2.恋は愛へと変わっていく
雲は相変わらず、空を覆っていた。学校の近くにある海岸で、私は水平線を眺めていた。足に波が押し寄せる。上から降る水が、落ちては消えてゆく。
―このままいたら、満ち潮になるのかな―
気づけば、雲はちぎれて月が見えていた。気持ちに整理がつかないままずっと立ち尽くしていた。
ふと、腕を引かれて我に返った。見れば、彼がいた。凄い形相でこちらを睨んでいる。
「何してんだ。危ないだろ。そろそろ満ち潮になるんだぞ」
言われて、下を見れば水は腰辺りまできていた。
―あぁ、どうして彼は優しいのだろう―
悔しくて、胸が苦しくて俯いた。
「ほら、帰るぞ」
繋がれた手はゴツゴツしていて、暖かった。服は2人してびしょ濡れだったので、ハンカチである程度拭いてから自然乾燥に任せた。夜風が冷たい。
休日になって、レターセットを取り出した。彼あての手紙だ。海岸で助けてくれたお礼のつもりだ。
『ありがとう』『大好きです』『優しいね』
うまい言葉が見当たらない。書いては破いてを繰り返して1時間。できたのは短い文だけだった。
『先日はありがとう。また一緒に出掛けようね。』
インクが乾いてから、それを封筒の中に入れた。心の中で『見捨てないで』の文を付け加えて。
翌日に彼とカフェで会った。私は、彼の好きなクッキーを添えて手紙を渡した。
「昨日はありがとう。これ、お礼のお菓子」
「気にしなくてもよかったんだぜ。ま、貰えるものは貰うけど。ありがとな」
彼はニカっと笑って受け取った。その笑顔を見て、守りたいと思った。彼の心を手に入れるより、大事なものを見つけたような気がした。
それから私は、彼に尽くすようになった。今は彼の相談を引き受けている。
「ナギサ、聞いてくれよ。俺さ、なんか振られちまった。いっつもそうなんだが、あっちから言われて付き合ったのに変な話だよな」
「嫌なことしたの?」
「聞いたらよ。誕生日を祝ってくれないだの、言ったこと覚えてないだの言われたんだ。でも、人間忘れちまうもんだろ?仕方なくないか?」
彼は誰にでも平等に接していたのかもしれない。付き合った女の子たちはそれが嫌だったのだろう。
「乙女心なんでしょ。好きな人には、祝って欲しい、尽くして欲しいって思うものなんじゃない?」
ある日、彼は神妙な顔つきで相談に来た。
「俺さ、別れた彼女に追われてるかも。今の彼女といるだけで、なんかヤバい視線を感じんだよ。刺されそうな感じのさ」
「へー。ストーカーとかは?」
「そこまではされてない…はずだ」
彼の顔は顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。
「彼女とデートの予定は入れてるの?」
「一応」
「そっか。日付と場所は?何かあったら、通報するよ」
「日付は次の土曜日。場所は、最近できた学校近くにあるデパート」
土曜は予定が入っていない。デパートの場所は把握している。何も問題はなさそうだ。
「わかった。何かあったら言ってね。なるべく協力するよ」
「ナギサ、ありがとな!持つべきは良き友人、だな!」
クーラーが効いた広い室内に、怪しい影を見つけた。彼の元彼女だろう。聞いていた特徴と一致する。少女の持っているバッグから、包丁の柄のようなものが見えた。怖くなった私は、武器など無いので、近くで調達しに行った。
雑貨売り場の文房具売り場を見た。バインダーに、ハサミ…色々と置いてある。
―よし、裁ちばさみにしよう。これなら、耐久値はあるはず―
私は買い物を終えて、少女を探した。先ほどは、本屋の近くにいたが、一体どこに行ったのだろうか。
―彼女が追うのは、彼しかいない―
それから、彼のいそうな場所に向かった。ゲーム売り場、プラモデル売り場、電気屋等、思いつく限りのところへ行った。だが、一向に見つからない。
時間を見ると、12時近くだった。電話はまだきてない。一旦、昼食をとりにレストランの並ぶ階へ移動した。すると、洋食屋の影に少女がいた。彼女の目線の先を見ると、彼がいた。流石に店に入る気は無いのか、そこで見つめているだけだった。
出口から、彼が出てくる。彼女が動いた。包丁を構えて突っ込んできた。私は後ろから彼女に抱きついて妨害をする。
「何すんのよ!離しなさいよ!」
私は吹き飛ばされて、地面に腰を打った。瞬間、包丁が頬をかすめる。バインダーの入った袋を前に構えて、応戦する。疲労困憊でギリギリ回避しているため、バインダーも腕もボロボロだった。警備員が走って来たところで、私たちの攻防は終わった。
彼が私の方に来て、しゃがみ込んだ。
「大丈夫か。頬が切れてる。」
私の頬をちり紙で拭いた。それから、手当をされた。彼女さんは固まっていた。血が苦手だったのだろう。
彼は、デートを中止して私を家に連れて行った。怪我が気になったらしい。家に入って早々、手当をされたのだ。
「さっきはありがとな。守ってくれて。でも、俺のせいで、こんな傷を負わせちまった。本当にごめん」
「気にしないで。君が大事で、失いたくなかった。できるなら守りたい。一緒にいて、色々なことをして、時間を過ごしたいって思っただけだから」
私は感傷に浸った状態で話をして、気づいた。告白じみたことをしてしまったと。
彼の顔を見ると、目には哀れみだけではない、炎のようなものが宿って見えた。力無く垂れ下がる腕を彼が掴もうとする。私はそれをかわして、彼の目を見た。
「俺もお前を大事に思ってる。俺は、ナギサのことが好きなんだ」
「間違えちゃだめだよ」
「間違いなんかじゃない。今、気づいたんだ。ずっと気づかなかったのは、謝る。だが、この気持ちは本当だ」
「次に会ったときも、同じ気持ちなら信じるよ。手当、ありがとう。じゃあね」
私は長い夏休みの中、彼に会わないことを誓ったのだ。彼は私に母親の影を感じていたのだろうか。置いていかれたような子供の顔をしている。次会ったときには、いい答えが返ってくると願って。
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