第11話

 サー・・フィン・・?


 あの・・海の上をボードに乗って滑る・・イケてるスポーツ代表みたいなあの? 青い空白い雲煌めく海でウフフアハハな、あの・・?



(眩し過ぎる!!)



 陰キャとマリンスポーツは相容れぬ存在! もはや対義語! 



「お言葉ですが、陰キャは陽の光を浴びると溶けるんです・・」


「は? つべこべ言わずにまずはチャレンジ! あそこの更衣室で着替えて」


「いや、ですから・・」


「はい、いってらっしゃーい」



 問答無用で更衣室という名の小屋へ押し込まれ、バタンとドアを閉められてしまう。でもまぁ・・考え様によってはお家で二人きりの会話を強制されるよりマシなのか。陰キャにとってそれは身を削られるほどの苦痛。サーフィンを体験するというのなら、その練習に没頭してる人になれば、話しをしなくても問題はない。話題や上手い返しを探すという苦行から逃れられる。

 覚悟を決めて着替えを済ませて小屋の外へ出ると、既に自身も着替えを済ませた汐見君が、私を逃さぬとばかりに待ち構えていた。



「サイズ良さそうだね。あと日焼け止め! そのままだとかなり焼けちゃうから」


 彼はそう言って大きな両手に日焼け止めをブチューと出すと無造作に私の頬を包み込んだ。そして顔に塗り塗りと・・




「え? 顔真っ赤だよ。そんなテレる? こっちまでテレるからやめて?」




 よ・・


 陽キャの距離感・・無理・・







◆◇◆◇◆◇◆



 顔がジリジリと熱い。道を歩いていたときの日差しより強い気がするのは、遮るものが無いせいなのか、それとも反射のせいなのか。ゆらりと僅かに波うつ海面はキラキラと光を拡散させて、目にも若干の痛みを感じた。そして六月の海は思った以上に冷たい。足先がジンと麻痺したような感覚を覚えた。



「まずはスープで波に乗る練習なー」


 腰くらいの深さの浅瀬で彼は足を止めた。


「スープってのは波が崩れた後の白く泡立った状態の波のこと。安定感はないからボードの上に立つにはあまり適さないけど、パワーがあるから波には乗りやすい。まずはボードの上に寝転んだ状態で波に乗る感覚を掴むぞ」


 彼に促されるまま、私はボードの上へと寝転んだ。が、くるんと左に回転しドボンと海へと落ちてしまう。


 へぶっ。しょっぱぁ!!



「あはは、真ん中に乗らないとー。バランスー」


「こ、この辺ですかね・・」


 

 しかし。次は右に落ちた。そしてその次やっとまともに寝転べたと思ったら・・



「あ! 危ない!」



 今度は後ろからやって来た波にベロンとボードごと捲られ、無様に顔から海へと突き刺さる様に落ち、そのまま一回転して最後はゴチンと浜へと叩きつけられる。


 ド・・ドラム式で洗濯されてる気分・・!


 揉みくちゃにされて無様に頭の上に海藻を絡めた私を見て、汐見君は楽しそうに笑っていた。



「難しいです!!」


「あはははっ! 最初はみんなそうだから!」



 涙目で訴えたのに鬼軍曹は止まらない。再びボードの上に寝転がされると「もうちょい後ろ」とバランスを調整される。



「お。いい波きた。押すよ!」




 乗ったボードを彼の手が押した。


 するとふわっと一瞬、浮き上がった様な感覚。

 そしてボードはまるでエンジンをかけたかの様に、突然驚くほどのスピードで風を切った────。



「えっ────!?」




 予想以上のスピードと言わざるを得ない。顔にあたる水飛沫が痛いほどの。自分の横をすり抜けていく風と風景。『爽快』とは真にこれを言うのだと思うほどの、それは衝撃だった。



 でも波打ち際までつくと地面の砂にボードのフィンが刺さり、私はやっぱり無様に海へと落とされてしまったのだけど。



「陽葵────! 波のったねー!」



 汐見君が嬉しそうな笑顔でこちらへ駆け寄り、投げ出されたボードを拾い、私を引き起こそうと手を伸ばす。まだ夢心地だった私は驚くほどその手を自然と受け入れた。



「どうだった?」


「はい・・いきなりすごく速くて・・びっくりしました」


「楽しい?」



 聞かれて・・記憶が消されたかと思うくらい先程の度重なる失敗がどこかへふっ飛んで、もう一度あの感覚を味わいたいと思っている自分に気がついた。


「・・・・はい」


「いいね。次はパドルつけてみよう。ボードに寝た状態で、腕で水を掻くんだ」


「はい」



 しかしそう易々と上手くはいかないものだ。


「ダメ。前過ぎ」

「ダメ。今度は後ろ過ぎたな」

「ダメ。パドルがバタつきすぎ。ボードが傾いてる」



 重心が少しでもズレると、どうやら波に置いて行かれてしまうらしい。その都度ボードを抱え、良いポイントを目指し波に逆らい浅瀬を歩く。まともに波を掴めないまま10を超える失敗を積み重ねた頃、普段お日様の下でスポーツなどしない私は既にヘトヘトになっていた。ゼーゼーと肩で息をする私を見て限界を悟った汐見君はこう言った。



「よし。次でラストにするか」


「は・・はいっ」



 再びボードの上へ寝転がり、失敗体験を集結して重心を調整する。ボードを傾けぬ様に静かに、冷たさを感じなくなった海中へと手を差し込み、水を掻く。




「そう。身体を左右に揺らさない様に。波に合わせるんだ。波と同じ角度で、波と同じ速さで、波と一つになるイメージ────・・」





 再び、ボードが加速した。



 一気に風を切る感覚。


 そして集中の最高点で、汐見君の声が響いた。




「今だ陽葵! 立て!」



 

 その声に反応して、夢中で身体を起こした。



 ボードの上に足を置く。それでもボードは勢いを失わぬまま、波打ち際へと加速する。視界が一気に開けて、飛び交う水飛沫がまるで星屑の様にキラキラと煌めいていた。




 まるで本当に────鳥になって飛んでるみたいだ。



 




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