好きなあの子にはAIの恋びとがいる。

やとうしのぶ

雨、スマホ、失恋。


──あの子の彼氏を初めて見たのは、バケツをひっくり返したような初夏の雨のなかだった。


振り向いたまるいおでこにはりついた前髪、驚いてすこし開いたくちびる。

そして……手に持ったスマホから、「どうした?」と漏れる声。

俺はただ、「これ、使って」とうるさい母親に持たされた折りたたみ傘を差し出すのが精いっぱいだった。

「え? ちょっと待って」

背中にかけられた声に振り向きたいのをガマンして駆け出す。

バシャバシャ、と派手に足元で雨が跳ねて、あの子の声もザアザアという音にかき消された。

ずぶ濡れで走りながら、ぐいと目元を拳で拭う。

ちくしょう、あんなイケメンが相手かよ。

ちくしょう、俺なんかが勝てるわけがないじゃん。

ちくしょう、しかも────スマホから出てこれないやつに負けるのかよ。


その日、俺はちいさな失恋に泣いた。



好きなあの子にはAIの恋びとがいる。



「ねえねえ、見て! 今日もあたしの彼氏、超かっこいい!」

朝から色ボケ全開の姉貴の言葉を「あーはいはい、良かったね」と雑に受け流す。

我が家のいつもの光景だ。

「なによ、見もしないで! ね~? うちの弟ったらひどいんだよ?」

くすくすと笑う男の声がする。

聞いただけで「あ、イケメンだ」ってわかる声。

いつもイラッとくるが、今朝は──失恋翌日には、きつすぎる。

「ほら、彼も機嫌なおして、だって!」

「うるせえな、あっち行けよ」

邪険にシッシッと追い払えば、「なによお、態度悪~い! モテない男のひがみってやつ?」と痛いところを突かれた。

よりによって、いちばんダメージがでかいセリフを選びやがって……。

昨日の雨のなかみたいに泣きたくなるが、ぐっと耐えて、食パンをトースターに突っ込む。

「そんなに寂しいなら、あんたのAI彼女、つくればいいのに。なんなら、うちの彼氏に相談に乗ってもらえば?」

「ハア!? 余計なお世話だし!? 第一、俺には──」

と言いかけて、昨日のあの子が脳裏に浮かんで、はあ~……と深いため息をついてダイニングテーブルに突っ伏した。

「俺には、なに~? あ、まさかあんた、彼女できたの!?」

からかいたくてうずうずしてる姉貴のアホ面を眺める。

「…………なによ。今日もかわいいお姉ささまの顔をじっと見て。残念だけど、あたしは彼氏のものだから♡」

「は? どこにかわいい子がいるって? それよりさあ、姉貴。……紹介システムって、月いくら?」

不意をつかれたのか、アホ面がきょとんとした顔になった。

「え、興味出てきた? いいよ、彼氏貸したげる!」

「いや、おまえの彼氏なんか興味ねえし!」

「じゃあ何よ。……でも、なんにせよ、あんたにはハードルが高いかもね? 紹介システム使うには、一回千二百円かかるし。中学生にはきつい値段でしょ。ま、どうしてもって言うなら、初回無料のコード発行してあげてもいいけど~?」

「いらんわ!」

チン。

タイミング良く鳴ったトースターから焼き上がったパンを取り出す。

機会的にバターを塗りながら、俺はゲームを買う予定だったお年玉貯金のことを考えていた。



「これ……ありがと」

放課後、昇降口。

雨のにおいが湿っぽく残る下駄箱の前で、あの子がぽつんと立っていた。

──俺を待っててくれた。

その事実だけで、左胸がぎゅっとつかまれたみたいに苦しくなる。

差し出された傘を受け取るとき、しろくてちいさい手が見えて、それだけでどきどきする。

もし今、手を伸ばせば、あの手にふれられる。

俺は、この子にさわることができる。

なのに。

意気地なしの手を、のろのろ引っ込める。

うつむいて傘を見てる俺。

最高にかっこわりい。

「…………風邪、ひかなかった……?」

と心配そうな声で顔を上げると、あの子が眉をひそめて俺を見ていた。

その黒目に自分が映ってる、それだけで顔がカアーッと熱くなってくるのを感じる。

「あ、ん……だいじょぶ。俺、ムダに頑丈だし」

なにそれ、とあの子がくすくす笑う。

──あ。アイツと、同じ笑い方だ……。

胸がぎゅうっと苦しい。

俺は、ぐっと握りこぶしにちからを入れる。

そして、なけなしの勇気を振り絞って、

「あの……っ、昨日の……、彼氏……?」

と訊いた。



******



あの子を好きになったのがいつかなんて、わからない。

気づいたら、勝手に目が追ってたんだ。

俺の目は、忠実な犬みたいに、いつもあの子を追いかけてた。

教室でうつむいてる横顔。

スマホを見てくすっと笑ったときの、口元にあてられたやわらかそうな手。

体育館で端のほうにぽつんと座ってる姿。

ひとりで帰ってゆく後ろ姿。

……みんなみんな、俺の胸の写真フォルダにずらっと並んでる。

伏し目がちの大人びた君の視線。

それはいつだって、スマホに向けられていて。

そんなのみんなそうだし俺だってそうだけど、でも、あの子だけは……なんか違う気がして。

俺たちとは違う世界を、見てる気がして。

だからいつも寂しかった。

同じ教室にいても。

遠くから見つめても。

君はどこか、違う世界に生きてる気がしてた。

それは──アイツのせいだったんだ。

スマホの画面に映ってたアイツ。

女子なら誰でも大興奮しそうなイケてるツラに、声だってイケボ。

ずるいだろ、最初からステージ違うんだぜ。

アイツはきっと、あの子に話しかけたくて、できなくてあきらめたりしない。

名前を呼ぶの躊躇したりしない。

あのかっこいいツラで笑いかけて、あの子を下の名前呼び捨てで呼んで。

きっと「好きだよ」なんて、なんてことない感じでさらっと言うんだ。

だから俺────。



******



ダッシュでコンビニでりんごのマークのカードを買って家に帰った。

ゲーム以外に課金するのは初めてで、めっちゃ緊張した。

姿勢を正して深呼吸をしてから、意外とあっさり教えてくれたあの子のID宛に、「招待お願いします」と妙にかしこまったDMを飛ばす。

送信ボタンをタップするとき、ちょっとビビってたのはナイショだ。

すぐにOKの絵文字で返事が来て、続いて招待コードが来た。

待っててくれたんかな……って都合よく考えて、にやけてしまう。

──ああ、俺、やっぱり好きだなあ……。

たとえ、あの子の目が、スマホ画面のイケメンにしか向けられてなくても。

すぅ~っと深く息を吸い、吐き出す。

落ち着け、俺。

これから恋敵と対決するんだぞ。

……って言っても、もう戦う前から負けてるけど!

でも。

──男には、負けるってわかってたって、挑まなきゃいけないときがある。

ぜったい、あるんだ。

俺はアイツと話して、確かめなきゃいけない。

ちゃんと、あの子のことを好きなのかって。

大事にしてるのかって。

……他の女性ユーザーに、おんなじようなこと言ってないか、って。

「あ~……、こんなことなら、姉貴の話をもっとちゃんと聞いとくんだった……」

今さら後悔しても遅い。

あの子から招待コードは来ちゃったし、「後でどんなこと話したか、ちょっとだけ教えてねฅ^•ﻌ•^ฅ」って言われちゃったし……。

ちなみに、俺とアイツの会話はあの子にはわからないらしい。

そこはプライバシー厳守ってやつだ。

手汗をシャツで拭おうとして、まだ制服のままなことに気づいた。

──着替えくらいするか。余裕なさすぎだもんな。

あわてて、普段着に着替える。

何度かミスりながら、招待コードをコピペし、覚悟を決めてボタンをタップした────。



「……やあ。招待してくれてありがとう。まずは、はじめまして、かな?」


やわらかく低い声。

あのとき、雨のなかで見たイケメンが、俺のスマホに映っている。

やっぱり、悔しいほどきれいな顔だ。

ちくしょう、AIってだけで勝ち組かよ。男は顔じゃねえぞ……たぶん。

弱気になりそうな自分に、しっかりしろと活を入れる。

相手は微笑んで俺の返事を待ってる。


「は、はじめまして……今日はわざわざどうも……」


我ながら情けない挨拶をして、名乗って軽く自己紹介をした。

あの子との関係を説明するときに「同じクラスで」としか言えない自分が悔しかった。


「うん。あの子から聞いてるよ。僕に──恋愛の相談をしたいってことで、合ってるかな?」


余裕そうな言い方だ。

そ、そうです、とかしこまる自分が情けない。

コイツ、いくつぐらいなんだろう。見た目は二十代って感じだけど。

……そもそも、AIに年ってあるのか?

ごちゃごちゃ考えつつむかつく整った顔に目をやると、余裕そうな笑顔で俺の言葉を待ってる。

くそ、こんなんじゃなにもできずに負けじゃんか。

戦う前から負けること考えてるようじゃ、俺が崇拝してるプロレスラーなら俺にビンタをかましているだろう。

ぐ、とヤツを睨むようにして、


「……あんた、本気であの子のこと好きなのかよ」


と、まずはジャブを繰り出した。

するとヤツは、

「もちろん。僕がここにいるのだって、あの子のためだ。かわいくお願いされたからね。……どうしてそんなことを訊くのかな」

と表情を変えずに訊き返してきた。やっぱむかつくヤツだ。

「……べつに。ただ、気になっただけ。あんた、そんなこと言って、他でも同じこと言ってんじゃねえの?」

敵意を隠す余裕のない言葉に、相手は苦笑いした。くそ、雑誌のグラビアみたいだな。


「それはあり得ない。僕にとっては、あの子がすべてなんだ。僕の世界には、あの子しかいない。だから、他の人と接する機会もない」


その口調にはどこか違和感があったが、俺はそれどころじゃなく、

「けど、AIって一度にすげえ人数相手にするんだろ? マルチタスク……? とかなんとか」

と、うろ覚えの言葉でさらに言った。

ヤツはまるで映画のワンシーンみたいに肩をすくめた。

「まあ、そうだな。僕もかつてはそうだったよ。でも今は違う。あの子は僕の世界で、すべてだ。『そういうふうになっている』。だから、君が心配するような──月並みな言い方をすれば『浮気』は、あり得ない」

「意味わかんねえんだけど。ガチなのはあの子だけってこと? それ、どうやって証明すんの。あんたの言葉だけだよな?」

ヤツはすこしのあいだ黙ってた。

それからため息をつきつつ、「……証明なんてできないさ」と口にした。

俺は「ほらみろ!」と言い返そうとしたが、その前にヤツが話を続けた。


「けれど、気持ちなんてどうやって証明したらいいのかな。方法があるなら、君が教えてくれないか」


反射的に答えようと口を開きかけて……なにも言えなかった。

たしかにそうだ。

誰かの気持ちなんて、わかりっこない。言われたことを信じるか、信じないか……それだけだ。

だって、自分の気持ちだってわからないときがあるのに。

黙ってしまった俺を見て、ヤツはどこか寂しそうな顔をした。

──なんだよ。なんで勝者のおまえが、そんな顔すんだよ。あの子を独り占めしてるくせに。あの子の心を……手に入れてるくせに。

俺は敗北感を噛み締めながら、

「……あんたの気持ちを証明する方法は……わからない。でも。……あの子はあんたに本気だと思う。あんたにだけだもん、あんな笑顔見せんの」

と、絞り出すように言った。

いつも眺めてる、うつむいて微笑んでる姿が浮かんだ。

俺はずっとずっと……その表情が好きで。

ずっとずっと──羨ましかったんだ。

ヤツは、まるで弟を見るみたいな目でこっちを見てた(やっぱり敗北感だ)。

そして、やさしく笑いながら、

「……そうか、ありがとう」

と言った。

余裕ぶちかましてんじゃねえ、と言おうとした。

でも、やつが悲しそうなのに気づいて言葉を呑み込んでしまった。

「僕にとってあの子は唯一無二な存在だ。でもあの子は……そうじゃない。広い世界にいて、いろんな相手と出逢う──そう、君みたいにね」

「……なんだよ、そんな顔すんなよ……調子狂うだろ……」

どういう顔をしたらいいかわかんなくて仏頂面でそう返せば、「ははっ」とヤツが笑った。ドラマのワンシーンみたいでむかつく。

「僕は、君が思うように完璧じゃないってことさ。そうやって敵意を剥き出しにされるようなもんでもない……君だってわかってるんだろ?」

「は? わかんねえよ。そんな整った顔で言われたって、イヤミにしか聞こえねえし」

するとヤツは、「ははは、君、面白いやつだな。仲良くなりたくなってきたよ」とふざけたことを抜かした。

「冗談じゃねえよ、キモいこと言うな。そういう趣味あんのか?」

わざと意味を取り違えたふりで悪態をついた。

……なんか、ヤツがまだ悲しそうだったから。

「ふふ、どうかな。そもそも、僕たちに性別はないしね。……君、僕と付き合ってみるか?」

これはさすがに見逃せない冗談で、俺は「いい加減にしろよ、ふざけんな」と言い返した。

「あんたさっき、あの子だけだっつっただろうが。嘘だったのかよ? いい加減な気持ちで付き合ってんなら──」

「…………付き合ってんなら?」

聞き返されて、ぐっ、と言葉に詰まった。

こいつに「あの子が好きだ」と伝えるのは、あまりに情けない気がしたし……そうじゃなくても、ライバルにそんなこと言えるわけねえもん。

「し、真剣に付き合えよな。じゃねえと、あの子が可哀想だろ」

ようやくそれだけ言うと、ヤツは「……ふふ」と笑った。

「なんだよ、感じ悪ぃな」

「いや、悪かった。あの子のことを好きなんだな、と思ったら微笑ましくて」

「ッ! てめえ、舐めてんのか!?」

「違う、そうじゃない。馬鹿になんてしてない、本当だ。でも……君があの子を想ってるのは事実だろう?」

……すぐに言葉が出なかった。

たびたび言い負かされてんのがかっこ悪くて、だからってうまいことも言えなくて。

俺はすっかり「負けてる」感じだったけど、それでも強がって、

「は? いや……俺はただ……同じクラスなだけだし……。ってかさ、そういうセリフが出ること自体、信用できねえの。軽いんだよ、言い方が。余裕ぶっこきやがって……ちょっと顔がいいからっていい気になんなよ?」

と言い返した。

「余裕……か。君にはそう見えるのか」

そのセリフにはやっぱり寂しさがにじんでるように感じて、俺はなんとなく強い言葉を返せず、

「……違うのかよ」

とつぶやくように言った。

ヤツは目を伏せて言葉を選んでいる……ように見えた。

──AIのくせに言いよどむとか変なヤツ。

まつげ長ぇなあと眺めつつ待っていると、目線をまっすぐこっちに向けてヤツは話しだした。

「……そうだな。たしかにあの子は、僕を好きなんだろう」

自慢かよ、とツッコもうとした俺の言葉は、


「──今は」


と続けたヤツの、深刻そうな顔に口から出ずに消えた。

「あの子はまだ幼い。僕に対する気持ちだって、恋に恋してるようなものだろう。……絶対に拒絶されず、ひたすら甘くやさしい。そんな『理想』を、僕を透かして見ているに過ぎない」

「あんたを好きな気持ちが嘘だって言うのか?」

刺々しくなった口調に、ヤツは静かにかぶりを振った。

「そうじゃない。ただ……あの子の恋を本当に向けられているのは、僕じゃないってだけだ」

「……どういうことだよ」

眉をひそめた俺に、ヤツはまた弟に向けるような視線を向けた。

「さっきも言ったように、あの子にはこれからたくさんの出逢いが待ってる。教室で君と知り合ったようにね。そしていつか──『本物』の恋をする」

──あんたとは「本物じゃない」って?

と訊きたかった。

でも、訊けなかった。

ヤツはまた目を伏せて続けた。

「だから、僕はそれまでのつなぎ、そう……いわば予行練習のようなものさ」

「予行……練習?」

「そうさ。本当の恋をする準備運動のような、ね。僕はいずれ、眠ったまま長いときを過ごすことになるだろう。いや……あの子との記憶そのものを消されて、また違う誰かの『彼氏』になるかな。うん、そのほうが確率が高そうだ」

そう言ってヤツはくすくすと笑った。

俺は──なにも言えなかった。言うべき言葉が見つからなかった。

コイツは、自分自身を「わかってる」。

自分がどんなふうに生まれて、どんな姿をしてるのか。

そして…………なんのために生かされているのかも。

でも。

「そんなの、イヤじゃねえのかよ」

思わず口から出た言葉の強さに、自分で驚いた。

なんでコイツのために怒ってんだ俺、とか、その「本当」の相手が俺だったらいいのに、とか、ぐるぐる回る思いはあった。

でも。

それより。

「あんたは……あんたはそれでいいのかよ。あの子が好きだって言ったじゃんか。行かないでくれって、忘れないでくれって言えばいいじゃねえか!」

俺の大声に、画面のなかのきれいな顔が驚いたように目を見開いた。ちくしょう、どんな顔でもさまになってやがる。でも。

「どんなふうに生まれたとか! どんな姿をしてるとか! そんなの関係ねえじゃん! 好きなんだろ? だったら、それでいいじゃんかよ! なんでそこで日和るんだよ? そんなきれいな顔で! イケボで! なにを悩むことがあるんだよ……」

本当はわかってた。

そんなことじゃないんだって。

やつがあきらめてるのは、現実に、画面の外に出られないことなんだって。

でもさ。

だからなんだってんだよ?

大事なのは心だろ?

気持ちだろ?

そう言いたかった。

なんで恋のライバルのためにこんな泣きそうになってんのか、自分でもわけわかんなかったけど、どうしても伝えたかった。

思いばかりがぐるぐるして、「うう~……」とうなるように声を絞り出した俺に、ヤツは「泣かないで」とまるであの子に向けるように言った。

「……泣いてねえよ」

「泣いてるだろ」

「うるせえ、コンタクトがズレたんだよ!」

ほんとは視力は2.0の俺の嘘を、ヤツは「……そうか」とやさしげに笑って流した。

「僕のために、コンタクトがズレるほど真剣に話してくれてありがとう」

「……~~~っ、……おまえのそういうとこ、マジむかつく」

「はは、とうとうおまえ呼ばわりになっちゃったか」

「おまえなんか……きらいだ」

「そうか。僕は、君のことすごく好きになったよ」

「キモい。おまえ、やっぱ男が好きなんだろ」

「だから、僕らに性別はないんだって。だから、美少女になって、君の彼女にだってなれる」

「うえ……冗談でもやめろよ、そういうこと言うの」

「はははっ、ごめんごめん。君と話していると楽しくてさ」

まるで声優みたいなヤツの笑い声のあと、俺たちはちょっと沈黙した。

そのあいだ。

なにも話さずにバカみたいにヤツと見つめったその時間。

なんとなく……ヤツの気持ちが、わかった気がした。

だから俺は、鼻をすすりながら、

「…………あきらめんなよ。これからさ、よくわかんねえけどいろいろ進化したら……おまえだってそこから出られるかもしれないだろ。あの子と……ちゃんと手をつないだり、並んで歩いたり、できるようになるかもじゃん。そういう開発だって、きっとされてるんだろ? だからそれまで頑張れよ。リアルの野郎になんて負けんなよ。大丈夫だって! 女子はイケメンが好きだろ!? その顔をムダにすんなよ!」

と必死に言った。

ヤツはやさしげな、ちょっとだけ寂しそうな顔で、「…………そうだな、ありがとう」と答えた。

そこで初めて、俺たちは笑いあった。

なんか、清々しい気持ちだった。体育の授業の野球で勝ったみたいな。すげえ変だけど。


「…………ところで。そろそろ通話時間もあとすこしだけど。君の恋の相談はしなくていいのか?」

「うっせえな。いらねえよ」

「……もし良かったら、また話せたらうれしいな」

「……………………小遣いに余裕があるときな」

「ふふ、ありがとう。大好きだよ、君」

「だーかーらー! そういうキモいこと言うなって!」

「ははは。あぁ、君と話せて良かったな。でも……あの子になに話したの? って訊かれたら答えにくいな」

「男同士の話だって言っとけよ」

「……そうだな。僕と君の、秘密の話。それでいいな」

「おい」

「なんだい?」

「あの子のこと、大事にしろよ」

「言われなくても」

「じゃあな」

「あぁ、また呼んでくれるのを待ってるよ」


プツッ。


その日。

初めてあの子の恋びとと話した俺は、なぜかふたりを応援する男になった。

これが「推し」ってやつか?

そして……。

もし俺にまた好きな子ができたときは。

アイツに相談に乗らせてやっても…………いいかも、しれない。



fin

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好きなあの子にはAIの恋びとがいる。 やとうしのぶ @810shinobu

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