第7話 売り組織をぶっ壊せ!【4】
階段とはまた違った鉄でできた重そうなドア。
冷たいと形容するのが一番似合っている。
そのドアの前でローズを間に挟んでいたタトゥーの男と小太りの男が足を止めた。
「ボスが来られたら中から合図がある」
「…」
返事をしなかった榎に小太りの男が顔を近づけてジロジロと舐め回すように見る。
中から合図、という意味が榎をコピーしている筧にはわからなかった。
以前ここへ来た時はボスが部屋の中にいて、そこへ榎とともに筧は入ったのだった。
「おい、」
小太りの男がそう言ったと同時に耳の奥に仕込んだイヤホンから鏑木の声が聞こえてきた。
【榎さんからの情報流すね。その倉庫には外階段があってボスはそこから部屋に入るらしい。
つまりボスの部屋にはドアが二つあるってこと。
組織の人間しか知らないガサ入れがあった場合の逃げ道だな。
筧は知ってる風を装って】
榎のヤツ。先に教えておけよ。
鏑木の間一髪の指示に榎をコピーしている筧は胸を撫で下ろした。
「あ、すみません。ボスが来るんで緊張しちゃって。
ボスが部屋に入られたら中から合図があるんでしたよね」
「ははは。緊張するのもわかるけどな」
おそらくボスがローズを手に入れたら榎にはもう用はない。
用心棒のふたりに瀕死のめにあわされるのだろう。
しかし榎には筧を連れ戻すという切り札がある。
それをボスはどう受けるのか。
小太りの男はなんだか榎がかわいそうになってきた。
「全力で謝ります。ボスに許してもらえるように」
「…そうだな」
緊張した面持ちで、それでも微笑んでいる榎を小太りの男は見るのがつらくなり目を逸らす。
ローズという土産まで持って来たのだ。
許してやってほしい、と小太りの男は思った。
ドドドドン、と忙しないノックが鉄のドアの向こうから聞こえる。
ビクッとしたタトゥーの男がドアノブに手を掛けてゆっくりと重いドアを開けた。
小太りの男が先頭で入り、次に榎とローズを入れてからタトゥーの男はドアを閉める。
驚いたことにまた同じような鉄製のドアが目の前に現れた。
それが当たり前という表情の榎と違ってローズは眉を寄せて瞬きを繰り返している。
小太りの男がローズの腕を掴み、目の前の鉄製のドアに拳を叩きつけてノックした。
ゴゴ、と重苦しい音を響かせながら中からドアが開く。
それと同時にタトゥーの男と小太りの男が頭を下げたのを見て、榎も慌てて頭を下げた。
【筧は用心棒のふたりを外へ出して。篠はボスの口から売りの証拠を聞き出して】
鏑木の声に頷くこともせずローズに扮した篠原は体が震えるほど怯えていた。
全く気配を感じないが島山はいてくれているのだろうか。
自分たちをボスの部屋に連れてくるだけの役目であるタトゥーの男と小太りの男はすぐに部屋から出されるだろう。
用心棒を外へ出すために榎も外へ出る。
そうなると部屋の中で篠原はボスとふたりきりになるのだ。
うまくボスの口から引き出せるのか。
篠原は自分の身の危険よりも任務が遂行できるかを心配していた。
「ローズ。ボスに失礼なことを言うなよ」
小太りの男がローズの耳元でささやく。ボスは怒ったらたとえ商品になるローズでも容赦しない。
それがわかっているので小太りの男はそう言ったのだ。
ドアを開けた用心棒のひとりが何も言わずに全員を部屋の中へ入れた。
向かって部屋の左側に置かれた机。そこには品の良さそうな男が座っている。
見た目は普通のサラリーマンのようだが目光が異様に鋭かった。
ボスと目が合うや否や榎をコピーしている筧がガバッ!と床にひれ伏す。
そして頭をコンクリートの床に擦り付けた。
「この度はご迷惑をおかけしました!」
「迷惑?」
「はいっ!筧に逃げられたこと、全部俺の責任なので見つけるまで戻らないと誓って探していました」
「榎」
ボスの落ち着いた声に榎は頭を擦り付けたまま、すみませんと小さな声を発した。
「迷惑とは違うな。お前が逃げようが逃げまいが、お前の仕事は筧を連れ戻すこと。
ただそれだけだ」
「はい」
逃げてからもう何年も経つのに、なぜいまだにボスは筧に執着しているのか。
商品として売れるから、という理由だけではないように思える。
やはり裏がありそうな気がして、盗聴している鏑木が首を傾げた。
「で?筧は見つかったのか?」
「それが、まだです。すみません!」
「まあ、みつかっても、お前はここへ連れてこないよな」
「そんなことないです!」
「そんなことあるだろ。お前は筧に惚れてるもんな。
惚れたヤツを差し出すほどお前はまだ腐ってないだろ?」
頭を床に擦り付けている榎の表情は誰からも見えない。
しかし黙り込んでしまったということはボスの言うことが正しいと言うことなのだ。
「だからもういい。筧はこちらで探す。なんとしてでも」
「待ってください!」
バッ!と榎が顔を上げる。
血が滲んでいる額を拭うこともせずに肩で大きく息をしていた。
用心棒のふたりはボスと同じく見た目は普通のサラリーマンのようだ。
能面のように動かない顔で一点を見つめている。
タトゥーの男と小太りの男は榎を憐れんだ目で見ていた。
「筧は、必ず、俺が探し出して、」
「筧を逃したのはお前だろ?」
「違います!」
榎の必死の声が部屋に響く。
ボスの声量は全く変わらなかった。
「なぜお前をここに置いていたかわかるか?」
「筧が…逃げた罰を俺に、」
「違うな。お前をここに置いていたらいつかは筧がここへやって来るからだ」
榎はエサだった。
筧はほとぼりが覚めたら必ずここへ榎を助けにやってくる。
ボスはそれを待っていたのだった。
「今回逃げたことで筧と連絡が取れたんだろ?
ということは筧はもうここには来ない。
だからもういい。お前に用はない。土産だけもらっておく」
「ボスっ!お願いします!」
“もうお前に用はない” ということがどういう意味を表しているのか。
ここにいるローズ以外は全員わかっていた。
「あ、あの、ボス。榎は、」
ローズの腕を掴んでいた小太りの男がこめかみから汗をたらりたらりと流しながらボスに頭を下げる。
榎の命乞いをしようとした小太りの男を見てボスが微笑んだ。
「お前らももう下がっていい。ご苦労だった。
まだ仕事が残ってるだろ?しっかり働いてこい」
ボスの微笑みに小太りの男はもうそれ以上なにも言えずにぎゅっと目を閉じる。
額から流れた汗が閉じた目の上に流れていった。
あわよくばローズの味見をボスに頼もうとしていたタトゥーの男と小太りの男は思わぬ展開に素直に部屋を出ることしかできなかった。
ゴトン、とタトゥーの男と小太りの男が出て行ったドアが閉まる。
残されたローズは床に座っている榎を見下ろしていた。
「さて。お前、名前は?」
ローズの白い横顔にボスは満足そうに微笑み、手招きをした。
ローズは恐る恐るボスがいる机に近づく。
しかしまだボスが手招きを辞めないので机を周り、ローズはボスの真横に立った。
「…ローズです」
「名は体を表す、というがお前のはまさにそれだな。
ローズという名をお前につけたものを褒めてやりたい」
ネーミングセンス0の島山がつけたんですが、とも言えないのでローズは返事に困っていた。
「ローズ。お前なら、そうだな月に100、いや200は余裕で稼げる」
榎が出て行かないことにはボスに話させるわけにはいかない。
用心棒のふたりが邪魔だ。敵は少ない方がいい。
先に榎と用心棒を部屋から出したいローズは考えた。
「あの、俺…榎さん!」
床に座っている榎にローズが駆け寄る。
両手で榎の肩を掴んでローズは激しく揺さぶった。
「榎さん!どういうこと?なんで俺がっ!」
ローズに揺さぶられるままになっている榎は、それに答えることもなく腑抜けている。
これから自分が殺られることで頭がいっぱいなのだろう。
ぐらぐらと揺れる力の入っていない榎の体。
ぼかんと開いた口の端にははよだれが光っていた。
「おい」
「はい」「はい」
用心棒のふたりが能面のような顔をボスへ向けた。
「始末しろ」
「いやだ!許して!」
カチャ、と音を立てた拳銃を用心棒のひとりが榎をコピーした筧の額にめり込ませる。
もうひとりは榎が動かないように榎の背後に回ろうとした。
「やめてくれっ!」
スッと用心棒のふたりからすり抜けた榎が重いドアを開けて外へ出て行く。
その後ろから用心棒のひとりがパンパン!と乾いた音を鳴らして3発ほど発砲したが、榎には当たらずに壁やドアに当たった。
「ふたりで行け。逃すな」
「しかし、」
「ここは大丈夫だ。行け」
シュッ、と用心棒のふたりの姿がドアの向こうに消える。
用心棒なので主人から離れることは基本ありえないのだがボスの命令ならそちらを優先するのか。
重くしまったドアが外の世界と自分が今いる世界を無惨に分けているみたいにローズには感じた。
鉄の階段に差し掛かる前に榎は用心棒に捕まった。
タトゥーの男と小太りの男はすでに下に降りているのだろう。
榎たちがさっきこの倉庫に入った時のようにソファあたりにいるのかもしれない。
小太りの男たちの声も全く聞こえてこなかったが、その方が榎をコピーした筧には好都合だった。
階段から鉄製のドアまでの短い通路。
二重になっているドアの向こうのボスとローズにはここで暴れても聞こえないだろう。
榎の腕を捕まえた用心棒の男がまた拳銃を向ける。
それを榎がガン!と手で振り払った。
飛んだ拳銃は階段の簡易な手すりを乗り越えて下へ落ちていった。
「何をする」
「普通に話せるんだ。ロボットかと思ってたわ」
「榎…」
殴りかかってきた用心棒の拳を避け、その隙間から榎が用心棒の顔を殴る。
用心棒と比べると格段に小柄なのに、榎の拳はかなりの威力だったのか、用心棒は吹っ飛んで鉄の床に顔から突っ込んだ。
「ううっ」
「なんだ。表情もあるんだ」
ふっ、と榎をコピーした筧が笑う。
もうひとりの用心棒が、倒れた相方を見ることもなく榎に拳銃を向けた。
「お前…」
榎はどちらかというとおとなしいタイプだ。
チンピラとつるんでいた時もそれに染まらずに普通の容姿だった。
おごりたかぶることもない榎が一発で仮にも用心棒を名乗る男を倒したのだ。
残されたもうひとりの用心棒が、素手では無理だと判断したのも無理はない。
「そんなもん捨てたら?プライドないの?素手でこいよ」
自分に向けられた拳銃に全く怯まずシャドウボクシングをし始めた榎に、用心棒は両手で拳銃を構える。
榎は普通に言ったつもりなのだが用心棒にすればあおられたと思ったのだろう。
悔しそうに唇を歪めてトリガーに置いた指に力を込めた。
「榎くん。いくらあんたでも飛び道具にはかなわないって」
誰もいないはずの背後から聞こえてきた声に拳銃を構えた用心棒が顔だけで振り向く。
ギギギギ、と音がしそうなほどその動作は強張っていた。
「まあ、こんな構え方じゃ榎くんに普通に避けられるか。
それにその前にお兄さんの…」
用心棒の心臓の真裏。背中の真ん中に固いものがめり込んでいる。
それに気づいていたから用心棒は顔しか後ろに向けられなかったのだ。
血走った目で用心棒は自分の後ろにいる声の主を必死で見ようとしていた。
「一番の急所を俺が撃つ」
シュシュ、と両の拳を交互に出してから榎をコピーした筧が用心棒を見る。
その後ろでウォッチの藤井が愛嬌のあるいつもの顔で笑っていた。
「お前…誰だ」
もう榎を撃つことを諦めたのか、用心棒の拳銃は明後日の方を向いている。
こめかみから流れ出た汗が顎から落ちる瞬間に、背後にいた
藤井がドン!と背中にめり込ませていた警棒で用心棒を殴った。
ドサっと鉄の床に用心棒がうつ伏せに倒れる。
口からは小さな泡とともによだれが流れ出ていた。
「俺にやらせろよ。久しぶりに腕が鳴ってたのに」
「なに言ってんの。その前にこんな至近距離で発砲されたら逃げらんないよ?
てか時間がない。急ご」
榎をコピーしている筧が用心棒の落とした拳銃を蹴っ飛ばして下へ落とす。
そして藤井とともに鉄の階段を駆け降りた。
タトゥーの男と小太りの男がガンガン、と鳴る階段の音に驚いてソファの方から飛んできた。
「榎、お前、良かった!
物騒な音が聞こえてたから、もうダメかと思ってたんだぜ」
榎の無事な姿を見て小太りの男がうれしそうに肩を叩く。
タトゥーの男も頷きながら微笑んでいた。
「よく許してもらえたな。マジで良かったよ」
「俺ら今から商品を迎えに行くんだけど、その前にお前の無事なとこ見られて安心したよ」
「ありがとうございます」
タトゥーの男と小太りの男に深々と頭を下げてから榎を
コピーした筧はふたりを真剣な目で交互に見つめる。
上着を着て車のキーを持ったタトゥーの男が不審そうに
そんな榎をのぞき込んだ。
「どうした?」
「時間がないので手短に言います。ここにもうすぐ警察が入ります」
「は?」
「兄さんたちこのまま逃げてください。
客からもらった金、今日の売り上げを持って数日でいいんでどっかに潜んでてください」
今からボスに関するデータ以外は消去して足がつかないようにするが、念のため数日潜んでてほしい、と榎がふたりにもう一度頭を下げた。
「マジか」
「ホントです。兄さんたちの情報は出来る限り消します。
ニュースにもなると思うんでほとぼり冷めるまでは。お願いします」
「お前はどうするんだ?」
こんな時まで榎の心配をして、榎を信じてくれているふたりを逃すのは正解だ、と藤井は榎の背後で思っていた。
「俺もデータを消したらすぐ逃げます」
「わかった。商品もちゃんと逃すからな。任せとけ」
「ありがとうございます!」
「榎、」
榎がなにものなのか、タトゥーの男と小太りの男には考える余裕もない。
しかしこれだけは、とタトゥーの男が榎の両肩に手を置いた。
「筧、見つかるといいな」
「…はい」
「見つかったら、大事にしろよ」
“お前は筧に惚れてるもんな” そう言ったボスに榎は返事をしなかった。
しかしそれが返事なのだと小太りの男とタトゥーの男にはわかっていた。
ありがとうございます、とまた榎が頭を下げると濡れた髪から汗が飛び散った。
駆け足で倉庫から出ていくふたりを見送り、榎をコピーした筧と藤井はWindowsという文字がくるくると回っている真っ黒な画面の前に駆け寄った。
カチカチ、とマウスで今までの仕事のスケジュールや組織の人間たちの情報を消去していく。
しかしボスに関することが一切でてこない。
違うファイルに入っているのかもしれなかった。
「ボスの情報が全くないな」
「金銭の出納もね。桜くんで探せないんだからこりゃ警察も無理だな」
警察にもその筋のプロはいるだろう。
しかしこんなに探したのにボスに関する情報と金銭の出納が見つからない。
イヤホンから声が聞こえてこないということは今事務所でハッキングしている鏑木も見つけられていないのだ。
篠原がボスをあの部屋に繋ぎ止められる時間はそんなにない。
カチカチとマウスを動かしながらウォッチの藤井と榎をコピーした筧は必死で探した。
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