強くなりすぎたメスガキ

AK3t(TuT)

第1話 最強のメスガキ

王都〈ミルザリア〉──。

七つの塔が天を貫く魔導の都市にして、世界最高峰の教育機関〈ルシフェルト魔法高等学院〉を有する国家の心臓部。


その朝、学院南東区の戦闘訓練場に、突如として不穏な魔力波が走った。


「今の魔力は···」


演習を見学していた教官のひとりが眉をひそめた。空気が揺れている。

誰かが高度な魔術式を発動させている──しかも、演習許可を受けていない生徒だ。


訓練中だった三年次の魔導実戦科の生徒たちが、警戒を強める。数秒後、爆裂音とともに訓練用ゴーレムの首が吹き飛んだ。


そして──その中央に仁王立ちしていたのは、少女だった。


長い銀髪を黒いリボンで結い、同じく黒を基調とした制服を着こなし、赤い舌をべぇっと突き出す。


「ったく、またお前かよ、ニーナ···」


上級生たちが顔をしかめるのも無理はない。

···彼女の名はニーナ・フェルメリア。


まだ初等科に所属するその少女は、入学試験時に全カテゴリ評価で“歴代最高値”を叩き出し、入学から一ヶ月で学園中にその名を知らしめた存在である。


そして同時に、


「ねえ♡ そんなもんで“実戦”語っちゃって大丈夫? そろそろ本番、見せてくれんの?♡」


という調子で、毎週のように上級生の演習場に“乱入”しては暴れ回る問題児でもあった。


「くっ···舐めるなよ、クソガキ!」

「舐めてないし♡ これが正当な評価だよ♡」


三年次の魔導師たちは連携をとり、精密な陣形を組んで応戦したが──ニーナはそのすべてを破壊した。魔術に頼る暇もなく、肉体強化からの体術によって、彼女は一人ひとりを確実に“潰して”いく。


その様は、戦場の魔王。


彼女が強い理由は単純ではない。魔力量の多さだけでなく、 術式構築速度、詠唱の省略、領域展開時の挙動制御、さらに禁忌とされる多重詠唱干渉すら実用化している。

一部ではまるで超古代文明の兵器だ、とすら言われていた。




──しかし。


それほどの強さを持ちながら、彼女が求めるものはただ一つ。


「···まだまだ、足りない」


戦闘後、汗をぬぐいながら呟いたその表情には、満足の色はなかった。


「誰かいないの? あたしのことボッコボコにしてくれるヤツ♡」


だがその願いは、誰にも理解されることはなかった。


「ほんとあいつ、何がしたいのかわからん···」

「強すぎるってのも考えもんだな」

「ただのトラブルメーカーだよ、ありゃ」


周囲の評価は概ね芳しくない。生徒の中には彼女に敗れ、退学を選んだ者すらいた。


そして──彼女に“可能性”を感じる者も。




「本当は何を求めてるんだろうな、彼女は」


学院の実戦科教師、ゼム・カイロスの言葉。

現役時代、帝国戦争で数千の命を救った英雄であり、ニーナを最初に推薦した人物である。


「関係があるかは分かりませんが、彼女の戦い方···妙に“ギリギリ”を攻めてませんか?そりゃあ効率は良いでしょうが、どこか無理をしてるような···」


ゼムの隣で、若手の魔術講師が呟く。


「まるで自分を追い詰めたがってるような、そんな戦い方でした」


この段階では、あくまで“推測”に過ぎなかった。

──彼女が真に求めているもの。

それが彼女の口から語られたことはない。




訓練場を後にしたニーナは、そのまま学院北塔の図書棟に向かう。

今日は少し興味をそそる資料があると噂で聞いたのだ。


古文書災厄の記録──それは過去に存在した“最強”の魔導師たちが、いかにして敗北し、打ち砕かれたかを綴った戦史だ。


ページをめくるたび、ニーナの心が騒ぐ。


「···ふふ♡ この人、最後は部下を逃がして、自分は捨て駒にされたんだ♡ やっば···」


そこに綴られていたのは、英雄たちの無様で哀しい最期──だが、それはまさにニーナが夢見る“敗北”の理想像でもあった。


「どうせなら、命賭けるくらいの戦い、してみたいよね♡」




翌日。学院正門前、王都〈ミルザリア〉の市街。


多種多様な人種と魔導技術が交差する街並み。

そのなかでニーナは一人、ぼんやりと空を眺めていた。


(こんなものじゃ···全然足りない)


目指すのは、“本物の絶望”。

自分が必死になって、抵抗して、それでも敵わなくて。

それでも、立ち上がりたいと思えるような戦い。


──奴隷市場の噂を聞いたのは、その日の午後だった。


学院地下の情報網に潜り込んだとき、偶然耳にした情報。

“帝国と癒着した辺境の奴隷商人が、奴隷を軍事用に改造しようとしている”──と。


「···面白そう♡」


周囲には適当に理由をつけておいて、すぐにでも行ってみよう。

もしかしたら、自分を“壊してくれる”誰かに会えるかもしれない。

ニーナは期待に胸を膨らませた。


──しかしこの選択が、後に大きな波紋を齎す。




──────────────────────


◯ニーナ・フェルメリア

無邪気で生意気な言動と、桁外れの戦闘力を併せ持つ問題児。

挑発的な口調と自由奔放な振る舞いで周囲を翻弄しつつも、いざ戦闘となれば圧倒的な実力を発揮し、その点では学友からの信頼は厚い。

学院に入った最初の数ヶ月はメスガキ口調じゃなかったし、性癖もこんなに歪んでなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る