第7話

起き上がって窓を開けると、風がやわらかかった。

蝉の声はまだ遠く、町はゆっくり目を覚まそうとしている。

ギラギラとした太陽も、このままのんびりしてくれていたらいいのに。


いつでも元気で、きびきびしていなくても許される実家。

一人暮らしの気楽さとはちがう、静かで穏やかな時間が流れている。


昼下がりには、母とキッチンに立ち、少し固くなりすぎたオムライスの卵に笑い合った。


夕食は、友人と食べる予定。

父が半ば無理やり、駅まで車で送ってくれた。

「ありがとう…」

そんな何気ないやり取りさえ、うれしかった。


──真央が描いた、最高の夏休み。


けれど、ホームに着いたとき、電車は止まっていた。

「動物との接触がありました」というアナウンスが繰り返されている。


そうだった。この町は、こういうところだった。


予定が流れた。


真央は、そのまま歩いて帰ることにした。

陽が落ちかけた道を、音楽も聞かず、スマホも見ず、ただ歩いた。

お腹が、すこし空いていた。


「あ…」


気づけば、あの公園にたどり着いていた。

ブランコに座り、何も考えず、ゆっくりと揺れる。

少し涼しくなった風が、頬を撫でた。


「真央」


ふと声がして顔を上げる。

ランニング帰りの拓海が、汗を拭きながら笑っていた。


「またここにいるの? 」

「……そっちこそ」


ブランコの鎖を握りながら、真央はぽつりとこぼす。


「いろいろ、考えすぎちゃうんだよね。東京にいると」


「たぶん、それは真央だけじゃないよ」


拓海はそう言って、隣に腰を下ろす。

ふたりはまた、並んで夕空を見上げる。


だけど昨日とは違う。

真央の心の中に、静かでまっすぐな芯がひとすじ通っていた。

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