妖怪のっぺらぼう学校
赤澤月光
第1話
**幼稚園編:無邪気な開始**
ある町に、小さなのっぺらぼう幼稚園があった。この幼稚園に通う子供たちは誰もが愛らしく、何も恐れず、無邪気だった。しかし、幼稚園での遊びや授業を通じて、少しずつ自分たちに変化が起こっていることに気づいていない。
子供たちは毎日、同じルーチンで遊び、友達と過ごすことで次第に自己主張が薄れ、顔の表情が単調になっていく。先生たちは、子供たちに協調性や優しさを教えているが、それが極端に強調され、個々の個性が少しずつ消えていく形となっていた。
**小学校編:模様替えの始まり**
のっぺらぼう小学校では、さらに深い社会性の学習が行われていた。形の無いルールを守らせることが主眼に置かれ、皆同じ作法で行動することで秩序を保つように教育されていた。
生徒たちは無意識のうちに互いの顔を同じにし、内面まで他者と合わさることを是とするようになっていた。個性という概念が薄れ始め、完璧な協調性が推奨される生活の中で、独自の視点を失いかけていた。
**中学校編:同調圧力のピーク**
中学生の生徒たちは、学校内での同調圧力のピークを迎える。服装や話し方、趣味まで統一されていき、少しでも目立つ行動をすると、まるで水面に石を投げ込んだときのように周囲から隔絶されてしまう。
この段階では、顔の特徴がほとんどなくなり、完全なのっぺらぼうが増えていた。生徒たちは内面も外面も他者と全く区別がつかなくなり、本当の自分を見失いかけている。
**高等学校編:自己再発見の試み**
高等学校では、のっぺらぼう化から逃れようとする試みがいくつか見られ始めた。芸術やスポーツなど、個性を表現する部活動を通じて、自分の存在意義を再び探す生徒が出てきた。
彼らは、周囲からの圧力にも負けず、内面の特別さを表現しようと必死になる。顔の一部に少しずつ特徴が戻り始め、完全な調和の中に新たな波紋が広がっていく。
**大学編:本当の自分を見つける旅**
のっぺらぼう大学に進学した学生たちは、自己探求の最終地点に立っている。多くの経験を通じて自身ののっぺらぼう化に気づいた学生たちは、個性の復活に向けた挑戦をし始める。
哲学や心理学、アートを学ぶことで、自分自身とは何かを深く掘り下げる時間を持ち始めた彼らは、内面からくる充実感を取り戻し始める。そして、他者との違いを恐れず、むしろそれを楽しむことができるようになっていく。
最終的に、のっぺらぼう学校の旅を終えた学生たちは、表情に満ちた顔と、新たなアイデンティティを確立した心を持って、社会に出ていく準備を整えていた。その過程で彼らは、自分と他者の違いを認め合うことの大切さを学び、豊かな個性が共鳴する世界を目指すようになっていった。
# 顔のない学園 - 私ののっぺらぼう日記
私が「のっぺらぼう幼稚園」に入園した日のことは、今でも鮮明に覚えている。母の手を握りしめながら、カラフルな園舎に足を踏み入れた瞬間、何か特別なものを感じた。当時は、それが何なのか理解できなかったけれど。
「みんな、新しいお友達よ。ゆうきくんって言うの。仲良くしてあげてね」
先生の声に、クラスメイトたちが一斉に振り向いた。その瞬間、私は不思議なことに気づいた。みんなの顔が、どこか似ていたのだ。個性的な特徴があるはずなのに、なぜか全体的な印象が均一で、記憶に残りにくかった。
幼稚園での日々は楽しかった。みんなで同じ遊びをし、同じ歌を歌い、同じ給食を食べる。先生たちは「みんな仲良く」を口癖にしていた。
「ゆうきくん、そんなに目立っちゃダメよ。みんなと一緒に遊ぼうね」
私が一人で積み木の塔を高く積み上げていた時、先生はそう言った。その日から、私は少しずつ「みんな」の一部になっていった。
小学校に上がると、状況はさらに顕著になった。「のっぺらぼう小学校」では、規律と協調性が何よりも重視された。
「列から飛び出してはいけません。みんなと同じペースで歩きましょう」
朝礼での校長先生の言葉が、今でも耳に残っている。
ある日の美術の時間、自画像を描くことになった。私は鏡を見ながら、自分の顔を丁寧に描いていた。目、鼻、口、そして特徴的な頬のほくろまで。
「ゆうき君、なぜそんな特殊な顔を描いているの?」先生が不思議そうに尋ねた。「みんなはもっとシンプルに描いているわよ」
周りを見回すと、クラスメイトたちは皆、同じような顔を描いていた。丸い輪郭に点のような目、一本線の口。それは人間というより、記号のようだった。
その日の帰り道、公園の水たまりに映った自分の顔を見て、私は震えた。いつの間にか、私の顔の輪郭がぼやけ始めていたのだ。
中学生になると、「のっぺらぼう中学校」での同調圧力は頂点に達した。制服の着方、髪型、話し方、趣味まで、すべてが均一化されていった。
「勇気、お前最近変わったな」ある日、幼なじみの健太が言った。彼の顔は、もはや特徴のない平らな面になっていた。「でも、それでいいんだ。みんなと同じになれば、苦しむことはない」
私は自分の変化に気づいていた。鏡を見るたびに、顔の特徴が薄れていくのを感じた。最初はほくろが消え、次に鼻の形が平坦になり、そして目の輝きが失われていった。
ある科学の授業で、先生は奇妙な実験を見せた。「これは集合意識の実験です」と彼は説明した。「一つの生物が多数集まると、個々の特性が薄れ、全体として一つの意識を形成することがあります」
その瞬間、私は恐ろしい真実に気づいた。私たちは実験の一部だったのだ。のっぺらぼう化は偶然ではなく、計画されたものだった。
高校に進学した私は、「のっぺらぼう高等学校」で小さな抵抗を始めた。美術部に入部し、自分の内面を表現する絵を描き始めたのだ。
「勇気くんの絵、独特ね」顧問の先生は困惑した表情で言った。「でも、なぜこんなに表情豊かな顔を描くの?現実にはそんな人はいないわ」
その言葉に、私は震えた。本当に現実には表情豊かな人はいないのか?それとも、私たちがそう見えなくなっただけなのか?
ある日、図書室で古い写真集を見つけた。それは数十年前の学校生活を写したものだった。そこに映る生徒たちの顔は、一人一人が違っていた。笑顔、怒り、悲しみ、驚き—様々な表情が写真に収められていた。
「これが本来の人間の姿なんだ」私はつぶやいた。
その日から、私は自分の顔を取り戻す努力を始めた。毎朝、鏡の前で表情の練習をし、感情を意識的に表に出すようにした。最初は難しかったが、少しずつ効果が現れ始めた。
大学に入ると、私は「のっぺらぼう現象」を研究テーマに選んだ。図書館で古い資料を調べ、過去の記録を掘り起こした。
そして衝撃の事実を発見した。50年前、この町では「感情同調システム」という実験が始まっていたのだ。人々の個性を抑制し、社会の調和を最大化するための科学実験だった。
「これは許されない」私は決意した。「人間の個性を奪うなんて」
私は同じ疑問を持つ仲間たちと「顔を取り戻す会」を結成した。私たちは互いの表情を観察し、感情を言葉で表現する練習を始めた。最初は困難だったが、徐々に効果が現れ始めた。
ある日、私たちの活動を知った大学の理事長が私を呼び出した。彼の顔は完全に平らで、目も鼻も口もほとんど識別できなかった。
「君たちの活動は社会の調和を乱す」彼は感情のない声で言った。「のっぺらぼう化は人類の進化なのだよ。争いのない世界への第一歩なんだ」
「でも、それは本当の人間らしさを失うことです」私は反論した。「感情や個性があるからこそ、私たちは人間なんです」
私たちの活動は少しずつ広がり、町の人々に影響を与え始めた。最初は小さな変化だった。笑顔が戻り、眉の動きが見られるようになり、そして少しずつ、人々の顔に個性が戻り始めた。
ある朝、私は驚くべき光景を目にした。幼稚園に通う子どもたちが、様々な表情で笑い、泣き、怒り、驚いていたのだ。彼らの顔には、はっきりとした特徴があった。
のっぺらぼう現象は徐々に弱まり、人々は自分の顔と個性を取り戻し始めた。もちろん、完全に元に戻るには時間がかかるだろう。50年続いた実験の影響は簡単には消えない。
でも、私は希望を持っている。人間の個性は、抑圧されても決して消えないのだから。
今、鏡に映る私の顔には、はっきりとした目、鼻、口がある。そして何より、私の感情を表現する様々な表情がある。
これが本当の私だ。のっぺらぼうではない、一人の人間として。
妖怪のっぺらぼう学校 赤澤月光 @TOPPAKOU750
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