第13話 同姓同名の詐欺師【4】





島山代行事務所の小さな部屋に眩しい朝日が差し込む。

古い家具ばかりのこの部屋は阿藤にとって異空間のように感じた。


長椅子の前の壊れそうなローテーブルの上にモニターが2台とノートパソコンが2台、所狭しと置かれている。

長椅子に並んで座っていた筧が阿藤にイヤホンをひとつ渡した。


「紛らわしいんだけどマイクの切り替えできないから全員の声が入るんだ。

誰の声かわかんないだろうけどなんとなくで聞いてて」


阿藤が8:00前にここへやって来た時にはもう筧しかいなかった。


全て聞きたいのならイヤホンを渡す、と筧に言われて阿藤は頷いた。

筧がそう言ってきたのは兄が自分のことを、もしかしたらひどく言うかもしれない。

それを聞いても大丈夫かという意味なのだと阿藤は理解した。


「あとね、このモニターは、わかりやすいように一応マステで名前貼っといたんだけど、

こっちから藤井哉太、鏑木大智、篠原翔毅、島山咲也の撮った映像が見られるから」

「はい」


鏑木大智と聞くと阿藤はどうしてもドキッとしてしまう。

そのことも暴くと言われているので複雑な心境なのだ。


「話したいことがある時はこのボタン押しながら話したら現場にいる4人に聞こえるから。

普段はオフだからね」


今言っていたボタンを筧が押す。

テスト、テストと言いながら各モニターを見つめた。


「テストです。みんな聞こえる?」

「はーい」


各自つけているマイクが声を拾う。

阿藤は4人の声を聞いて筧と同じようにモニターを見つめた。


「大智が会社に入ったな」


ボタンを放した筧がイヤホンを耳に入れ直して鏑木のモニターを指差す。

そこには阿藤には見慣れた会社の入り口が映っていた。


鏑木が歩くたびに画面が少し揺れる。

入り口の自動ドアが開くと、そこに秘書の梅谷が立っていた。


「おはようございます副社長」


阿藤の心臓が跳ねる。

鏑木のカメラの映像は秘書の胸元を写していた。

かなり近い。

自分でないことがバレないか心配で阿藤の背中に汗が流れた。


「おはようございます」


自分がしゃべったのかと思って阿藤は思わず口を塞ぐようにして手を当てる。

しかしそれはイヤホンから流れてきた鏑木の声だった。


「すごい」

「大智は声色を真似るのが得意なんだよ」


自分を真似た鏑木の声を聞き、阿藤の心配が少し和らぐ。

コピーすると言われてはいたがここまで似せてくるとは。


「副社長、本日のスケジュールです」


阿藤をコピーした鏑木に秘書の梅谷が一枚の紙を渡す。

それに書かれていたのは午後からの会議だけだった。


「よろしくお願いします」

「はい」


筧が隣にいる阿藤を横目で見ると普通だった。

スケジュールとは名ばかりで何もない日もあるのだろう。


阿藤をコピーした鏑木が紙を折りたたんでポケットに入れ、副社長室へ向かう。

前を歩いている秘書の梅谷が急いでいるようにも見えた。


「あの、兄さんはもう出かけたんですか?」

「7時に埼玉へ出発されました。

お昼にはお戻りになられます。それより副社長。

会社では社長とお呼びください。

何度言ったらお分かりになるんですか」

「すみません」


スタスタと歩く秘書について行く。

エレベーターに乗り込むと、梅谷は3階と2階のボタンを押した。


ということは3階の副社長室にいる間は梅谷はそばにいないということか。

梅谷が急いでいるのも早くお荷物である阿藤を副社長室に放り込みたいからだ。


二人の乗ったエレベーターがポンと音をさせて2階に到着した。


「わたしは仕事がありますのでこちらで失礼します。

13時にお迎えに上がりますので」


それまでは部屋でじっとしてろ、と梅谷の視線が語っていた。


「はい。よろしくお願いします」


サーッとエレベーターのドアが閉まる。

3階には社長室、倉庫、副社長室など普通の社員があまり立ち入ることのない部屋がある。


社長は留守。秘書の梅谷はついてこない。

好都合だと阿藤をコピーした鏑木は口元で笑った。


副社長室をぼんやりと見回してから机の椅子に座り、阿藤をコピーした鏑木がパソコンを開く。

キーボードをポチポチ、とゆっくり打ち始めた。


鏑木が読んだ阿藤はパソコンなどを器用に使いこなすタイプではない。

それは不器用とかではなくそういう環境に今までいなかったからだ。


兄のメモリをコピーして隠しファイルを開いたところまで阿藤がしたのも、かなりがんばったと思われる。


さっきわざとぼんやりしたフリをして部屋を見回した時に見つけた監視カメラ。

ここでの阿藤の行動は全てふたりの秘書と社長が管理している。

なので阿藤をコピーをしている鏑木は気を抜けないのだ。


しかし監視カメラの角度から考えてパソコンのモニターは見えない。

社長たちは阿藤が退屈しのぎに動画などを見ていたとしても、それには興味はないのだろう。


「昼まで鏑木さんは動かないんですかね」


阿藤が見ている鏑木カメラにはパソコンのモニターが映っている。

ポチポチとゆっくりキーボードを打っているので動画かなにか検索しているのか、と阿藤は思っていたが、さっきかわけのわからない数字が羅列していた。


「ハッキングしてるんだよ」

「ハッキング??」


ハッキングなんてそんな簡単にできるのか。

阿藤はびっくりして鏑木カメラの映像を見た。


「お兄さんのパソコンと秘書の竹岡のパソコンから何か臭いデータがないか大智は確認してるんだよ」

「バレないんですか?」

「どうだろ。でもバレてもいいんだよ。

データさえ引き出せれば」


どのみち対決するのだ。

今は証拠を集めるのが先。

筧は心配そうな阿藤に微笑んで、藤井カメラのモニターを見た。


別行動もすると言っていた藤井は部屋にいる鏑木をおいてどうやら倉庫に侵入しているようだった。


「この倉庫は何を保管してるの?」

「ここは兄の本とか、取引先にいただいた冊子やパンフレットを主に保管してます。

取引先からいただくものは結構な量になるので」


取引先との契約した時の書類などもここに保管している。

だから扉は二重ロックになっており阿藤自身も一度しか入ったことがない。


「藤井さんどうやって…。

この倉庫の鍵は兄と秘書しか持っていないはずなのに」

「お兄さんと秘書のふたりしか持ってないのか。なるほど」


筧が顎に手を当てて頷く。

倉庫の藤井カメラの映像はほとんど動いていない。

筧は耳に入れたイヤホンに今度は手を当てた。


「哉太は梅谷について入ったんだよ」

「梅谷さんに?」

「阿藤さん、音声拾って」

「あ、は、はい」


藤井はどうやら梅谷を尾行していたようだ。

2階でエレベーターを降りた梅谷はまた3階に上がって倉庫へ行ったのか。

同じく3階にある社長室。その中から通じている秘書室ではなく倉庫へ。


阿藤も筧と同じように耳に手を当てる。

すると話し声が聞こえてきた。


「副社長が出社した。

相変わらず部屋でパソコン見て遊んでるよ。

そっちはどう?」


どうやら梅谷は電話をしているようだ。

相手は社長か、それとも同行している秘書の竹岡か。

阿藤の様子を報告をしているようだった。


「相模原の農園に松口が向かってる。

価格は昨日決めた通りでいいね」


藤井カメラのモニターの映像が倉庫の中を映し出す。

スチール製の棚がドミノのように並ぶ向こうは壁だった。

藤井が隠れているからなのだろうか梅谷の姿が映っていなかった。


「おかしいな」

「梅谷さんが映っていないのに声がするからですか?」

「それもそうなんだけど、これ見て」


筧がモニターだらけのローテーブルの隙間にA4サイズの紙を置く。

阿藤がそれを見ると3階の間取り図だった。


「倉庫の隣が副社長室でしょ?ということはここからここまでが倉庫。

さっきの映像を見る限り倉庫が狭すぎない?

面積的にもっとあるはずだよ」


隠し部屋だ。

それを気づかせるために藤井はどん詰まりまでの映像を映したのだ。

今、藤井は話せる状況ではない。

みんなにそれを気づかせるためだった。


藤井カメラから梅谷の声を拾っていると、どうやら秘書でありながら社長直々の営業を担当している松口が神奈川県の農園に向かっているということがわかった。


「なるほどね」


鏑木の声がする。

しかし蚊のなくような小さな声だ。

部屋の監視カメラに拾われないように口を動かさずに話しているのだろう。

筧が通話のできるボタンを押した。


「収穫あった?こっちも哉太が掴んだよ」

「社長と秘書の竹岡のパソコンからは何にも引っ張れなかったけど、キャロットストアって会社名がめっちゃ出てきた」

「キャロットストアね。

やっぱそれが別会社で確定だな」


藤井と、まだ動きはないが島山と篠原にもこの会話は聞こえている。

筧が藤井の映像から推理したことをみんなに共有した。


「秘書の松口が相模原の農園に向かってる。

ラディッシュコーポレーションが半分しか買わなくて残った野菜を買取りに行くんだろ。

今、哉太が潜入してる倉庫の突き当たりの壁が隠し部屋になっていてその向こうがいわゆる別会社だな。

だから社長室と秘書室は何にもなさそう」


筧の推理は間違いないだろう。

あとは鏑木がキャロットストアという名の、社長が持つ別会社のデータを引き出せば証拠は揃ったようなものだ。


「短時間でよくここまで収穫できたなあ」


島山の普通のトーンの声が聞こえる。

そしてそれがメンバーたちへの褒め言葉でないことが全員わかっていた。


「大智がバレたとかじゃなくてさ、

いずれ俺らが調査することがわかってたんじゃねえか?」


だから簡単なセキュリティにしていると島山は言いたいようだ。


「罠か。かもしれないな。

元々うちを阿藤さんに紹介した時点でおびき寄せられてるようなもんだし。

でも秘書の梅谷は哉太の侵入には気づいてないんじゃない?」

「かもな。気づいてたら隠し部屋にわざとらしく案内してると思う…」


島山が言葉を詰まらせる。

筧が通話ボタンを放し、背もたれにもたれて腕を組んだ。


「あの、筧さん。俺、」

「わかってるよ。阿藤さんがバラしたわけでも、バレたわけでもないってことはみんなわかってる。

だから咲は “いずれ” って言ったんだよ」

「なんで兄さんは…俺がこちらへ来たことを知ってるんでしょうか」


その時言葉を詰まらせていた島山がまた話し始める。

倉庫に侵入している藤井、副社長室でハッキングしている鏑木にも耳の奥に仕込んだイヤホンから島山の言葉を聞いた。


「なるほどな。そういうことか。

俺たちをご招待することを秘書たちは知らねえみたいだな」

「社長の単独ってこと?」


筧の問いかけに島山はうん、と頷く。

島山代行事務所がラディッシュコーポレーションの調査に行くことを、社長だけがわかっている。

行くことがわかっているというよりも来てほしいという希望だ。


阿藤に何かあれば島山代行事務所に相談するように言い、阿藤が詐欺に気づくように細工したのだ。


「大智。どうやら社長はお前に用があるみたいだな」


島山カメラと篠原カメラの映像がやっと動き始める。

会社に入ったようで受付の女性の胸元で小さな金色のネームプレートが映っていた。


「すみません。わたくし…えーと…」

「こうだい農園の幸田と申します。

副社長をお願いいたします」


自分でつけた農園の名前を忘れた島山に、篠原が助け舟を出す。

隣で島山がははは!と大きな口を開けて笑った。


「少々お待ちください」


先日と同じように受付の女性が内線をかける。

島山と篠原が受付から離れたところに移動すると鏑木の声が聞こえてきた。


「俺をおびき出すためってことだな。

でも実際に詐欺は行われてるから遠慮なく証拠は揃えさせてもらおうぜ」

「じゃあ大智はデータを引き出して、哉太は隠し部屋を見張ってて。咲と篠は…あ、梅谷か」

「そう。どうせあいつがしゃしゃって来るだろ」


島山と篠原は先日も梅谷と顔を合わせている。

社長がいない今日、副社長である阿藤をひとりで客に会わせるわけがない。


梅谷を1階に縛り付けておけば藤井が調査しやすいのだ。


「こうだい農園様」

「咲」

「え?」

「え?じゃないって。自分がつけたネーミングセンスゼロの農園の名前ぐらい覚えてよ」


二人でごちゃごちゃ言いながら島山と篠原が受付に向かう。

予想通り副社長は留守をしているので秘書が対応する、と受付の女性が言った。


「こちらでお待ちください」


先日と同じ1階にあるテーブルと椅子が置いてあるブースに案内された島山が首を傾げた。


「副社長さんにアポ取ってたんですがね。

留守って外出ですか?」

「その辺りは私にはわかりません」


島山と篠原を椅子に座らせて受付の女性はまた受付に戻っていく。


時刻は11:00。

13:00から会議があると梅谷が阿藤をコピーしている鏑木に言っていたので社長はそれまでに帰ってくるだろう。


あと2時間。鏑木と対峙するまでに証拠は全部引きずり出しておきたいところだった。






隠し部屋がある壁に近づいた藤井が中の音声を拾っていると、壁の向こうからブーブーというバイブ音が響いているのがかすかに聞こえた。


「はい。梅谷です。こうだい農園?

ああ、この前の。わかりました。

副社長は外出中なのでわたしが対応します。

来客ブースでお待ちいただくように」


誰も来ない倉庫だがもしものことを考えて内線の呼び出し音をバイブレーションにしている。


徹底的だ。この辺りからも秘書の梅谷、竹岡、そして松口は社長の本当の目論みを知らないと見える。

金を儲けるためにバレないように真剣に仕事をしているだけなのだ。


呼び出された梅谷はこの壁からどうやって出て来るのか。

入るところを見られなかった藤井は見つからないように移動した。


コトン、と小さな音がして壁が動き出す。

中央に軸のある回転扉に藤井は目を見開いた。


「レトロすぎん?」


筧がぷっと吹き出す。

隣の阿藤はすごい!と見入っていた。


「忍者屋敷かよ。

でもこれなら鍵があったとしても簡単に解除できるよね」

「社長室は顔認証なんです。

確かにそれに比べたら簡単すぎますよね」


くるりと回った壁を梅谷が両手で調整してまた元の壁に見えるようにする。

サッとしゃがんで足元にある鍵らしきものを閉めたのか、またコトンと小さな音がした。


「哉太ナイス。めっちゃ撮れてる」


通話ボタンを押しながら筧がそう言ったが、藤井からの返事はない。

梅谷が出て行くまで話せないのだろう。

しばらくして藤井の声が聞こえてきた。


「足元の鍵は簡単に開きそう。

中に入ってみるわ」

「監視カメラはないだろな」

「あってもいいよ。

どうせ見るのは社長だろ?」

「そうだな。梅谷にバレないように中は動かさずに写真撮って。

あとカメラでうまいこと撮って」

「了解」


通話ボタンを放した筧が今度は島山と篠原のカメラのモニターを見る。

阿藤も筧にならって、あちこちのモニターを見るために首を動かしていた。


「筧さんすごいですね」

「すごくないよ。ただあいつら同士連絡取るの難しいからこうやって指示出ししてやるんだよ。

今回は現場に4人入ってるから大変だけどな」


副社長の阿藤が急用で外出してしまったことを梅谷が島山と篠原に詫びる。


島山が不思議そうに梅谷を見た。


「副社長、ホントはいるんでしょ」

「は?」

「この前もそうだったけどなんで副社長に話させないの?

肝心なことは全部秘書さんが答えてたよね?

ねえ、なんで?」


島山の失礼な問いかけに梅谷の顔色が変わる。


ニコニコしている島山。

その隣で無表情で座っている篠原も、梅谷には不気味に映った。








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