々と続くボロい石階段を上る最中、ふと見上げると、空のど真ん中にいる太陽が、生い茂る緑の隙間から送ってくる熱い視線と目が合った。眩しい。熱い。セミがうるさい。私は視線を落とし、今度は目をつむって、水筒の氷水をグイとあおった。
例のお地蔵さん、もといそれのある神社は、町内のとある山の上にあるらしかった。すれ違う人もいなければ、さほど道も整備されていないのを見るに、おそらく廃神社か秘境みたいな、寂れて久しい場所なのだろう。そんなへんぴな場所になどそう簡単にたどり着けるはずもなく、体力の無い私は度々友達を呼び止め、階段に腰を下ろして休憩をした。
そんなこんなで疲弊しながらも私たちはついに、長い長い上り道を終え、朽ち欠けた鳥居をくぐって目的地へと到着した。
私は肺が潰れそうで、足はぷるぷると震えていたが、それでも友達は、まるで疲れていないかのように元気はつらつな様で、息を切らした私を置いて、お地蔵さんの元へと一直線に駆けていった。
途方もない道のりに打ちのめされた私には待ってよという気力もなく、とりあえず汗をタオルでぬぐい、それから勢いよく、欲するままに水筒から水を飲んだ。
水分補給によってだいぶ落ち着いた私は、妙に静かなこの一帯に視線を巡らせた。
噂とは打って変わって、おどろおどろしい雰囲気は全く無い。一言で表せば、神秘的な場所だった。正面には古めかしい、しかし厳然とした廃神社が佇んでおり、背の高い木々の葉が、瓦屋根を覆うようにして生い茂っていた。そこから微かに射す木漏れ日がそよ風と共に揺れ、落ち葉が乗った瓦を優しく照らしている。
ひと一人もおらず、ただ一つ、眼前にはそれがある。自然に埋もれ、一体となり、そして昇華した神の社。神聖さともまた違う、明らかな現世との隔離を感じて初めて、私はこういった場所に、きっと神様は来るんだろうなと、らしくもなくバカげた考えが浮かんできた。
そんな物思いに耽っている私を、弾んだ声で友達が呼ぶのが聞こえた。
疲れた私のことなど気にもとめずに急き立てるのは、いつものことだったし、もう慣れっこだった。
私は友達がウキウキとしながら手招きする方へと歩んでいき、次第に例の不気味な地蔵が・・・根も葉もないオカルトスポットが見えてきた。
けど思わず、うわ、と声が出てしまったのは、心霊うんぬんを差し引いても余りあるおぞましさが、そこに満ちていたからだ。
友達が送ってきた写真同様に、十数体の気色の悪いお地蔵さんが乱立していた。胴体はよくある、人を象ったありきたりなものであったが、頭は違った。猪、鹿、蛙、猿、果てには虫まで。無機質でいやに精巧な石造りの頭部が、こちらを見つめるように雁首を揃えていたのだ。
何が怖いのかって、きっと意図が分からなかったからだと思う。
慰霊のためでも、人々を守るためでもない。それに造られたというよりも、生えてきているような。明らかに異質で不気味で、人智の外側の世界を覗いているみたいに、得体のしれない寒気を感じた。
一方友達は超絶興奮気味で、パシャシャシャシャと写真を撮りまくってる。その元気はどこから来るんだ。
全ての個体を全方向から撮影しようやく満足したのか、ちょうど私の隣、例の心霊写真と同じ撮影場所に立って、スマホに映るそれと眼前のお地蔵さんを比較し始めた。
結果、同じだった。全部嘘っぱち。作り物だった。
心底残念そうにする友達に私は慰めの言葉をかけた。けど内心、当然だろうと思っていた。幽霊なんていない、オカルトなんてただの妄想、今日改めて再認識した。
けど不思議と、すぐにここから離れたほうがいいと、頭ではなく体?が逃げたがっているかのようにうずいていた。
怖かった。何に?分からなかった。だから怖かった。
帰ろうかと、少々強引に友達の手を引き、私はお地蔵さんの視線を背に、一刻でも早くそこから立ち去ろうとした。
けど反対方向にも、私たちを見つめる視線があった。
「やあ君たち、そこで何しているんだい?」
いつからそこにいたのか、小太りのおじさんが立っていた。柔和な笑みを浮かべて、優しい声音でそう尋ねてくる。
こんな場所に人が来るのかと戸惑ったが、すぐに挨拶と言い訳を返そうと口を開こうとする。が、おじさんの手にはシミの付いた麻袋と、錆びたシャベルが握られているのが目に入ってしまった途端、よくフィクションにいるにこやかな笑顔を張り付けた殺人鬼を連想してしまい、恐怖で言葉が詰まってしまった。
見つかった。見つかってしまった。悪いことを目撃された瞬間に似た緊張が体を縛り付け、一歩たりともそこから動き出すことができなかった。
「何してるんだい?」
まったく同じ語感で再度聞いてきた。けど不思議と三度目の忠告は無いような圧力を感じて、次におじさんが口を開く前に逃げねばと駆け出そうとした。
けど友達は一切臆することなく、増えるお地蔵さんを見に来ましたと、包み隠さず言い放った。相も変わらず無敵な様に、驚きを越えて呆れてしまった。
そんな愚直でハキハキとして、いかにも子供らしい理由が返ってきて和んだのか、おじさんは笑い声をあげて、そうかいそうかいと大きく頷いた。
「よく君たちみたいな若者が、肝試しで上ってくるんだよ。やれ白い女が出るだ、首の無い落ち武者が出るだ、根も葉もない噂ばっかりたておって。いいかい?そんなものは全部まやかしだよ。全部ウソ、作り話だよ。それを信じてこんな山の中に入ってくるなんざ、危なっかしいったらありゃしない。とっとと帰りなさい」
意外にも、話がマトモに通じそうな人で良かったと、私は胸をなでおろした。おじさんの言っていることは正しい。陽が沈んでないとはいえ、子供二人で山に入るなど、危険極まりない行動だったのだ。
私はおじさんに謝罪と別れを述べ、まだ遊び足りない様子の友達を引きずってとっとと帰路に就いた。
去り際に、おじさんが変なことを訊ねてきた。
「そういえば君たち、さっき地蔵を見たんだよね。人の頭をしたものはあったかい?」
私と友達は首を振った。
「そうかい。運が良かったね。じゃ、気を付けて帰るんだよ。この世にはね、幽霊なんかよりも怖いものがいるからね。ハハッ・・・ハハハハッ」
そうやっておじさんは笑いながら去っていった。聞きそびれたけど、おじさんは何をしにここに来たんだろう。シャベルなんか持って。
気になりはしたが、今ここで帰らないと一生後悔することになりそうな、そんな漠然とした焦りが押し寄せて、私たちは森を後にしました。
それから数日経った日のことです。
友達からまたも例のお地蔵さんの、しかし今度は明らかに異様な写真が送られてきました。
一人で再びあの場所に赴いたのでしょうか、あの日見た深い森の中で、ひっそりと佇むお地蔵さんが撮られた一枚。ですが数が、位置が、特に頭部が歴然と違っていたのです。
今度は動物ではなく、人間の顔の個体が十数体、乱立していました。よく目にする、典型的なものです。けれども底しれぬ不気味さを感じたのは、何か言いようもない不吉な予感がしたからでしょうか。
いや、 バカバカしい。なにを真に受けているのだか。私は背筋を走る冷たい感覚を、恐怖にそそのかされて膨らんだ想像力によるまやかしなのだと払いのけ、一言、えぐw、とだけ返した。
それが友達との最後の会話でした。
ーーーーーーーーーー
『続いてのニュースです。昨月から立ち続けに発生していた児童誘拐事件について、警察が神社の住職の男を逮捕しました。
逮捕されたのは○○県○○町に住む加藤友則容疑者です。調査関係者によりますと加藤容疑者は、昨月、同町や周辺の地域で発生していた連続児童誘拐事件に関与している疑いが持たれています。
調べに対し加藤容疑者は「今回は数が多かった。お天道様が怒ってしまう。まだ少し足りない」などと供述しており、警察が殺人事件も視野に、詳しいいきさつと児童の行方を調べています』
『続いてのニュースです。誘拐殺人の罪で収監されていた加藤友則死刑囚が、死亡しているのが発見されました。
昨夜未明、○○市の刑務所内で、先月、殺人などの罪で収監されていた加藤死刑囚が、入院先の病室で死亡されているのが発見されました。
遺体はひどく損傷しており、加藤死刑囚が前日から昏睡状態に陥っていたことから、警察は何者かによる殺人として捜査を進めています
続いてのニュースです。』
ジゾウ 蛸屋 ロウ @TAKOYAROU1732
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