第6話

風呂あがりの髪を乾かしながら、ぼんやりと天井を見上げる。

窓の外では、もう蝉の声も止んでいた。代わりに、草むらの奥から虫の音がしきりに聞こえる。


高校まで過ごした実家の部屋。

いまは客間になっていて、見慣れたはずの天井さえ、どこかよそよそしく感じた。


髪をタオルでゆるく包み、床に置いていたスマホを手に取る。


通知はニュースアプリの更新ばかり。

けれどその中に、ひとつだけ、見覚えのある名前が並んでいた。


拓海:お疲れ。ゆっくり休んで。


真央は、思わず小さく笑った。


さっきまでと変わらない、地に足のついたような言葉。

なのに、胸の奥でなにかがやさしく揺れる。


真央:きょうはありがとう。キャリー重かったよね、助かりました。


本当は、もっと伝えたいことがあった。


夕暮れの公園。ブランコの揺れ。

ゆっくりと歩いた道。交わした会話。

変わっていないこと。変わってしまったこと。


でも、それら全部を伝えるには、どんな言葉も足りなかった。


送信ボタンを押したあと、しばらくスマホを見つめたままでいる。

返信を待っていたというより、さっきまでそばにいた人の気配が、まだどこかに残っている気がして。

それを手放すのが、惜しかっただけかもしれない。


タオルを外し、ドライヤーのスイッチを入れる。


夜の静けさの中に、温風の音だけが、ふわりと広がっていった。

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