【第12章 第二十六話「守りたいもの」】



屋敷を後にした霧丸は、

ただ黙って、自分の家へと歩いた。



感情は顔には出ていない──



その足が、どんな道を通ったのかすら思い出せない。



家に戻ると、押し入れを開け、

奥から古びた長持をゆっくりと引き出す。



何も言わずに、ただ淡々と手を動かす。



籠手を締め、脛当てを巻き、

そして、刀を抜いた。



差し込む日の光が、鈍く金属を照らした。

霧丸は、その光と影を、ただ静かに見つめていた。



刀を腰に挿し、

草履を履こうと身をかがめた。



視線の端に、

棚の上の“ひょっとこ”が映った。



あの日の笑顔が、ふいに脳裏をかすめる。



霧丸は、そっと目を伏せると、

草履の紐に手をかけた。



……だが、うまく結べない。



指先が、わずかに震えていた。



「焦るな……」



霧丸はフーッと息を吐き、

改めて紐を縛り直し、立ち上がる。



戸の前に立つと、

大きく息を吸い、右拳を壁に打ちつけた。



″ガツッ!″



「……また……泣かせちまったか」



血の流れる拳を見ながら呟いた。



そして、静かに戸を開ける。


霧丸は、もう振り返らなかった。



──町に出ると

出会う人達が声をかけてくる。



「おー霧丸さんじゃねぇか!

そんな格好してどうしたんだい?」



「化け物退治かい?」



「それなら大丈夫だよ」



「なんかもう攻めてこないらしいってさ」



「ほんと安心したよ。ねぇあんた」



皆、凛が、身を捧げた事を知らない…………


霧丸は、無言で歩き続ける。



井戸端で遊ぶ子どもたち、

干してある洗濯物、炊きたての湯気、

咲きかけの花……


何気ない暮らしの風景がそこにはあった。



ふと、ひとりの幼い女の子の笑顔に

目が止まる。


ちょっと苦笑いしながら

小さく呟く。



「オレと同じじゃねぇか……」



悔しそうにどこか嬉しそうに……



霧丸は、走り出した。



蹴る足は、徐々に早くなり、

積んである荷物にぶつかっても目もくれず、

一刻も早く……



その思いだけが、体を突き動かしていた。



──頭の中では、凛の手紙が思い出されていた。



「ただ、それだけで……」



凛の言葉に、霧丸の目に涙が滲む。



そして、叫ぶ。



「それだけにさせんじゃねぇ!」



足元を舞い散る砂埃が、空を舞った。





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