カクコン11短編『By The Way』
宮本 賢治
『By The Way』
クズ。
人間のクズ。
マコトは人間のクズ。
みんな、そう言っていた。
いじめっ子。
というよりは、凶暴。
意味のない暴力を振るう。
突然、理由もなく暴れる。
人を傷つけるんだ。
マコト。
近所のアパートに住んでる。
保育園でも、マコトは問題児だった。
すぐに人に手を上げる。
理由が見当たらない。
突然、殴り、蹴る。
それを周りの大人が止めようとすると、暴れる。
幼児が暴れても、大人なら抑えられると思うだろう。
それは無理だ。
押さえつけられたとき、身動きを封じられたとき、マコトは相手を噛むのだ。
力いっぱい。
周りの大人の手首には、包帯が巻かれていた。
ぼくが大好きだったアヤカ先生もその被害者。包帯が取れても、その手首には歯形が残っていた。
マコトは小学生になっても、暴れん坊だった。
あいつの暴力には理由がない。
突然、暴力をふるう。
問題児のレッテルが貼られた。
小学5年生になると、マコトの暴力の矛先が変わった。
物に当たるのだ。
教室の机、椅子、ゴミ箱。
形が残らないくらいに破壊する。
そして、窓ガラス。
5年生のフロアの廊下の窓ガラスを全部割った。
校長先生が、教頭先生から譲り受けたゴルフクラブ。そんなもの、どこから見つけてきたのかわからないけど、金属製のクラブで、窓ガラスをすべて叩き割り、クラブもグニャっとくの字に曲げた。
そんなの曲がるものじゃない。
と職員室で話題になったらしいが、そういう問題じゃないだろ。
マコトが人にではなく、物に当たるようになったのは、成長とともに力が強くなったから、相手をケガさせてしまうからじゃないだろうか。
なぜ、そんなこと思うか。
ぼくはマコトに暴力を振るわれたことがない。
ぼくはマコトと友達だ。
多分···
うちのお風呂が壊れた。
ありゃ。
お母さんはのんきな声を出してた。
うちは住宅街にある一軒家。
お父さん、お母さん、ぼくの3人家族。
今日、お父さんは残業らしい。
夕ごはん前にお風呂に行ってきなさい。
近所の銭湯へ行くように言われた。
ちょっと前まで、お父さんとよく行ってたけど、最近はご無沙汰だ。しかも、1人で行くなんて、初めて。
少し、テンションが上がった。
パチモンの迷彩模様のクロックスを履いて、着替えの入ったリュックを背負い、プラスチックのカゴに入ったお風呂セットを持って、銭湯に向かう。
夏の終わり。
半袖Tシャツに短パンでちょうどいい。
小学5年生。
男の子は男らしく、女の子は女らしくなるころ。
実を言うと、ぼくは生まれつき、ズル剥けだ。
保育園や低学年のころ、プールのときとか隠さずに着替えていたら、周りに言われた。
オバケチンコ。
一時、ぼくのあだ名はバケチンだった。
そのころのぼくは、周りの子と同じ、アサガオのツボミみたいな、ドリルみたいな形のドリチンに憧れていた。
銭湯で、同じズル剥けチンコのお父さんは、ぼくに言った。
勝ち組だ。
今に周りは気づく、勝者は誰なのか。
最近になって、その意味が少しずつわかりかけてきた。
ズル剥けチンコの時代がきたのだ。
そのズル剥けチンコには、チン毛なるものが生えてきた。
大人のチンチンだ。
ドリチンどもよ、ひれ伏すがよい。
ワッハッハッハッハッ!
ぼくのチンチンが高笑いしている。
昔ながらの町の銭湯。
男湯と女湯の入口の前、受付で入浴料を払う。
「あ、笹野クン!」
女湯から出てきた同級生、渡辺から声をかけられた。
やあ!と挨拶を返す。
うちのお風呂こわれたんだと話すと、渡辺はわたしはわりときてるよと答えた。広いお風呂気持ちいいもん。じゃ、ごゆっくり。
ちょっと濡れた髪の毛。
白いTシャツの胸のふくらみ。
渡辺、さっきまで、裸だったんだと思うと、なんかムズムズした。
男湯に進むと、お客さんは3割くらいの入りだった。
Tシャツを脱いだとき、新たなお客さんが入ってきた。
それはマコトだった。
よお。
やあ。
ぎこちなく挨拶をかわす。
マコトは服を脱ぎ出した。
普通、服を脱ぐときって、上から脱ぐと思う。
けど、マコトは下から脱いだ。
ズル剥けチンコだった。
毛はチョロ毛だけど、チンチンは我がズル剥け一派だ。
同志。
そして、マコトがTシャツを脱いで、ギョッとした。
上半身体中、アザだらけだった。
紫や黄色、ドス黒いものまで。
どうしたの、それ?
ぼくの問いに、
どうもしねぇよ。
ぶっきらぼうにマコトは答えた。
ぼくの頭にはある言葉が浮かんだ。
家庭内暴力。
マコトを殴る奴なんて、同級生にはいない。
それだとしたら···
浴室。
富士山のペンキ絵。
大きな浴槽。
ぼくはお風呂に入ろうとした。
「おい、タケシ。
かけ湯しろよ」
マコトはぼくに注意をうながし、洗い場のシャワーで体を流していた。
いけない。
久しぶり過ぎて、お父さんから習ったルールを忘れていた。
「うん。
マコト、ありがとう」
ぼくは礼をいって、体を流した。
2人で湯船に浸かった。
あまりの気持ちよさに、魂が抜ける。
ほぇ〜。
2人同時に同じ声を出し、それがおかしくて、顔を合わせて笑った。
マコトの笑顔、久しぶりに見た。
そうか、マコトとは3、4年生のとき、一緒のクラスだった。
住宅街の小学校。
クラスは7クラス。
2年ごとにクラス替えがあった。
マコトとはそのとき、初めて同じクラスになった。
マコトの住んでるアパート。
ある昼下がり。
アパートの塀。
その壁にボールをぶつけて、返ってきたボールを拾い、また壁にぶつける。
マコトは1人でそんなことをしていた。
ボールが変な当たり方をした。
変なとこに飛んで行った。
転がり、ボールはぼくの足元、スニーカーにコツンとぶつかって止まった。
ぼくはそのボールを拾い、マコトに投げ返した。
ボールは孤を描き、マコトの手にスッポリと収まった。
「投げるの、上手いな」
マコトが独り言のように言った。
それを聞いて、ぼくは答えた。
「ね、ちょっと待ってて」
すぐ近くのぼくの家まで走り、グローブを2つ持って帰ってきた。
マコトは待っててくれた。
グローブを渡す。
「キャッチボールしようよ!」
ぼくがそう言うと、マコトの顔が崩れた。
「けど、したことない」
自信無さげに答えるマコトに投げ方を教えた。
ぼくのお父さんは元高校球児。キャッチボールはお父さんに習った。
最初は孤を描く緩いボール。
コツをつかんだマコトはすぐに強いボールを投げられるようになった。
ボールをキャッチしたグローブがいい音を出す。
それから、ぼくらはキャッチボール仲間になった。
でも、ある日。
キャッチボールをしてたら、罵声を浴びせられた。
「マコト!!
何やってんだ!」
大人の男性からの罵声を初めて聞いた。
グレーのタンクトップ。
膝丈のカーゴパンツ。
腕には、黒い墨でタトゥーが入っていた。
黒い炎のタトゥー。
おそろしく禍々しいものに見えた。
中途半端に伸びた髪にかけられたパーマもひどくガラが悪く感じられた。
マコトのお父さんだった。
目がコワかった。
何を見てるのかわからない。
焦点が合ってないような目つきだった。
アパートの2階、外階段をマコトのお父さんは降りてきた。
マコトはぼくにグローブを返してきた。
「タケシ、
ありがとう」
そうお礼を言うと、マコトは、お父さんにTシャツを引っぱられるようにして、帰っていった。
あの日以来、タケシとはキャッチボールしていなかった。
「ね、また今度、キャッチボールしようよ!」
ぼくがそう言うと、マコトは急に湯船のお湯で顔を洗って、答えた。
「うん。
おれも、タケシとまたキャッチボールしたい」
お風呂上がり。
ぼくは瓶のコーヒー牛乳を買った。お風呂上がりでのどがカラカラ。フタを開けて、一口、二口。
冷たさと程よい甘さ、体がギュンギュンとそれを吸収している。
途中、視線を感じた。
マコトが生唾を飲み込んだ。
半分くらい飲んだコーヒー牛乳。
「はい」
ぼくはマコトに瓶を差し出した。
「え、いいの?」
ぼくがうなづくと、マコトは遠慮がちに瓶に口をつけたけど、一口、二口と飲み、その勢いが増した。あっと言う間に飲み干した。
「あ! ゴメン。
飲んじゃった」
マコトが素直に謝った。
ぼくは首を横に振った。
「いいよ、2人で飲んだ方が美味しいもん」
マコトは照れ臭そうに笑った。
「タケシ、
ありがとう」
2人仲良く歩いて帰った。
日が暮れて、夕日が差している。
マコトの住むアパートに着いた。
アパートは2階建て。
外廊下にそれぞれの部屋の出入り口が面している。
1つの部屋のドアが開いた。
罵声が響く。
「何で、金がないんだよ!!」
大人の男性が叫んでいる。
「もういい!
ここになくても、外行けば、あるだろ!」
ドアの中から現れたのは、マコトのお父さんだった。
「待って!」
部屋の中から女の人が出てきた。
マコトのお父さんが持っていた包丁を振り回した。
女の人が腕を斬られて、倒れ込んだ。
「お母さん!」
マコトが叫んだ。
腕を斬られたのは、マコトのお母さんみたいだ。
マコトのお父さんが外階段を降りてきた。
やっぱり、目の焦点が合ってない。
マコトが、お父さんを睨む。
お父さんは睨み返して、マコトを蹴り飛ばした。
「親に向かって、なんて目つきをしやがるんだ!
おまえがいるから、金がないんだ!」
騒ぎを聞きつけたアパートの住人が顔を出す。1階の住人は、マコトのお父さんが包丁を持っているのを見て、すぐにドアを閉めた。
2階の住人は外廊下の手すりまで出てきて、スマホを取り出して、電話している。通報しているのだろう。
マコトは地面に突っ伏していた状態から、上半身を起こして叫んだ。
「クズ!!
おまえなんか、人間のクズだ!
死ねよ!
死んで、いなくなれ!!」
マコトのお父さん。ゆっくりとマコトに近づく。
「おまえ、親になんて口きいてんだ。
···殺すぞ」
淡々とした口調。焦点の合ってない目が血走ってる。右手に握られた包丁。厚みがある。三角に尖っている。
「やめろ!
警察が来るぞ!」
2階の住人が叫んだ。
遠くで、サイレンが聞こえる。
「うるせ〜!
ぶっ殺すぞ! 引っ込んでろ!」
マコトのお父さんが左手でスマホを投げつけた。スマホが手すりに当たった。
パトカーが到着した。
警官が2人素早く降りてきた。
ヤバい目つきの男が包丁を持っている。マコトはそいつに蹴り飛ばされて、3メートルほど離れている。
ぼくはマコトのすぐそばでただ立ちすくんでいた。
警官はとっさに拳銃を抜いた。
「包丁を捨てろ!!」
マコトのお父さんはゆっくりと警官に向き直った。
ゆっくりと警官に近づく。
「動くな!
包丁を捨てろ!!」
警官の声を完全に無視して、マコトのお父さんは警官に向かって、包丁を振り上げ、走り出した。
一発の銃声。
左胸を撃たれたマコトのお父さんは、包丁を落として、仰向けに倒れ込んだ。
遠くから、応援のパトカーのサイレンが聞こえてくる。
マコトは、倒れ込むお父さんをじっと見ていた。
ぼくはその場にただへたり込んだ。
マコトのお父さんは即死だった。
走り込む人間をとっさに撃った。
ぼくたちを救ってくれたおまわりさんを悪く言うものは誰もいなかった。
マコトのお父さんは薬物中毒者だったらしい。
マコトのお父さんはいつもいつも、マコトに暴力を振るっていた。
意味もなく、理由もなく、マコトを傷つける。
マコトの暴力は、その身に受けたストレスの発散だった。
無理もない。
マコトが悪いわけじゃない。
環境が悪かったのだ。
腕を斬られたマコトのお母さんは幸い、大きな切り傷は残ったらしいが、命に別状はなかった。
しかし、マコトのお母さんも薬物を使用していた。
マコトは施設に保護された。
それ以来会っていなかった。
つい、さっきまで。
あれから20年が経った。
本当に偶然だった。
会社帰りに駅の改札を出たら、スーツに身を包んだマコトを見つけた。
まったく、顔が変わっていなかった。
ぼくが声をかけると、マコトはかなり悩んだ表情を見せた。
タケシ?
その答えが出るまでに10秒はかかった。
ぼくの顔にやっと面影を見つけたらしい。
立ち話もなんだね。
と2人の意見が合った。
お互いにスマホでメッセージを送信し、自分の身内に連絡。
駅前の居酒屋に入った。
マコトのスーツの襟元のバッジが気になった。
ひまわりをモチーフにした金色のバッジ。その中央には天秤が象られている。
マコトは弁護士になっていた。
刑事裁判を主に取り扱っているらしい。
ぼくはそれを聞いて、スゴく誇らしい気持ちになった。
それもそうだけど、マコトの左手薬指の指輪も気になった。
「ところでさ···」
ぼくは久しぶりに会った友達にそう切り出した。
了
カクコン11短編『By The Way』 宮本 賢治 @4030965
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