第41話

 陽葵が皆の前で俺に声をかけてくるなんて・・多分俺の様子がおかしいから、心配してくれたんだろうな。


 正直助かった。なんか家にも帰り辛かったし、かと言って友達と騒ぐって気分にはなれなかったし。




「正直、これが一番いい方向なんだろうなって・・」



 夏樹は夢を叶えて、俺は普通に奨学金利用して大学行って就職して・・。スポーツ選手の寿命は短いけど、夏樹は引退後はあの店を継げば問題ない。サーフギアや遠征費まで草加部さんが面倒見てくれるなら汐見家の経済的にも何の憂いも無い。


 これからは夏樹の事は草加部さんに任せておけばいい。あいつの言う通り、俺がいちいち夏樹の事を気にかける必要も無くなった訳で・・



「夏樹には夢を叶えて貰いたいってのは本心だし。いつまでも一緒になんて言ってないで、そろそろお互い自立してそれぞれの道を進んでかなきゃならないんだし。父さんだって金の工面の心配が無くなって、俺としても安心したし。サーファーにとって海外行くのは絶対的な憧れなんだし、もう何もかもいい事づくめって感じだよね・・」




 なのにどうして、俺はそれを喜べないんだろう。



"三人で将来プロサーファーになるぞ!"



 その約束を破ったのは俺の方。

 あいつと距離を取ったのは俺の方・・



「央は央で決めてって・・今更プロなんか目指せるわけねーじゃん。将来棒に振るかもしれないのに、俺にはそんな度胸ねぇし。お前と違って俺には将来戻ってくる場所なんかねーんだぞ。誰が何と言おうと我が道を行くってお前と違って、俺は自分の立ち位置理解してるし。お前は自力でスポンサーまで見つけて来たのに、本当の子供でもない俺が父さんの脛かじってプロ目指すとか・・出来るわけないだろ」



 まるでぽっかりと穴が空いてしまったかの様に、満たされない心。喜んでやらなきゃいけない。夏樹の足を引っ張る様な事はしちゃいけないと頭では分かっているのに、どうしても気持ちがついていかない。


 こんな悪態ついて・・。俺ってなんちゅう・・心が狭くて自己中心的な人間なんだろう。




「私はそういう事を聞いてるんじゃありません」



 

 俺は顔を上げた。そこで俺を待ち受けていたのは、少し怒った様な表情で俺を見据える、陽葵のまっすぐな瞳だった。



「央君は全然分かってないです。どうして夏樹君がそんな事を言ったのか」


「え・・?」


「家の事だとか夏樹君の為だとか、そういうの抜きで・・央君には自分の為に生きて欲しいって、そういう意味なんですよ!?」



 え────・・?




「前に言ってたんです。自分と一緒に居たら央は一生遠慮して生きてくから・・それはどうなんだろうって」



 夏樹が・・?



「あいつが・・そんな事を・・?」



 本当なのか? じゃああいつが手を離したのは────あいつなりに俺の為を考えた結果ってこと・・?


 俺が驚きの目を向けると、陽葵はまた泣きそうに表情を歪めた。




「央君は本当はどうしたいんですか?」




 俺は────・・




「・・サーフィンやりたい・・」




 あれからずっと考えてたけど・・俺はやっぱりサーフィンが好きだ────。


 俺と夏樹と芽留・・三人で誓いをたてたあの日から、俺の本音は変わっていない。ただ夏樹と一緒にいる為だけにサーフィンを続けてた訳じゃない。



 俺の答えを聞いて、陽葵はガシッと俺の手を掴んだ。



「将来の収入の事なら私が頑張りますから!」



 ・・へ?



「今は共働きの時代ですし、必ずしも男の人が生計の主体にならなきゃいけない訳じゃないですし。それに子供のうちは亮司さんに出来うる限り甘えましょう! 仕事と夢を両立するのは大変ですけど、学生のうちなら思い切り打ち込んでも何とかなる訳で。なんなら私だってそう思って今から小説書いてる訳ですしっ」


 

 なんかやたら一生懸命熱弁する陽葵を、俺は呆気に取られて見つめていた。するとあいつはその俺の様子に気がついたのか、言葉を止めて頬を赤く染めさせた。



「お・・お嫁に来てもいいって、言いましたよね・・」



 ぷっと、思わず吹き出してしまった。こいつはほんと・・なんでこんなに愛くるしいんだろ。


 本当に・・癒されるよ。陽葵・・。


 あの家を出たら天涯孤独になってしまうという俺の不安を埋めてくれる・・唯一の存在。







◆◇◆◇◆◇◆



 家に帰って、俺はカフェで店仕舞いをしている父さんの所へ行った。自分の気持ちを話す為に。本気でトライアルに挑戦するならドライスーツも必要だし、バイトだって辞めないといけない。そうなれば父さんには負担を強いる事になってしまうから・・父さんにちゃんとお願いして許しを得ないことには始まらない。


 父さん────俺がそんな事言い出したら一体どんな反応するんだろう。


 だけどもう逃げるな。いい加減にちゃんと話をしないといけないって思ってたんだし。それが良い反応でも悪い反応でも・・これからの身の振り方をはっきりさせる良い機会なんだ。




「父さん・・ちょっと話あって・・」


「ん? どした、央?」


「・・俺もダメ元でトライアル・・受けてみたいなって、思って・・」




 その時の父さんの反応は────俺にとって予想外のものだった。



 言葉よりも先に伸びてきたのは父さんの手。


 高校入って俺の背丈は、もう父さんとほとんど変わらなくなった。伸びてきた父さんの腕に引き寄せられて、こんな風に子供みたいに抱きしめられるのは、一体いつぶりのことだったのか。




「うん、そうか。応援する。頑張れ央!」




 父さん────・・



 どうして今まで逃げたりなんかしてたんだろう。


 抱きしめられた温もりは、今まで積もったわだかまりも簡単に溶かしてしまう。


 俺はちゃんと愛されてる。

 もっと早くに向き合っていたら、夏樹に追いていかれる事も無かったかもしれないのに・・。



「うん。ありがと、父さん・・」






 部屋へ戻るとスマホには芽留からのメッセ。そこには「トライアル受ける」とだけ書いてあった。


「俺も」そう返した。


 

 またあの頃の様に、三人で上を目指す────そんな未来ももしかしたら、本当にあるのかもしれない。



 そんな願いを込めて俺はあいつの部屋のドアをノックする。ドアが開いて顔を覗かせた夏樹に、俺はこう告げた。



「俺もトライアル受ける事にしたから」




 するとあいつは────こんな事を言った。




「今更?」




 ・・・・ん?




「央も芽留ももう一年以上サボってるし。スタミナだって筋肉量だってだいぶ落ちてるだろうし、そんなんでトライアル受けるとか、これから相当努力しないと無理なんじゃない?」



 ・・あれ? 


 な、なっ・・ちゃん??



「ま。せいぜい頑張って」



 

 あいつはそれだけ言うと、パタンっとあっさり部屋のドアを閉めやがった。

その時の冷たい目────。




 待って・・陽葵ちゃん?



 コイツって本当に・・『俺の為』なんか考えてた────?





 

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