わたしがあなたであのこがわたしで

勝間Masaki

夢というプロローグ


「夢を見ていた」


 デパート内。

 ローラースケート。

 ペア制と呼ばれるシステム。

 それがこの夢の中を形作る全てだった。



 私はある日事故で滑ることが出来なくなった。

 五体満足で身体に異常は無いのに、怖くて滑れないのだ。

 ナカくんが飽きずにいつもいつも一緒に居てくれて、私がまた滑れるように何度も何度も教えてくれる。

 記憶喪失。そう、私は記憶喪失らしかった。

 生まれたてのヒヨコのような感覚で、いつしかナカくんを信じて頼りきっていた。


 レストランを抜けた先の丁字路は何度も通った。ここを通ると毎回決まった動きをする暗黙の了解。でも私は毎回転んでしまう。彼は毎回何でもない顔をして起きるのを手伝ってくれる。



「……」


 また記憶喪失?

 気がつくと、いつも私の側にはアベちゃんが居た。

 アベちゃんとペアなのだ。

 アベちゃんは事故に遭ってしまった恐怖心から滑ることが出来なくなってしまったそうだ。

 物心ついた時から私はこの狭い世界で滑っている。


「あっ……!」


 手を離したら、アベちゃんが行ってしまう!

 そういえばいつの間にか側には男の人が居ることにようやく気がついた。でもそんなの気にしていられない。



 そうだ。今、記憶が次々に蘇っている。思い出していく。

 私を、

 私と、

 私の、面倒を見てくれたのは、

 全部、この人だ。


 あの丁字路も。

 あのステージも。

 あの3階の吹き抜け際の時も。

 涙が溢れた。


「ぁ……」


 全部全部、私がアベちゃんだった。

 私がナカくんだった。


「え……」

「な……」

「ナカくん」


 私は記憶喪失になったことがある。そして滑れなくなった。

 口に出さなくても、私達は固く強い絆でずっと前から結ばれている。


 アベちゃんが笑った。


 アベちゃんの左右の手を私とナカくんが取って、三人でゆっくりと滑っていく。


 そうして、デパートの出口とやらに来た。出ようと思って来たことは一度もない。そんな場所だ。でも今は何故か、出るべきという気がした。

 一歩、足を踏み出すと、一気に視界が白んだ。手の温もりは消えていたけれど、不思議と未だ強く絆を感じることが出来、不安にはならなかった。


 ***




 夢を見ていた。


「アベちゃんとナカくんが夢に出てきた」


 呆然と呟いた私は夢を思い出そうとして、頭がこんがらがってすぐに諦めた。このお粗末な脳みそでよくもまああんなややこしい夢を見たものだと感心する。


「今日は部活かー。……あいや、今日も、か」

 

 今日という一日はいつからどこから始まるのだろうか。目が覚めた時? ベッドから起き上がった時? 寝室から出た瞬間? 朝ご飯を食べたら? それとも────。


「夢の中の私、ナカくんのこと好きだったなー。私もしかして……ううん、まさかね」


 ひょっとしたら、夢を見たら、今日が始まるのかもしれない。




 


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