夜月奏乃香 夏祭りの後に

あざね

#月姫の舞踏会 台本




 ――夏祭りの喧騒は、次第に終わりを迎えていく。

 今年も独りぼっちなまま、最後の花火大会が始まるのを待っていた。


「キミがいた夏は、遠い夢の中……か」


 私の視線の先には、たくさんの人がいて。

 家族だったり、学生だったり、さらには社会人の恋人同士だったり。そんな幸せな光景を目の当たりにして、河川敷の上方に腰を下ろす私は膝を抱えていた。

 いつからだろうか。

 こうやって、一人でいる時間が増えたのは。

 考えれば考えるほど嫌になるけれど、誰が悪かったわけではない。そんなことは分かりきっているから、この寂しさの行き場がどこにもないのだ。


「仕事終わりで時間が空いたから、ってくるんじゃなかったかもな」


 自然と、そんな後悔の言葉が口をついて出る。

 いつもならこの時間、私は部屋で配信を行っているはずだった。それを急遽、こうして夏祭りに足を運んだのは、本当に気紛れ。


「みんなに、悪いことしたよね。……どうしよう」


 雑踏の中で、消え入るような声で呟く。

 誰かにそばにいてほしい。そう思ったから、友達と笑い合っていた時間を思い出せるかもしれないと感じて、ここへやってきた。社会人になってからというもの、そういった機会もめっきり減ってしまったが、それでも仕方ないのだろう。


 私たちはそうやって、大人になっていく。

 それぞれの寂しさを胸に抱え込んで、ひた隠しにしながら。だけど、


「そういえば、みんなの投稿でも見てみようかな」


 そう考えていたからか。

 私はSNSのアプリを開いて、みんなの投稿を確認した。すると、そこにあったのは――。



『あー、今日は配信休みか』

『なにしようかな』



 そんな、どこか自分のことを求めているような書き込み。

 そしてその中に、ひとつこんなものがあった。



『自分は、ゲリラでも待ってる』



 その言葉を見て、私はハッとする。

 そして、ゆっくりと立ち上がりながら考えるのだ。

 勝手に自分が孤独だなんて、思い込んでいた自分は勘違い馬鹿だった、と。私には私のことを好いてくれているリスナーが、何人もいる。そんな彼らがいまも、もしかしたらと待ってくれている。


 私はそう考えて、急いで帰ろうと――。



「あ……!」



 ――その直後、だった。

 空に、ひときわ大きな大輪の花が咲き誇ったのは。

 周囲の人々の歓声すらも、どこか遠くに感じるほどの絶景で。私は思わず唇を噛んで、一気に駆け出していた。



 弾ける音、そして空を明るく染める花々を横目に見ながら。

 私は『夏祭りの後』へと、向かうのだった。







 そして、帰宅した私は急いで配信をつける。

 すると――。



『お、本当に始まった!』

『待っててよかった!』

『こんつきー!』



 リスナーのみんなは、待ってましたとばかりにコメントを書き込む。

 それを見て、私は一瞬だけ息を呑んで。それでも、


「こんつきだよ、今日は何を歌おうか!」



 いつもと変わらない調子で、そう語り始めた。

 そして、選んだ歌は――。






おわり。

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夜月奏乃香 夏祭りの後に あざね @sennami0406

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