Thread 02|誰も、彼女を知らない
昼休み、俺は何度目かの発信を繰り返していた。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
無機質な音声が響くたび、胸の奥がざわついていく。
LINEも、未読のまま。
SNSはアカウントだけ残っていて、昨日までのストーリーや投稿はすべて消えていた。
フォロー数ゼロ、履歴は白紙。
──まるで、最初から何もなかったみたいに。
社内の人事データにアクセスして、背筋が凍った。
名簿に、美咲の名前が存在しない。
入社時の紹介記事も、配属のメールも、社内の写真も、痕跡ごと消えていた。
何かがおかしい。
焦りながら、休憩室で同期の藤村に話を振った。
「佐伯美咲のこと、覚えてるよな?」
「あぁ、佐伯?……いたっけ?」
藤村は首をかしげ、曖昧に笑ってコーヒーを啜る。
「いただろ?俺の隣のあの席でさ。派手なペン立て置いてて、いつもお菓子配ってたじゃん。部長にやたら気に入られててお前ぼやいてただろ」
そう言っても、藤村は「うーん……」と唸るだけで、ピンときていない顔だった。
「気のせいじゃない? あの席、最初から空いてた気がするけど」
記憶違いのはずがない。
俺が食い下がろうとした、そのとき。
自販機の前で小銭を入れていた女性社員が、手を止めた。
彼女はぽつりと呟いた。
「前にも誰か、急にいなくなったって騒いでたよね……」
俺が振り向くと、ハッとした顔で、言葉を引っ込めて立ち去った。
モヤモヤしたまま席に戻ると、机の上に栄養ドリンクの小瓶。
貼られたポストイットには”お疲れ様です。”と癖のある岸本の文字が笑っていた。
帰り道、スマホのアルバムを開く。
美咲と撮ったはずの写真──彼女がいた場所だけ、不自然な"隙間"が空いていた。
空白になったあの位置に、誰がいたのかさえ、曖昧になっていく。
家に帰り、スーツのポケットからUSBを取り出した。
昨日、美咲に渡されたやつだ。まだ開いていない。
なぜか、開けるのが怖かった。
この中身を知ったら、もう引き返せない気がした。
──でも、確かに彼女はいた。
昨日まで、俺の隣で笑っていたはずだ。
「また明日」って、言ったはずなんだ。
なのに、なぜ誰も覚えていない?
なぜ、俺だけが──。
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