第2話 奴隷市場襲撃
魔法学院の保管庫。そこは規律を重んじる学園の中でも、限られた生徒しか立ち入ることを許されない禁足の空間。
しかしメスガキはお構い無しである。
夜の帳が降り、学院内に静寂が訪れる頃。その厳重な結界をものともせず、ひとりの少女が滑り込むように侵入していた。
白銀の髪、赤紫の瞳、そして小柄な身体。そのあまりにも幼い外見は、どう見ても10歳前後の子供でしかない。
だがその少女こそ、かの魔法学園史上“最強”の異名を冠される存在であった。
「···この辺にあるはずなんだけど」
彼女は棚を漁りながら、小声で鼻歌混じりに笑う。
目的は二つ。 ひとつは、
それらは本来、対テロ・対諜報任務などで使用される高等機密品だった。だがニーナにとって、それらの使用は“遊び”の一部に過ぎない。
教員も彼女の力と境遇には手を焼き、まともに対処できないでいる。
手に入れた道具を抱えて、ニーナはふわりと宙を舞う。足音ひとつ立てず、闇の中へと溶けていく。
「くふふっ、今度はちゃんとバレないように戻さなきゃ、ね♡」
偽名:ネリィ・ル・カーレン。
年齢:14歳。
所属:北方貴族領の名門、カーレン辺境伯の娘。
それがニーナの作り上げた新たな“仮面”だった。
訪れたのは、エヴァリス国境地帯にある
「ここなら、少しはマシな人もいるかな?」
彼女は胸の奥にゾクゾクとした期待を抱えていた。 あの無力感を、再び味わえるのではないか?
自分が抗って、足掻いて、それでも踏みにじられる──そんな“本物”の敗北を、もう一度。
もちろん事前に偵察は行った。
市場の構造、警備の数、使われている魔法結界。
可能な限り詳細に把握し、あえて最悪のタイミングで潜入する。
「変な人に絡まれたら、どうしよっかな〜♡」
楽しげに微笑むが、その瞳の奥には狂気めいた光が宿っていた。
奴隷市場の地下区画。 そこでは多種多様な奴隷が競りにかけられていた。 人間、獣人、エルフ──老若男女問わず。
ニーナ──いや、ネリィは見学者のひとりとして会場に入る。 変装魔道具の力もあり、誰も彼女の正体に気付かない。
「この子、“売り物”のくせに睨んでくるんだ」
檻に繋がれたエルフの少女と視線がぶつかる。 だがニーナは怯まない。むしろ笑みを深くする。
(あとで解放してあげよっかな♡)
そう思いつつも、彼女の関心は“敵”に向いていた。 市場を運営している裏組織。その背後には帝国がいる。 帝国の技術士官や軍人たちも、何人かこの場にいた。
──もし、ここで彼らを本気にさせられたら?
そう思ったのだが。
「···つまんないなぁ♡」
彼女は“わざと”目立つように振る舞ってみせた。
些細なミスを装って扇子を落とし、男たちに笑顔で絡む。
しかし誰ひとり、彼女の挑発に乗らない。
「貴族様」だからか、それともか弱い少女にしか見えないからか。
誰も、本気で彼女を害そうとはしなかった。
──違う。 こんなんじゃない。
──これじゃ“ダメ”だ。
ニーナは笑みを消し、静かに息を吐く。
そして次の瞬間、右手で“檻”を指差した。
「開けて」
唐突な指示に、周囲がざわつく。
衛兵のひとりが慌てて駆け寄ってきた。
「お、お嬢様、そちらは──」
「開けろって言ってんの♡」
バチン、と。 瞬間、衛兵の頭上に稲妻が落ちた。
防御魔術回路を一瞬で焼き切る威力の雷魔法。
しかし彼女にしてみれば、殺さない程度に加減した一撃でしかない。
場が静まり返る。 全員の視線が彼女に集まった。
──やっと、始まる♡
そこからは一方的な蹂躙だった。
「射撃隊、配置につけ!」
「魔術部隊、魔法陣展開! 」
「相手は1人だ、囲んで弱らせれば──」
相手も単なるゴロツキでは無い。
ここはちょっとした地位を持つ者も集まる場所であり、警備する兵の練度も決して低くはない···しかし相手が悪すぎた。
次々に地を這い、倒れていく男たち。まるで時間すらも操るかのように、ニーナは高位の魔術を無詠唱かつ複数同時に発動する。
瞬く間に敵の兵士が倒れていく。
帝国の勲章を胸に付けた軍人が、歯ぎしりしながら叫んだ。
「何者だ貴様ッ!!」
ニーナは不敵に笑う。
「“ネリィ・ル・カーレン”だよ♡ 辺境伯のご令嬢♡」
明らかな虚言。
凄絶な笑顔に、その場の全員が背筋を凍らせた。
しかし帝国の士官は、それでも戦場用の補助装甲を展開しながら吠える。
「この襲撃、我が帝国への宣戦布告と見なす!」
ニーナは一拍置いて、くすりと微笑む。
「···“あたし一人”に負けちゃう程度のザコ国家が、何をイキってんの♡ 怖くなんかないし、今度は全員まとめて来い♡」
──
奴隷市場はあっけなく崩壊した。
ニーナはその後、隠れていた奴隷たちを解放し、証拠物資と記録魔道具を回収。
前知識通り、市場の地下倉庫内で軍事転用するために、改造されかかっていた奴隷も解放した。
そして救出した全員が、王国に向けて避難し始めたタイミングで放火し、痕跡を焼き払い──彼女自身も姿を消した。
「···やっぱり、駄目だった」
市場から離れた丘の上で、ひとりつぶやく。
望んでいた成果はほとんど得られなかった。
まだまだ、この程度じゃ駄目だ。
でも──
「次こそは···きっと、ね♡」
燃え落ちるバラックの炎を背に。
“ネリィ・ル・カーレン”はくすりと笑った。
◆◆
その夜、帝国軍司令部。
ロストテクノロジーの再利用を推進するこの国の中枢に、ある報告が届く。
《カルゼル奴隷市場、全壊。目撃者によると、10代半ばの少女によって壊滅したとのこと》
「ルシフェルトの怪物が動いたか」
帝国の魔の手が迫る。
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