第6話



 パン屋の女主人に紹介してもらったのは、70代くらいの老婆だった。

 彼女なら昔の話が聞けるかもしれないと期待を抱く。

 

「おばあさま、フレイムフラワーでは昔からパンは二種類しか売られていなかったんですか?」


「いいや、昔はもっといろんな種類のパンが街に溢れておったよ。」


 おばあさまそう言って懐かしむように遠くを見た。

 

「どうして、今はパンが二種類しかないのでしょうか?」


「みんな、金銭的余裕がないんだよ。日々食べていくことがやっとなんだ。高いパンは次第に売れなくなっていったんだ……。」


 悲しそうにおばあさまは目を伏せる。

 生活することが精いっぱいで余計なところにお金をかけることができないようだ。

 それがおばあさまが若いころからずっと続いており、今もまだ続いている。

 それほど困窮しているのはなぜなのだろうか。

 

「……この国は税が重いのでしょうか?」


「さてね、他の国と比べたことはないよ。」


「どのくらいの税をお支払いになっているんでしょうか?」


「昔と同じくらいだと思うよ。昔はもっとパンがいっぱい売れたから稼ぎがよかったんだよ。どこの店も同じだと思うよ。」


「そうですか。ありがとうございます。」


 税は昔も今も変わらずのようだ。

 それなのに、実入りが悪くなり稼ぎが悪くなったという。

 どこに原因があるのだろうか。

 その原因によっては、私がただ商売を始めても赤字になるだけだ。孤児たちを一時的に助けても、未来永劫助けるなんてできるはずがない。

 

 他にもいろいろな人に話を聞いてみたが、ここ何年も天候不良により農作物の育ちが悪くなっている等という話もなく、ずっと変わらぬ生産量を保っているようだ。

 何も変わらないのに、生活だけが苦しくなっていっているらしい。

 国内に問題がなければ国外との問題かもしれないと、私は輸入品を扱っている雑貨屋さんに向かった。

 

 


☆☆☆☆☆



「こんにちはー。」


 私は閑古鳥の鳴いている輸入品を取り扱っている雑貨屋に入ると、店主に声をかけた。

 店主は40代後半くらいで、中肉中背の男の人だった。

 

「いらっしゃい。」


 不愛想な店主がこちらをチラリとみて一言だけぼそっと呟く。

 きっと冷やかしが多いのだろう。

 店主のやる気が失われているような気がしている。

 

「あの……こちらは輸入品を取り扱っているようですが、以前からこんなにお客様がいらっしゃらないのでしょうか。」


「……あんた、可愛い天使みたいな顔をして随分辛辣なことを訊くね。」


「あ、も、申し訳ございません。つい、この国のことが気になってしまって……。私、隣国から来たばかりなのですが、活気はあるのに皆さん質素な恰好をされていて……。とても気になってしまったんです。」


「……そうかい。話したら、あんたが閑古鳥が鳴いているようなこの店を繁盛させてくれるのかい?」


 店主は意地悪そうな視線で私のことをねめつけてきた。


「ええ。わかりました。私が必ず、このお店を繁盛させてみせましょう。」


 私は、店主の挑戦を真正面から受けて立つ。

 私には、神様のご加護があるのだ。それも、【商売繁盛】というご加護だ。

 私がこのお店を繁盛させたいと思い原因さえ取り除ければ、それは簡単に叶うことだろう。


「はんっ。言ってくれたなぁ。約束だからな。」


「ええ。わかりましたわ。ですので、教えてください。私はこの国の現状を変えたいのです。せめて、街に溢れている孤児たちが安心して育つことができる環境を整えたいのです。」


「・・・・・・わかったよ。」


「ありがとうございます。」


 店主はしぶしぶながらも少しずつ話してくれた。


「・・・・・・昔は、この店だって繁盛していたんだ。だが、次第に客足が遠のいて・・・・・・。オレなりに原因を探ってみれば、街の人たちの収入が減って生活するのが精一杯で、生活に必要のないものから切り捨てられていったんだ・・・・・・。」


 店主の話は、パン屋のおばあさまの話とほぼ一緒だった。

 生活が苦しくなったから生活に必要な最低限のものしか購入できなくなり、今の状況が産まれたらしい。

 パン屋の経営が苦しくなったのはパンが売れなくなってしまったからだ。

 この輸入雑貨店の経営が苦しくなってしまったのは、雑貨を買えるだけの金銭的余裕がなくなってしまったからだ。

 つまり、元を辿っていけば、どの職業が一番先に収入が減ってしまったのかがわかるはずだ。


「・・・・・・覚えている範囲で構いません。誰が一番先に生活が苦しくなったとおっしゃってましたか?」


 私が問いかけると店主は腕を組んで「う~ん。」としばらく考え込んだ。

 そして、唐突にパッと目を開ける。

 どうやら思い出したようだ。


「あれは・・・・・・確か役所に勤めてたやつだったような気がする。ああ、そうだ・・・・・・役所に勤めていたやつらが何人も仕事を無くしたんだ・・・・・・。」


「何人も・・・・・・ですか。具体的には何人くらいでしょう?」


「さあ・・・・・・さすがにそこまではわからん。この街でも役所に勤めてた奴らは大勢いたからな。だが、オレの知る限りでは30人以上だ。」


「そうですか。」


 どうやら店主の話では一番先に役所に勤めていた人たちが職を失ったらしい。

 30人というのは多いのか少ないのか。

 

「この街では役所に勤めていた人たちは何人くらいいたのですか?」


「・・・・・・100人はいたはずだ。」


「そうですか。随分多い人たちが辞めたのですね。なにか、理由は知っていますか?」


「・・・・・・経費削減だと言っていたな。オレ達が納める税金を減らすために、役所の人間を最低限にしたって言ってたヤツがいたな。」


「なぜ、経費削減を?」


「さあな。オレにはそこまではわからん。当時役所に勤めていたやつらに訊くんだな。」


 さすがに店主はそこまでは知らないようだ。

 それでも解決の糸口はみつかりそうだ。

 原因は役所の経費削減だと思われる。

 多くの職を失った人たちが街に溢れ、その人たちが仕事をするためにパン屋さんなどからレシピを買い入れ自分たちで店を開き始めたのだろう。

 だから同じような店がいくつもあるのかもしれない。

 そしてそれが次第に全ての職にも広がっていった・・・・・・。

 では、元々人々が稼いでいたお金はどこに消えたのか。


「ありがとうございます。当時役所に勤めていた人たちを私に紹介していただけますか?」


 店主は怪訝そうな顔をしながらも当時役所に勤めていた人で今も所在がわかる人を2人ほど教えてくれた。




 私は輸入雑貨屋さんの店主さんから元役所の職員の連絡先を教えてもらい、すぐに会いに行った。

 

「こんにちは。」


「ん?あ、ああ。お客さんかい?」


 元役所の職員は、野菜を売る八百屋さんになっていた。

 八百屋とはいっても、売っている野菜の種類はあまり多くない。

 これも、珍しい野菜を売ったとしても誰も買う人がいないから良く売れる野菜だけを仕入れて売っているものではないかと推測される。

 さらにそこから推測されるのは、野菜を作っている農家の方々も売れる野菜しか作っていないのだろうということは簡単に想像できる。

 

「いいえ。違います。元お役所の職員だとお伺いして、話を聞きにまいりました。」


「あ、ああ。いまさらかい?オレが役所の職員だったのはもう50年以上も前のことだよ?いまさら話したところでなにがどうなるってんだい?」


 【役所】という単語に反応したのか、八百屋のおじいさんは剣呑な目をして私を見てきた。

 役所を辞める時によほど嫌なことがあったのだろう。

 

「この街の経済状況はあまり良くないと聞き及んでおります。私は、その原因が50年以上前にあった役所の集団離職にあるのではないかと考えております。なぜ、沢山の職員が解雇されたのか理由をお聞かせ願えませんでしょうか。」


 聖女時代に培った聖女スマイルで八百屋のおじいさんに話しかける。

 聖女スマイルで話しかけると誰もが態度を軟化させるのだ。これも神様のご加護の一種なのかもしれないけれど、使えるものはすべて使うことに決めた。

 

「……詳しいことは知らねぇよ。ただ、経費削減のためって聞いてる。それに、オレたちが辞めてから少しだが国に収める税金は減ったんだ。まあ、微々たるもんだけどな。」


 目論見通り八百屋のおじいさんは素直に話し始めてくれた。

 聖女スマイルは最強の武器である。

 神様、ありがとうございます。と、私は心の中で神様に祈りを捧げた。


「そうですか、ありがとうございます。」


「ああ。解雇されたのは末端の職員ばかりだ。詳しい話を聞きたければ、今も役所に務めているやつに話を聞くと言い。だが、教えてくれるとは限らん。今も残っている奴らは国家の犬も同然だからな。役所のやつらを見てみるといい。みんな生気が抜けたような表情をしているから。」


 八百屋のおじいさんはそう言って思いっきり眉間に皺をよせた。

 やはり役所にはどうも良い思い出がないらしい。

 それにしても、街の人たちは生活が苦しいながらも表情は活気に満ちている。それなのに役所の職員は生気が抜けているというのは明らかにおかしい。

 なにかがおかしいと思うが、いきなり役所の職員に話を聞きにいっていいものだか躊躇する。

 もし、役所の職員が洗脳されていた場合、余計なことを調査しているとして捕らえられ兼ねない。

 少し慎重にならなければいけないかもしれない。

 けれど、このまま手をこまねいていても仕方がない。誰かがやらなければ、何も返ることなどできないのだ。

 

「ありがとうございます。」


 私は、八百屋のおじいさんと別れて宿屋に向かった。その際、八百屋のおじさんからいくつかの野菜を買い込んだ。

 何の足しにもならないし、根本的な解決には程遠い。けれど、今もお腹を空かせている孤児たちがいると思えば、一時的な場しのぎにしかならないとは十分わかってはいるがせめてもの繋ぎとして炊き出しをおこないたいと思ったのだ。

 幸いにも私には聖女の退職金をたんまりともらっている。

 簡単なスープとパンだけではあるが、まずは孤児たちにお腹を満たしてもらうと考えたのだ。

 ずいぶんやせ細っていた子もいたし。

 根本解決する前に餓死してしまっては本末転倒だしね。


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