『ギフトウォーズ 〜そして誰も笑わなくなった〜』

チャッキー

第1話

サンタ訓練所、零下三十度のプレゼント地獄


 極北。雪の壁。見渡す限りの銀白が、地平線と空の区別を呑みこんでいた。

 そのなかに、火花と怒号が飛び交う――とてつもなくうるさい場所があった。


 そこが、北極最深部第七訓練所――通称プレゼント墓場


 「おいそこッ!ソリの角度が三度甘ぇんだよ!このままだと民家の煙突じゃなくて墓穴に突っ込むぞッ!」


 全身毛皮に身を包んだ鬼教官レッド・クラッシャーの怒声が、寒気を切り裂く。

 その足元では、若きサンタ訓練兵たちが、トナカイソリを担いで全力ダッシュしていた。

 ただし、トナカイ抜きで。ソリそのものを、背中に担いで。


 「ぜっ……はっ……っ、う、運ぶんだ……プレゼントを……届けるんだ……!」


 呼吸が氷となって唇に張りつく。

 体温で湯気をあげる背負われたソリは、まるで血に濡れた棺桶。

 訓練兵番号405《スノウ・ラドルフ》は、歯を食いしばって一歩を刻んだ。


 ふと視界の端、教官の持つ“スレッジハンマー”が、地面に激突する。

 轟音。地面が割れ、雪煙が舞った。


 「そこっ!笑顔ッ!!サンタは届けるだけじゃねぇ!希望を運ぶ戦士だ!口角を上げろ、歯を見せろ!泣いてる子どもを笑わせろッ!!」


 ――笑顔?

 ――この地獄で?


 ラドルフは、それでも口元を引きつらせる。

 氷で凍った歯茎から血がにじむ。それでも歯を見せた。

 笑顔。笑顔。届けるんだ。プレゼントと――笑顔を。



 休憩は五分。

 その間に雪を掘って食事をとる。

 飯は、“北極圧縮ケーキ”――トナカイの干し肉と、古代クルミ、氷樹の蜜を煮固めたものだ。


 「この味、クセになりますよね……いや、クセしかないな……」


 隣の訓練兵210番、マグ・ベリルが呟く。

 ラドルフは口を動かす代わりに、空を見上げた。

 その空に、たった一筋だけ金色の線が見えた。


 あれが、《第一軍団》。実戦部隊の軌道演習だ。


 金色のソリ。空を翔けるエリートサンタたち。

 いつか、あそこに立つんだ。いや、乗るんだ――煙突の先へ。



 そして午後訓練。


 今度は“侵入訓練スモーク・ステルス”。

 制限時間五秒。

 煙突のダミー家屋に、音も立てずに侵入し、正確にプレゼントを配置して退出しなければならない。


 音が出れば、爆竹が爆発し、サンタ帽が燃える。

 配置がズレれば、ハンマーでどつかれる。

 退出に遅れれば、床が抜けて凍った地下湖に落ちる。


 ラドルフは、深く息を吸った。

 プレゼントの袋を抱え、突入。


 “世界で一番過酷な配達員”としての訓練は、まだ始まったばかりだった――。



次回予告


第二話:伝説のトナカイ《エクリプス・スノウホーン》登場!

死を招く角を持つと言われる伝説の獣。

ラドルフたちは、トナカイ選定試験でその名を聞く――

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