超クールなハネムーン! ー雪女との契約結婚でハワイが氷点下!?ー
五平
第1話:借金、雪女、そして「契約」のハワイ
借金で人生詰みかけた俺の前に、
銀髪の美少女が言い放った。
「あなたに求婚します。
一億円差し上げます」
ただし──新婚旅行は、
よりによってハワイ!?
氷の女王との契約生活が、
灼熱の地で始まった。
俺、黒崎悠人、28歳。
しがないサラリーマンの俺の日常は、
常に借金という名の暗い影に覆われてた。
正確には、先祖代々続く俺の家の土地が、
とんでもない額の借金の担保で、
期日までに返済できなきゃ、
俺の家は、この土地は、
全てが水の泡と消えることになってた。
親父と爺さんが、事業拡大と称して
はしゃぎすぎたツケだ。
その日は、返済期日まで
残り一週間という、まさに崖っぷちの日。
胃がキリキリ痛み、目の前は真っ暗。
どうすることもできず、
ただ途方に暮れていた、その時だ。
俺の、古びた一軒家の玄関に、
一人の女が立ってた。
白い肌は光を反射するようになめらかで、
銀色の髪はまるで月の光を浴びた
雪の結晶のように輝いてた。
瞳は透き通るようなアイスブルーで、
感情は一切読み取れない。
まるで精巧な人形。
現実離れした、美しさだった。
彼女の周囲だけ、空気が薄く、
気温が二度ほど下がっているように思えた。
彼女は俺の家の歴史ある門構えに
一瞥もくれず、ただまっすぐに
俺を見据えていた。
「黒崎悠人様で、いらっしゃいますか」
その声も、感情を全く含まない、
どこまでも涼やかな声だった。
まるで冬の早朝の澄んだ空気そのものだ。
警戒しながら「そうですが」と答える俺に、
彼女は感情の読めない瞳で
まっすぐ俺を見つめ返してきた。
その視線に、思わず背筋が凍るような
感覚を覚えた。
「私は白雪氷華と申します。
あなたに、求婚しに参りました」
求婚?一体何を言ってんだ?
頭の中が真っ白になった。
「あ、あの、人違いでは……?
俺は、そんな、誰かに求婚されるような
大それた人間じゃありませんが……」
だが、彼女は首を横に振った。
銀色の髪がサラリと揺れる。
「間違いございません。あなたには、
私との契約結婚をしていただきます。
報酬は、一億円」
いち、おく、えん……?
その単語が、俺の絶望で固まってた
思考回路を無理やり再起動させた。
一億円。借金が返せる。家が守れる。
俺の頭の中に、潰れていく実家の姿が
フラッシュバックする。
あの悪夢のような光景から、
本当に解放されるのか?
にわかには信じられなかった。
「その、契約結婚とは……
どういうことでしょうか」
俺の震える声に、彼女は一枚の分厚い
契約書を差し出した。
差し出された手が、白磁のように美しく、
しかしひんやりと冷たい気がした。
反射的に手を引っ込めそうになったが、
必死にこらえてそれを受け取る。
ざっと目を通すと、そこには
「白雪氷華と黒崎悠人は、
六ヶ月間、形式的に婚姻関係を結び同居すること」
「報酬として黒崎悠人に一億円を支払うこと」
などと書かれていた。
そして、小さな字で、こんな一文を見つけた。
「契約期間中、互いに恋愛感情を抱いてはならない。
感情の起伏は、乙の特異体質による能力暴走を招き、
契約無効とする。
※能力暴走による損害は乙(悠人)の責任とし、
相応の違約金および記憶改変処置が
行われることがある。」
特異体質?能力暴走?
恋愛感情禁止?記憶改変処置?
何をバカな、と一瞬思ったが、
一億円という金額が、
俺の理性を完全に麻痺させた。
目の前の女性が何を企んでいるのか、
なぜ俺なのか、全く分からなかったが、
借金地獄から抜け出せるなら、
どんな馬鹿げた契約でも
飲み込むしかなかった。
俺は震える手で、契約書にサインした。
インクが乾く瞬間まで、
これが現実なのか夢なのか、
判断がつかなかった。
本当に、これで、俺の悪夢は終わるのか?
サインを終えると、氷華は
淡々とした声で言った。
「ありがとうございます。
これで契約は成立です。
つきましては、新婚旅行の件ですが」
「え、新婚旅行?」
あまりに唐突な話に、俺は呆然とした。
てっきり、契約したらすぐにでも
一億円が振り込まれて、それで終わりだと
思っていたのに、まさかそんな
「新婚夫婦らしい」イベントが
組み込まれているとは。
「はい。行き先は、ハワイで。
明後日には出発できるよう、
手配をお願いします」
ハワイ……?この、雪のように白い肌の、
どこか冷気を纏っているような女性が、ハワイ?
南国の太陽が燦々と降り注ぐ、
常夏の楽園。
彼女の見た目からは、全く想像がつかない。
いや、それ以前に、まさか本当に
新婚旅行にまで行くとは。
俺の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「あの、ハワイですか?
もっと、寒いところとか……
北海道とか、アラスカとか、
北欧とか、そっちの方が
お似合いじゃ……」
俺の言葉に、氷華はわずかに首を傾げた。
その表情は相変わらず無感情だったが、
一瞬だけ、その瞳の奥に何か決意のようなものが
揺らいだ気がした。
それは、まるで氷の奥に閉じ込められた
炎のような、強い光だった。
「ハワイで結構です。
……私には、どうしても
“越えるべき理由”があるのです。」
そう言い残すと、彼女は俺の返事を待たずに
踵を返し、来た時と同じように
音もなく去っていった。
まるで幻影のように、
そこにいた痕跡すら残さない。
残されたのは、契約書と、
一億円という文字の重み。
そして、雪女のような女性との、
灼熱の新婚旅行という途方もない現実だけだった。
俺の人生は、この契約によって、
一体どうなってしまうのだろうか。
想像すらできない未来に、
俺はただ立ち尽くすしかなかった。
窓の外から差し込む、
夏の終わりのまだ熱い日差しが、
俺の不安を煽るようだった。
契約書を握りしめた俺の掌に、
微かな冷気が触れた気がした。
それは、彼女が残した名残なのか、
それとも、この先訪れる波乱の予兆なのか。
その夜、悠人は借金返済の喜びと、
見知らぬ雪女との奇妙な生活、
そして灼熱のハワイという目的地への
不安がないまぜになり、
ほとんど眠ることができなかった。
いつもより強い不安感に襲われ、
自室のエアコンを最強にしていても、
得体の知れない熱が体の中に
こもっているように感じた。
それは、ハワイの熱なのか、
それとも、この契約が持つ
別の意味合いの熱なのか。
果たして、この契約は本当に
自分の家を救うのか、そしてこの謎めいた
美しき雪女との生活は、一体どうなるのか。
悠人の「家族と食卓を囲む」という
ささやかな夢は、この契約によって
遠ざかるのか、それとも意外な形で
近づくのか、まだ知る由もなかった。
翌日。悠人は寝不足の目を擦りながら、
ハワイ行きの航空券とホテルの手配に奔走した。
インターネットでハワイの情報を検索するが、
眩しい太陽、青い海、活気あるビーチの映像が
表示されるたびに、隣に立つであろう
氷華の姿がどうしても想像できなかった。
あの冷たい雰囲気が、
南国の熱気の中でどうなるのか。
考えれば考えるほど、胃が痛くなった。
飛行機での持ち物リストを作成する。
マニュアルにあった「冷却グッズ推奨リスト」を
読み返す。「高性能保冷剤複数個」
「冷却スプレー多数」
「UVカット率99%以上の日傘」
「遮光性の高い衣類」
「専用小型冷蔵庫(携帯可能品)」。
……ほとんどが、ハワイでは
あまり必要とされないようなものばかりだ。
冷蔵庫用のモバイルバッテリーは、
電力消費の計算までして予備を三つ購入した。
これはもはや新婚旅行ではなく、気候戦争だ。
こんな大荷物で、本当にハネムーンに
行く新婚夫婦に見えるのだろうか。
疑念が頭をよぎるが、
相手は一億円を払ってくれる「お客様」だ。
文句は言えない。
俺は粛々とリストをこなしていく。
同時に、新婚旅行を装うための
準備も必要だった。
友人には何と説明しようか。
職場には?
「実は、結婚しまして……」
冗談にしか聞こえないだろう。
相手がこんなにも完璧な容姿の女性と
なれば尚更だ。
周囲の人間がどう反応するか、
想像するだけで頭が痛い。
偽りの結婚生活。
六ヶ月間という期限付き。
そして、恋愛感情は禁止。
まるで、奇妙な芝居を
させられているような気分だった。
契約書を再度開いて、
「特異体質」という部分に目を凝らす。
その下には、雪女一族の代理人である
老執事のサインが記されていた。
この代理人からは、契約時に一切の感情を
見せず、事務的な説明を受けただけだった。
まるで、機械のように正確な言葉遣いで、
俺の質問にも一切表情を変えずに答えていた。
その様子は、氷華と瓜二つだった。
もしかして、一族全員が
あんな感じなのか?
冷気を操る能力と、
感情を抑制する生活。
その関係性を、俺はまだ理解できていなかった。
だが、そのマニュアルには、
「高温環境下での能力の不安定化」
「感情の高ぶりによる冷気暴走の危険性」
といった、恐ろしい記述もあった。
もし、ハワイで彼女の能力が暴走したら?
新婚旅行どころか、大惨事だ。
俺は知らず知らずのうちに、
途方もない契約に巻き込まれていたのかもしれない。
それでも、俺には、この家を守るという
使命があった。
家族が残した借金を清算し、
平穏な生活を取り戻すために。
たとえ、それが雪女との
偽装結婚であったとしても。
俺は覚悟を決めるしかなかった。
ハワイでの滞在期間は、
「灼熱の浄化」の儀式のため
氷華自身が定めた期間なのだろうか。
マニュアルには「期間中は、
能力維持のため、外部環境の変化に
耐える精神力を養うことが重要」
と記されていた。
やはり、このハワイ旅行には、
彼女にとって特別な意味があるに違いない。
俺は、この契約結婚が、単なる
金銭のやり取りではない、
もっと深い何かと繋がっていることを、
漠然とではあったが感じ始めていた。
その「何か」が、果たして俺に
幸福をもたらすのか、
それとも更なる苦難を招くのか、
今はまだ、知る由もなかった。
しかし、俺の選択は、
もう後戻りできない場所まで
進んでしまっている。
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