第14話 同姓同名の詐欺師【5】






秘書の梅谷との間にあるテーブルの上に肘をついた島山が梅谷を見上げる。

肩で大きく息をした梅谷が口元で微笑んだ。


「何をおっしゃっているのかわかりませんが。副社長は外出中です。

こうだい農園様、本日はどのようなご用件ですか」


梅谷がシラを切る。

ブースの横の通路を通る社員たちが梅谷に軽く頭を下げていた。

副社長秘書とはそんなにエライものなのかと篠原は考えていた。


「わたしは副社長に話があります。あなたでは力不足です」

「…」

「副社長さんが出かけてるなら待ちます」


梅谷の口元の笑みが消える。

阿藤のことを無能だと思い、なおかつ自分は出来が良いと思っている梅谷には島山の言葉は屈辱なのだ。

島山の目が笑っている。

自分が嘲笑われているように梅谷には見えた。


「ご契約のご相談ですよね。それならわたしに権限があります」

「へえ」

「副社長さんには権限はないということですね。

ということはさっきうちの社長が申し上げたことは合ってたんですね」


今まで全く口を聞かなかった篠原の発言に梅谷が目を見開いて篠原を見る。

その顔はもう怒りの表情だった。


「ということだから待たせてもらいますよ。

秘書さん、あなたには用はないのでお仕事してもらっていいですよ」


煽るような島山の発言に何も言わずに梅谷がバッ!と席を立つ。

通路を歩いていた社員がビックリしてそんな梅谷を見ていた。


そのまま梅谷はドカドカと歩いてエレベーターへ向かう。

ドアが閉まった瞬間に島山が腕時計を見た。


「梅谷が上に上がったぞ。哉太ー」

「オッケ」

「なんかムカついて、つい煽っちゃってさ。

悪い」


梅谷を長時間1階に縛り付けておけなかったことを島山は藤井に詫びた。


「大丈夫。撮れるものはもう撮ったから。

よし。今度は隠し部屋の中に隠れるわ」

「大智ー?」


島山と藤井の会話を聞いていた筧が鏑木を呼ぶ。

隣にいる阿藤のことが気になったが指示を出すのが先だと判断した。


「データはほぼ出せたよ。

阿藤さんが最初に持ってきてくれたデータもあった」

「後はキャロットストアが社長の別会社だという証拠を掴んでくれ」


現場に出ている4人がそれぞれ返事をする。

当たり前だが別会社の社長の名前はラディッシュコーポレーション社長の鏑木大智ではない。

このふたつの会社が紐付けされている証拠を掴まないとならないのだ。


「篠原。煽っちゃって悪いな」


ブースに篠原と二人になった島山が頭を下げる。

その頭を篠原がグイッと無理やり上げさせた。


「いや。あいつの顔見たら煽っちゃうのわかる。マジムカつく」

「だろ?良かったあ。わかってくれて」


とん、と隣りに座っている篠原を島山が肩で押すと篠原が笑った。

島山がスッと袖を上げ、腕時計を見て篠原の背中に手を当てて立ち上がった。


「10分経った。俺らも上がるぞ」

「勝手に上行けんの?」


来客として受付にも見られている。

梅谷が一緒ならまだしもふたりで上がろうとしたら止められるはずだ。


大丈夫、と言って島山が篠原を連れて歩いて行く。

案の定受付の女性が追いかけてきた。


「お客様。2階より上は社員のみのフロアとなっております」

「わかってます。梅谷さんに10分したら来てくれと言われてるんです。

なんなら確認していただいてもいいですよ」

「そうでしたか。失礼いたしました」


受付の女性が頭を下げてご丁寧にエレベーターまで一緒についてきてボタンを押した。

中に乗り込んですぐに篠原が自分より少し背の高い島山を見てぷっ、と笑った。


「確認されてたらどうしてたの」

「確認してる間にエレベーターに乗るつもりだったよ」

「マジ?」


計画性があるのかないのか。

島山のこういうところがこんな時に緊張をほぐす。

それは篠原だけではなく島山代行事務所のメンバー全員が思っていることだろう。


くすくすと笑っている篠原を見て島山が眉を上げた。


「俺さ、いつも思ってたんだけど、」

「なに?」

「篠原って笑うと可愛いよな。

普段はどっちかっつうと可愛いよりつんつんした美人タイプなのにさ。

笑ったら可愛くなるよな」

「な、な、なに言ってんの」


エレベーターのドアが開く。

真っ赤な顔の篠原が先に降りて後ろから島山がニコニコしながら降りてきた。


「そこふたりイチャイチャしない。

で、咲と篠は大智とこ行くの?」

「正解。哉太が別行動だからふたりでウォッチに入るわ」

「よろしくー」


島山と篠原が副社長室に入るので筧が監視カメラの位置を教える。


筧の隣で阿藤はひとことも発さずにじっとモニターを見ていた。


「阿藤さん…」

「…わかってはいたけど、ツラいもんですね」


無能だと思われていることも権限を持たせてもらっていないことも阿藤はわかっている。

しかしそれは直接言われたわけではなく阿藤自身が感じ取っていたことだ。


今朝、筧に全てを聞きたいなら、と渡されたイヤホン。

秘書の口から直接聞いたのは想像以上にショックだった。


これを兄から聞いたらどうなるのだろう。

しかし阿藤はもう後戻りはできない。

兄に罪を認めてもらって安値で買い取った分の正規の金を得意先に払わねば。

ショックを受けている場合ではないと阿藤は耳に手を当てた。


「言わせたいヤツには言わせとけ。

俺は阿藤さんがそうじゃないってわかってるから」

「ありがとうございます筧さん。

うれしいです」

「お世辞じゃないよ。最初に阿藤さんがお兄さんの詐欺疑惑のメモリくれたじゃん。

あれってまんまコピーしたんじゃないでしょ」

「は、はい」


どれだけ得意先が損をしているのかという計算と、詐欺を働いた時系列を出したのは阿藤だった。

数字そのものはもちろんいじってはいないが簡潔にまとめ直したのだ。


「見てもらう人のこと考えてまとめたんでしょ?

だから素人の俺たちにもすぐに理解できた。

相手のことを考えて行動できる阿藤さんこそ商談に向いてると俺は思うよ」

「筧さん…」


モニターを確認している筧の横顔を見て阿藤は胸が熱くなっていた。


亡くなった父親である前社長は阿藤が小さい時から筧と同じことを繰り返し言っていた。


相手のことを第一に考えて行動するように。

それが商売というものだ、と。


その父の教えが阿藤には沁み込んでいたのだ。


「これはまだあくまでも俺の想像だけど、お父さんは阿藤さんに会社を継がせたかったんじゃない?」

「そうでしょうか」

「俺がお父さんならそうするけどね。

もしくは…阿藤さんに継がせるようにしなければならなかったか。

あ、梅谷が戻ってきた」


どこに隠れているのか、藤井カメラが隠し部屋に戻ってきた梅谷の姿を捉えた。


阿藤も気持ちを切り替えてモニターを見つめる。


梅谷はよほど腹が立っているのか、今までつとめて静かにしていたのにドカドカと隠し部屋に戻ってきた。


「あいつ何もんだ。

だから田舎もんは嫌いなんだ」


ドン!と乱暴に椅子に座った梅谷が携帯を取り出す。

親指で画面をタップしている顔は完全に怒っていた。


「もしもし梅谷です。今帰りですか?」


さっき電話していた時と話し口調が違う。

電話の相手は社長なのだろう。

もうひとりの秘書の竹岡は運転しているようだ。


「先日副社長にアポを取っていたこうだい農園がまた来まして。はい。それはもちろんです。

でも僕じゃ話にならないと言って、」


社長に指示をあおいでいる梅谷は携帯を持っていない方の手で机をトトト、といらだったように素早く叩く。

島山にバカにされたのがよほど応えたのか怒りは鎮まらないようだ。


「え。社長が戻られるまで放置してていいんですか?

あ、…はい。わかりました」


通話を終えた梅谷がニヤリと笑う。

そしてすぐにははは!と隠し部屋にいるのを忘れているかのように大声で笑った。


「だよなだよな。

あの無能な陽に対応させるわけないよな」


梅谷はもし社長が阿藤に対応させろと言ったら、と考えていたのだろう。

そしてその指示を出さずに、社長はまもなく帰ってくるようだ。


「なるほど。あれだな。梅谷は社長に言われて阿藤さんに仕事を与えないってのもあるけど、

阿藤さんにライバル心を持ってんだな」


島山の言葉に阿藤が目を丸くして通話ボタンを押した。


「ライバルだなんて。島山さん誤解してます。

梅谷さんは判断も早くて対応も良くて。僕なんかと比べものになりません」

「ところがどっこい梅谷はそう思ってないのよ。

阿藤さんが台頭してくるのを恐れてるんだよ」

「信じられません」


島山と篠原は鏑木のいる副社長室に無事に潜入できたようだ。

島山カメラと篠原カメラは違う角度から撮っている。

少し離れたところにふたりは別れて隠れているみたいだ。


びっくりした顔で瞬きを繰り返している阿藤を見て筧が頷いた。


「わかる人にはわかるんだよ。

梅谷はバカじゃないってこと。

でもその阿藤さんを埋めてしまおうとしてるのは許せないけどな」


自分がNo.2でいたいからなのかなんなのか。

梅谷の本心はわからない。

しかし社長に言われなくとも梅谷は阿藤の台頭を許さなかっただろう。


「筧?データ全部メモリに入れたしそっちにも送った」

「オッケ。哉太は…今話せないな。

梅谷が社長に電話してたんだけど、もうすぐ社長が戻ってくるらしい」


時刻は12:00。

筧が画面の下にある小さな時計を見ると、テーブルの上に置いていた携帯が震えた。


「みんな聞いて。

今哉太から隠し部屋での収穫が送られてきたんだけど、別会社を仕切っているのは松口という社長秘書だ。

代表の名前は松口ではなく偽名だけど、松口が今日行っている相模原の農園に提示する書類が隠し部屋のパソコンに残っていた」

「最初の梅谷の電話から松口が相模原の農園に今日向かっているという証拠が掴めるな」


鏑木の声に全員が頷く。

各自が頭の中でだんだんと揃っていく証拠を結びつけていった。


「ラディッシュコーポレーションの取引先のデータを確認したけど、取引先の農園で相模原にあるのは1件。

松口が向かったのはその農園で間違いない」

「別会社キャロットストアの名簿には松口の名前も載っている。

松口がラデッシュコーポレーションの幽霊社員である可能性もあるけど、バレた時にはおそらく社長は松口ひとりに責任を全部取らせるだろうな」

「そうはさせねえよ?」

「声デカいって咲」


島山の声がうるさくて、筧が一緒イヤホンを外したのを見て阿藤が笑った。

社長と別会社の紐付けはできていないがここまできたら認めてもらわないとならない。

というか認めざるを得ないだろう。


「そういうの俺は一番嫌いなんだよ!」

「みんな知ってるよ。

知ってるから咲、もう少し音量下げて」


みんなで笑っていると藤井カメラのモニターに動きが見えた。


パソコンに向かっていた梅谷がスッと立ち上がり、隠し部屋の回転扉を開けて外へ出て行った。


「梅谷が見ていたのはこれね」


隠し部屋の中を移動した藤井が梅谷が見ていたパソコンの画面を映す。

8分割された画面は監視カメラの映像で、そのうちのひとつ、会社の入り口付近を写した映像に社長である鏑木大智と秘書の竹岡らしき人物が写っていた。


「お出迎えか」

「社長は今から隠し部屋に行くのかな。

それとも社長室かあ?」

「あの二人は埼玉には正規の仕事で行ってたからな。どっちだろ」


鏑木と島山と篠原が同じ部屋にいながら離れたところで会話している。


今の状況を踏まえて筧が指示を出した。


「昼からの会議が終わってから突っ込もう」

「了解」

「それまでは各自待機。大智は会議に出て」

「オッケ」


阿藤をコピーした鏑木が、そう言いながら頬杖をついて眠そうにしている。

それも梅谷のパソコンの画面に映っていた。


会社の入り口付近は映っているが、さっきまで島山と篠原がいたブースは映っていない。

今頃1階に着いた梅谷は、阿藤を待つと言っていた島山たちがいないことに驚いているだろう。


エレベーターを降りた梅谷が受付のところにいる社長と秘書の竹岡のところへ向かう途中、

来客ブースに島山たちがいないことに首を傾げた。


「社長おつかれさまです」

「梅谷、こうだい農園の、」

「やっぱり帰ったみたいですね。

副社長が戻るまでとか言ってましたが、さすがに諦めたんでしょう。

社長のおっしゃる通り放置して正解でした」


バカにしたように笑っている梅谷の肩を社長がグッと掴む。

ビクッとした梅谷が社長を見ると静かに首を横に振っていた。


「今、受付に確認したら、こうだい農園の二人がお前に10分後に上がって来てくれと言われていると言っていたらしい」

「え?ど、どういうことですか?」

「上にいるってことだよ。帰ったんじゃない」

「…」


門前払いしたはずのこうだい農園の二人が上の階にいる。

梅谷は何がなんだかわからずに頭を抱えた。


「副社長に会いに、上に行ったんでしょうか」

「副社長は?」

「モニターで確認しましたが机から一歩も動いてません。

あの二人は部屋に入ってません」

「そうか」


サッと目だけで1階フロアを見回した社長がエレベーターへ向かう。

慌てて梅谷と竹岡がついて行った。


「声までは拾えないけど梅谷は社長に真実を突きつけられたみたいだね」

「草」

「草草」


監視カメラの映像をパソコンで見ていた藤井の言葉にみんなが笑っている。


阿藤のことを出てこないように打ち続けてきた梅谷にはまだ足りない。

もっと自分が思っているより無能であることを自覚して欲しいものだ。


「社長がどの部屋に来るかわかんないから、

みんな気をつけて」


筧の言葉にサッとマイクの音声が静かになる。


藤井カメラが撮っているパソコンのモニターに映った社長が、なぜ鏑木大智になりすましているのかを筧は考えていた。



コンコン、とノックが聞こえる。

机に座っていた阿藤をコピーしている鏑木が、その音に反応して椅子から立ち上がった。


「はい」

「副社長。私だ。入るぞ」

「はい」


阿藤をコピーした鏑木が入り口のドアに向かって歩く。


いよいよ対面だ。

社長が鏑木の完全なコピーを見抜けるか。


阿藤の顔をした鏑木の前で、ガチャ、と音を立ててゆっくりと副社長室のドアが開いた。







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