第9話

 自宅のベッドの上で、私は放心してただ天井を眺めていた。



"気になってる子が相手も自分のこと気にしてるって分かったら、普通付き合おうと思わん?"



 あまりの衝撃であの後、他のこと何も考えられなかった・・



 汐見君の気になってる子 = 私??



 え・・? なんで・・?



 じゃあもしかして・・今までの色々はもしかして────私を『可哀想』と思っていた訳じゃなかった・・?



 血の気が引いていく気がした。身体が何だか冷たくなってきて、鉛の様に重くなっていく感覚。



 待って。それじゃあ私がいつも汐見君に見せていた態度は・・? あれもこれも全部、私はただの『好意』に対して、あんなに酷い態度をとっていたの・・?


 私は『被害者』だと思っていた。だから嫌な態度で返しても仕方ない事なんだと。だけど私って────本当は『加害者』だった?


 彼の『好意』に仇で返して・・それに今度は彼の気持ちを利用して、恋愛の疑似体験までしようとしてる。


 自分は『フラれる側』で彼は『選ぶ側』。だから何をしたっていいと思ってた。私は『傷つけられる側』で『搾取される側』だから。



 でもそれが違ったとしたら?



 足元に積み上げたピースが、ガラガラと崩れていく感覚。


 自分は『傷つける側』で『搾取する側』であるという────恐怖。



 

 知る努力なんて一つもしないで、遠巻きに人に勝手なレッテル貼って・・私っていつから、こんなに酷い人間になったんだろう・・?

 


 もう辞めなきゃ。これ以上汐見君に、酷い事をしたくない・・。



 その時、ピコンとスマホが鳴った。それを見ると、ロック画面にポップアップされたのはナミさんからのこんなコメントだった。



『ナミ: 更新ないけど次はいつかなぁ〜? 体調崩されてたりしてたら無理せずで。気長に待ってま〜す』



 そう言えば色々あり過ぎて昨日も今日も更新忘れてた。


 ナミさん・・。何だかちょっと、心が救われたな。堕ちてないで明日汐見君に、きちんと謝らないとな・・。


 







◇◆◇◆◇◆



『お詫びの仕方:まずは菓子折りを用意しましょう』


「・・・・」



 学校で菓子折りを手に土下座・・さすがに無い気がする。


(でも何か用意した方がいいよな。普通の人より上手く話せない分、モノで少しでも誠意を見せた方がいい気がするし・・)



 迷った挙句に用意したのは、お弁当。汐見君は確か毎日、購買でパンとか買ってたような気がするし。『お昼休みに少しお話しできますか? またあの渡り廊下で』とメッセをし、謝罪の準備は万端となった。そして翌日の昼休み、彼は約束のとおりに、あの渡り廊下のドアを開けた。




 目が合った。いつもの明るい笑顔ではなく、真面目な表情の汐見君と。




 こ・・怖い。


 普通の会話すらまともに出来ない私が、これからこの人に『別れ話』というものを切り出すのか・・? いやでも、私なんかに断られても汐見君的にはそこまで痛手ではないか。



 いや────違うよな。



 それはいつもの逃げだ。いつでも被害者面して無意識的に相手を傷つける・・それは『被害者ハラスメント』だと言っていい。私はちゃんと、この人を傷つけるんだ。


(こんな事なら消しゴムを見られたあの時、きちんと否定すれば良かった)


 本当の事を言って自分を悪者にするのが怖くて、逃げた結果がこれ。自業自得もいいとこ。




「何?」



 私の前に腰を下ろした彼は、私が何も言い出さないのに剛を煮やしたのか、真顔のままそう言った。極度の緊張からか手に異常なほど汗が滲み始める。



「お・・お話しがあって・・」


「うん。だから何?」


「は、はい。その・・」


 

 後ろめたさから視線を外すと、彼の為に作ったお弁当が視界に入った。そういえばすっかり忘れてた。


「あの、お弁当・・作ってみました。もしよかったらどうぞ、お納め下さい・・」


「・・え?」



 汐見君は、驚いた顔をした。


 そしてその後────笑った。




「えぇ〜!? まじ!? うわ〜超嬉しい!」




 ・・どうして。


 どうしてそんな風に笑うんだろう。


 表情全部で喜びを表現しているような。まるで周りまで明るく照らしてしまう、太陽みたいな笑顔────・・



「わ〜、なんだよ先に言えよぉ。俺てっきり、何か悪い話なのかと・・」


「無かった事にしてもらいたいんです」



 もうこれ以上この笑顔を翳らせるようなこと、早く終わりにしなきゃいけない────。



「それはせめてものお詫びの品です。私は汐見君とは付き合えません。色々と煩わせてしまいすみませんでした」



 その場に土下座した。初めてしてみて、土下座する人の気持ちが分かった。土下座って楽なんだ。相手の目を見なくても済むし・・泣きそうな自分の顔も見られなくて済む。私がじっと頭を下げていると、しばらくの間の後、彼はこう口を開いた。

 

 


「何で?」


 ・・何で?


 顔をあげると、そこには意外と穏やかそうな、汐見君の瞳。



「せめて教えてよ理由」


「理由・・ですか?」


「また釣り合ってないからとか言う?」


「ち、違います」


「じゃあ何?」


「・・私が・・卑屈すぎて、汐見君の好意や親切を素直にそう受け取れないからです」


 私は真っ直ぐな彼の視線から目を逸らした。


「ずっと汐見君は私のことが可哀想だから、声をかけてくれてるんだと思ってました。だから本当はそれがすごく嫌だったんです。見下されてる気がしてしまって・・」


 すると汐見君は────・・



「えぇ!? ウソ俺そんなつもりじゃっ・・なんかごめんね!?」



 めっちゃ焦ってそう言った。


 何だかそれが子供っぽくて、少し可愛く見えた。


 いいな・・そんな風に何でも思ったこと素直に言えて。羨ましいな・・



「いいえ。ただの私の被害妄想だったって、やっと気がつきましたから。でもそうやって何でも歪めて捉えてしまうのがもう癖というか、すぐには直るものじゃないんだと思います。だから汐見君と一緒にいても、劣等感とか、そういう感情ばかりで、お互い楽しくないと思いますし」


「ちょっと待ってよ。そんなの試してみないと分かんないでしょ。まだ何もやってないじゃん俺達」



 ・・ん?・・やる・・?



「ヤる・・って・・何をですか・・?」


 私が不穏な空気を出した事に気がついたのか、汐見君はまたあたふたと慌て始めた。


「違うって、そういう変な意味じゃなくて!! まだまともに一緒に何かをした事なんてないのに、楽しくないとか決めつけるなっていうこと!」



 そして汐見君は、こんな異次元の発言をする。



「というわけで、するぞ。デート」




 ────────へ??


 『デート』って・・




「むっ、無理です!! すいません、話は以上ですから!」



 咄嗟にその場から逃げ出そうとした。



 だけど立ち上がりかけた腕を捕らえられて────彼は私を逃さぬ様に、壁に手を付いた・・





「今日は逃さない」





 なっ、なっ、ななななな────!?





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