第30話

『消波ブロックの周りはカレントが強いからあまり近づかないように。ブロックの裏側まで流されちゃうと抜け出せなくなる可能性あるから』



 前に央君に言われた言葉を思い出し、私は用心して、だいぶブロックから離れた位置から入水した。沖の方を見ると、確かにいつもより波が大きい気がする。ただ海面は割と穏やかそうに見えて、前の様に風を受けて荒れていたり、波数がすごく多いという訳ではないようだ。

 腰くらいの位置まで進み、そこから波に合わせてパドリングすると、なんと一発目から波に乗る事が出来た。どうやら波にパワーがあって、パドル力の低い初心者でも乗りやすい波の様だ。そのお陰で────私は調子に乗ってしまったのかもしれない。



 何度目かの波を捕まえたところで、私は失速したボードから海へと降りた。すると足がつかない事に気がつく。そこで初めてハッとして周囲を見回し、私はある事に気がついた。


 あんなに離れて入った筈の消波ブロックが、もう割と近くまで迫っているということに。



(えっ・・もうこんなところまで・・?)



 カレントが異常に強い。その事に気がついた時にはもう遅かった。足が底につかない状態では、波を捕まえるかパドリングで岸まで戻らなければならない。しかしその位置はもう、押し寄せた波がブロックにぶつかりながら急激に沖へと戻っていく、潮の流れにのまれてしまっていたのだ。


 水を掻いても掻いても、一向に岸が近づかない。沖に出たくても出られない日もあるのに、この時はまるで吸い込まれる様に、徐々に沖の方向へ離れて行っている気がする。こんな事は初めてで、私はあまりの恐怖でパニックに陥っていた。離岸流に巻き込まれてしまったときは流れに逆らって泳いでも体力を削られてしまうだけで、大事なのは別方向へ漕いで早めにその流れから外れる事なのだと教わっていたにも関わらず、正常な判断を失っていた私は、ただ岸へ向かってひたすらに踠いていたのだ。




(どうしよう・・怖い! 誰か助けて・・!)




 焦りからがむしゃらに水を掻くと、大勢が崩れて余計にボードは推進力を失い、体力も奪われて行く。まるで足を掴まれ引きずり込まれる様に、私は沖へと流されて行った。



「・・なんかあの人、流されてない? 大丈夫かね」

「真夏ってド初心者多いからなー・・でもどっかに連れがいるだろ」



 その様子を遠目に見ていたあるサーファー達の溢したその呟きが、近くに居た彼の耳に入らなかったら・・私は命を落としていたかもしれない。




「────ひまりサン・・?」


「ん? どした夏樹?」


「いや・・あれ、ひまりサンじゃないかと思って・・」


「え? ひまりん? さすがに違くない?」


「・・一応見に行ってくる。ひまりサンじゃなくても危なそうな位置にいるし。芽留、念のため戻って央のこと起こして来て」



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