3:見つけちゃった......

「なにやってんだ、こんなところで」


:うえええ? 本物?

:ドーナツさん?

:あの黒い剣、間違いなく黒龍剣のオリジナル!!

:まじまじまじ???

:生きてたの???


「え? まじ? 本物??」


私は、怖くて震える足を小鹿のようになりながら態勢を立て直して、その人の方へ向かった。顔を触ると、確かに温かみがある。腕の感触も、いや太っ......。つ、ついでに胸板も......。


「べたべた触んな、きしょくわりい」


「きゃあああ! しゃべった!!!」


錯乱した私は自分の持っていた鞭でその人にべしべしたたき出す。


「いて、いって!! やめ、やめろって!!」


「え、あ、ご、ごめんなさい!! つい、幻覚かと......。あの、確認ですけど、ドーナツホールさんですよね?」


「あ? ああ、懐かしいな。その名前......。たしかに、そう呼ばれてたよ。でも、もうだいぶ前の......」


言いかけた途中で、ドーナツさんが目をキリと狙いを定めるように細めた。あの獲物を狙う狩人の眼、たまんねぇ~。いやいや、そんなことよりもなんかカサカサって音聞こえね?


「な、なにこの音......!!」


「徘徊者だ」


「え? なに?」


「モンスターが独自の真価を遂げた、怪異だよ。さっきのスクリームも同じだ。前はバンシィっていう美しい生き物だったんだがな。でも、次のはもっとマズいぞ」


その言葉の通りに、虫のようなものが数百、いや数千と壁を伝いこちらに向かってくるっ!??

「うわああああ!!? 虫いいいい!!」


「うわっ!? むやみに鞭を振り回すなぁ! こいつらの血は毒性があるんだよ! 剣や鞭で殺すな! 殺すなら焼き殺せ!」


ドーナツは自分のポケットから古びた指輪を取り出して自分の右人差し指に付けた。瞬間、右手に炎が宿り始める。あれは、炎の指輪だ! ドーナツさんの十八番じゃん! 生で見るのかっこよ!!


「うほ”お”お”!!」


:なんか獣いて草

:一番怖いのは人間なんだね......

:なんか、この子可愛いな......

:にしても、ドーナツって老けてねえな。言っても5年しか経ってないけど


やば、私の声まだ配信に入ってるんだった。キモイ声が配信に乗って最悪なんだけど......。にしても、この人の判断早すぎでしょ!? そら最強のダンジョンハンターって言われるだけあるわ。


「たしかに、おじさんのはずなのに顔変わんないね」


「今そんなこと言ってる場合か! お前も指輪持ってたらこの毒蟲どうにかしろ! お前のせいだろ」


「はい! 全力でお手伝いします!!」


指輪、たしか前のダンジョンで雷の指輪を買ってたはず......。あ、あったあった。わたしは左薬指につけて、目の前の虫たちに電撃を浴びせる。


「ほう、お前も無詠唱か。意外とやるじゃねえか」


「ドーナツさんの配信は、全編百回くらい見ましたから」


「はっ、そらヒマ人だな!」


「ちょっと、ファンにそんな口いう!?」


虫の勢いが減っていき、ようやくダンジョンが静かになっていった。


「はぁ、はぁ......。まじ、あれなに? ちょー気色悪かったんですけど......」


「知らん。このダンジョンに生息しはじめた虫だろ......。よくスクリームの叫びで寄り付いてきやがるんだ......。はぁ、疲れた」


「やっぱり、おじさんだね。ドーナツさん」


「それもうやめろ。洞井戸でいい」


洞井戸? もしかして、それが本名?

初めて知った。ネットのどこにも出回ってないし、この情報知ってるの私だけ?


「いや、ダメだって! 今、これ配信してるから。おじさん、ネットリテラシーなさすぎ!!」


つい、おじさんって言っちゃった。推しはまあ、おじさんなんだけど。それがいいんだけど......。


「だれが、おっさんだコラ。まだ、33だコラ」


「いや、十分おっさんだし」


「そういうガキんちょこそ、ここに何しに来たんだ」


「今、流行ってんの。廃ダンジョン配信。知らないの?」


「知ってるわけねえだろ。ずっとここでサバイバルしてたんだからよ」


ずっと? ずっとって、行方不明になった5年間も? それなのに、服がボロボロ意外、なんの外傷も見当たらない。なんて胆力なんだ......。私も見習わないと!


「じゃあ、改めてさ、私の配信見に来てる人たちに挨拶してよ! ほら」


そう言って、私はドローンを彼に近づけた。


「うわ、なんだこれ」


「え、ドローンも知らないの? 遅れてるー」


「すげー便利になってんだな。この5年で変わりすぎだろ。よ、お前ら元気してたか? ドーナツホールこと、洞井戸夏也だ。俺はここにいるぜ」


その言葉は、なにかカメラ越しにいる誰かを挑発しているみたいだった。でも、生きててよかった。よかった!!


「じゃあ、一緒に帰りましょ! 夏也さん」


「は?」


「え?」


「嫌だけど」


このおっさん、何言ってんの?


:頭おかしなった?

:とりま生存報告ありがとう

:伝説の復活だ!

:なにこれ? フェイクっしょ?

:いや、ここまで来てフェイクはないわ

:そもそも、そんなことできるほどの技術力、こんなバカそうな女にないだろ


なんやこいつ、絞め殺したろか......。いやいや、頭に血ぃ上らせちゃ相手の思うつぼだ......。いや、こんなクソガキは手加減せんでええわ。


「あんだとコラ、てめえ初見かぁ~? バカ女じゃなくて『つばっちゃん』な? そこ弁えろよ、クソガキ」


「え......」


あ、やば......。つい昔の悪い癖が出ちゃった......。まずい、夏也さんが引いてる......。


「こ、怖かった~」(棒読み)


:す、すいませんでした......

:ズ、ズコーwwww

:え、なにあのドスの効いた声......///

:ね、ねえさん!

:姐さん!

:最強鞭姐さん!

:ムチ姐!


な、なんか盛り上がってる......。ま、いっか。


「な、なんにせよ。お前はもう帰れ。俺は、ここで生きる」


「なんでよ! また配信してよ! みんな待ってるって」


「嫌だね。もう関わるな! んで、もうここには来るな」


取りつく島もなく、夏也さんは私を入口へと強制的に連行していく。私はめげずに入口へ彼を引っ張り出そうとするも、その腕を振りほどかれた。その眼は、寂しそうというか、現世に未練なく死を待っているようだった。私はただ、この人を助けたいだけなのに......。どうして届かないの?




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