第15話 「おかえり」に込められた言霊

法要を終え、和尚さんが帰る支度をしていると、ミサキが和尚さんに深々と頭を下げました。「和尚さん、いつもありがとうございます。この子も、おかげさまで…」その「おかえり」という言葉に、ユイは再び耳を澄ませます。


和尚さんは、ユイに振り返り、微笑みました。「ミサキさんの『おかえり』には、特別な言霊が宿っとる。あんたは、この家の玄関を開けた時、お母さんの『おかえり』で、ずいぶん楽になったはずや」ユイは、ミサキの「おかえり」が、自分の中のよからぬ「氣」を故郷の大地へと返すような言霊を帯びていた、という感覚を思い出します。


「そうやな。この『おかえり』という言葉にはな、『お帰りなさい』という意味だけやない。『元の氣に帰りなさい』いう、意味も込められとるんや。都会で塞いでしもうた氣を、元の元気な氣に戻す。それが、お母さんの『おかえり』の言霊や」和尚さんの言葉に、ユイの目から涙がこぼれ落ちました。母は、ユイの体調不良の根源を、すべて見通していたのです。そして、言葉と食事と、そして何よりも愛情で、ユイを元の「元気な氣」に戻そうとしてくれていたのです。


和尚さんは、ユイの涙を静かに見守り、言いました。「さっきも言ったがな、大事なんは、あんたがその氣をどう受け止めるかや。例えば、誰かに嫌な氣を向けられたとする。それを『嫌やな』って受け止めたら、その氣は嫌な氣のまま、あんたの中に留まってしまう」ユイは、都会で感じていた、仕事への不満や人間関係の軋轢を思い出しました。常に「嫌だな」と感じ、それを心の中に溜め込んでいた自分。


「じゃあ、受け止めなければいいの?」ユイが思わず問いかけると、和尚さんは穏やかに頷きました。「そうや。いらん気持ちは、受け止めへんかったらええ。流してしまえばええんや。そうすると、その氣は、あんたの体を素通りして、どこかへ消えていく。あんたの中で変化った氣は、元々その氣を発した相手の元に、穏やかな氣となって帰っていく。恨みは恨みで返さへん。穏やかな氣で、相手に返してやるんや」ユイは、狸やアライグマにトウモロコシやスイカを「分かち合った」時の感覚を思い出しました。奪われたことへの怒りではなく、不思議な温かさを感じたあの心境。それはまさに、母と和尚さんの言う「氣」の循環だったのかもしれません。


その時、ユイの口から、ずっと心にあった疑問が漏れました。「…私、お盆やから帰ってきたのかな」都会では、お盆の時期に帰省するのが当たり前という感覚しかなかったのです。だが、和尚さんの話を聞き、母の智慧に触れるうちに、自分の帰郷に何か特別な意味があったのではないか、と感じ始めていました。


和尚さんは、ユイの問いに静かに答えました。「人はな、自分に足らんもんを求めて、自然と元の場所に戻ってくるもんや。あんたは、お盆やから帰ってきたんとちゃう。あんたの体が、この土地の氣と、お母さんの氣を求めて、一番必要なこの時期に、帰ってきたんや」ミサキは、そんな和尚さんの言葉を聞きながら、ユイの頭を優しく撫でました。「あんたは、自分の体と心が、一番欲しいもんをちゃんと知っとったんやな」ユイは、母の温かい手に包まれながら、自分の帰郷が偶然ではなかったことを確信しました。

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