第6話 売り組織をぶっ壊せ!【3】






「てか待って。筧が現場に行ったらヤバくない?」


鏑木のひとことにみんなは大きく頷く。

島山が眉を下げて豪快に笑った。


「だよな?狙われてる筧が行ったらヤベェよな?」

「じゃあなんで行かせるんだよ」

「篠原。いーや。篠原だけじゃない。お前ら勘違いしてないか?行くのは榎さんだよ」

「榎さんも行くの?って、あ」


藤井が自分の口を手で塞ぐ。藤井のその仕草を見て鏑木と篠原が顔を見合わせた。


“筧には榎さんのコピーをしてもらう” と島山が言っていた。

そうなのだ。実際に行くのは筧なのだが、売りの組織は榎が来たと思うのだ。


「自信ないよ。コピーやったことないし」

「この前哉太も初コピーしたけどうまかったぞ?な?篠原」

「うん」


筧の言いたいことは篠原にもわかった。今まで安全性を考えて筧は現場に出たことがない。

つまりコピーやウォッチの仕事も机上でしか知らないのだ。

ずっとウォッチとしてコピーを見てきた藤井とは違う。

しかもバレてしまったら筧はそのまま捕えられてしまう。

そんなリスクを犯してまで筧が榎をコピーする意味とは。


島山の考えていることがさっぱりわからないのは筧だけではなくここにいる全員がそうだった。


「なあ筧。お前にしかできねえだろ。榎さんのコピーは」

「…」

「長年親友だったお前にしかできない」


ぽん、と島山が筧の肩を叩く。うん、と筧が大きく頷いた。


「そうだ。俺にしかできない。わかった。咲の考えがやっと理解できたわ」

「絶対大丈夫だから。俺が保証する」


うまくいくという根拠もないのに島山がこう言って笑うと本当に成功する気がしてくるから不思議だ。

心配そうに見つめてくる榎に筧はニコッと笑ってみせた。


「榎くん。俺が桜くんのウォッチにつくから安心して。なんとしてでも守るから」

「藤井さん…」

「よーし!じゃ、作戦会議どんどん行くぞ!

篠原、お前はコピーというより囮だ」

「囮?」


囮なんて穏やかではない。ふたり同時に申し訳なさそうに視線を送ってきた筧と榎に篠原の不安は増していった。


囮っつってもさあ、と島山が机の引き出しから小さなスタンド式の鏡を出してくる。

固まるようにして立っている篠原にそれを渡した。


「誰かをコピーするわけじゃないのよ。篠原には商品になってもらう」


島山に渡された鏡の中には眉間にシワを思いきり寄せている篠原の顔が映っていた。


「あー。なるほどね」

「そういうことね」


鏑木と藤井が振り向いて篠原を見上げる。

うんうん、とうれしそうに頷いている島山を見て篠原の眉間のシワはさらに深くなっていた。


「どういうこと?」

「コピーが筧がどうしても見つからなかったって言って、その代わりの商品を連れていくのよ」


逃げたのではなく、組織を出て行ったのは筧を探して連れ戻すため、とかなんとか言って、榎をコピーした筧がが売りの組織に戻る。

しかしどうしても筧は見つからず、手ぶらで帰れないので商品を見つけてきた、と言って篠原を差し出す。


今回の最終目的は売りの組織が売りをしているという証拠を掴んで警察に引き渡し、組織を壊滅させること。

そのためには中に入り込むしかないのだ。


「筋書きはわかったけど、俺じゃ無理でしょ。

筧の代わりにならないでしょ」

「なるよ。篠原、鏡をよく見てみ?

お前はかなりの美人だから。俺も惚れそうなぐらいよ?」

「はあ?」


あはは、と藤井が笑う。カチカチに固かった筧と榎の表情もふわっと柔らかくなった。


「篠くん照れてるー」

「照れてないわ。俺のどこが美人なんだよ」

「耳赤っ!」

「大智までやめろよ」


篠原が鏡をのぞくと顔も耳も真っ赤だった。恥ずかしくなって篠原は鏡を隠すようにして抱きしめた。


「篠原ぐらいの美人なら欲しがるはずだ。

筧と篠原が入る時にウォッチも中へ入る。あとは録音とカメラと、あ、そうだ」


まだ篠原を見て笑っている鏑木の前に島山がしゃがみ込んだ。


「大智は今回フリーだから筧の仕事をやってくれ」

「オッケ」

「詳しいことは筧に聞いてもらって。榎さんは大智とここで待機ね。

悪いけど現場に行かないように見張らせてもらう。

榎さんを危険な目に遭わせるわけにはいかないからね」


榎が心配そうに筧を見る。筧を行かせるぐらいなら榎は自分が行きたいところなのだ。


「筧。今から細かい打ち合わせをするからその都度大智に教えてやってくれ」

「咲、ホントにやるの?俺は榎さえ逃がせたら、」

「お前、榎さんに一生逃亡生活を送らせたいのか?

榎さんだけじゃねえぞ。お前もだぞ」

「わかってるよ。わかってるけどもし、みんなになにかあったら…」


ガクン、と筧が下を向く。その視界にいつも見慣れた靴たちが並んできた。


「こういう時はな、」

「うまくいくんだよ!」


島山が言おうとしていたセリフを途中から鏑木と藤井と篠原が横取りして笑う。


こんないわくつきの自分を拾ってくれたばかりでなく、仲間として大切にしてくれるこの事務所のメンバーに筧は心から感謝した。


「わかった。やるからには完璧にやる。

絶対ミスらない」

「お!それでこそ筧!」


パチパチ、と島山が手を叩く。普段の仕事の時も絶対にミスをしない、という心意気の筧だ。

いつもの筧が戻ってきたようだった。








港の近くに倉庫が立ち並んでいる。

使われている倉庫ももちろんあるが、空き倉庫も多い。

黒っぽい青の海が岸壁に大きめの波を打ち上がらせては、また戻っていく。


独特の匂いのする潮風に乱された髪を押さえた筧はどこからどう見ても榎だった。


「いい天気だなあ」

「夜ですよ榎さん」


この日のために金髪にした篠原が太陽を見上げるみたいに月を眩しそうに見上げる。

本気を出した筧の余裕のある感じが篠原の緊張をなくしていた。


“いいか篠原。車を降りたらお前はもう篠原翔毅じゃない。

ローズだ”


「ローズって」

「咲はネーミングセンス皆無だから。

でもなんか…篠に似合ってるよ」

「喜んでいいのかわかんない」


車の中で筧と篠原はそう言い合って島山の顔を思い出した。

島山は今回篠原のウォッチだ。

どこかにもう潜んでいるはずなのだが筧と篠原にもその気配さえ感じられなかった。


「行くか。ローズ」

「はいよ」


榎に教えてもらっていた6桁の数字を倉庫の端の小さな入り口にあるテンキーパッドに筧が入力する。

エンターキーを最後に押すとゴトン、と鈍い音がして開錠した。


先に筧が中に入るとだだっ広い倉庫の中の一角にどこからか拾ってきたような古びたソファがいくつか乱雑に置かれている。

それに5人ほどがだらしなく座っていた。

壁際に置いてある長机にはパソコンが3台。

3台ともモニターにはWindowsの文字がゆらゆらと泳いでいた。


「ご迷惑をおかけしました」


榎をコピーした筧がそう言うとソファにだらりと座っていた5人がバッ!といっせいに立ち上がった。


「お前、」

「すみません。先に言いますけど逃げたんじゃないんです」

「はあ?なめてんのか!」


腕にこれみよがしにタトゥーを山盛り刺れている男がドシドシと歩いてきて榎の胸ぐらを掴む。

そこまで背の高くない榎はつま先でようやく地面についているカタチになった。


「す、すみません、ホントにすみません!」

「お前が筧を逃したんだろ」

「違いますっ!探してたんです!あいつに逃げられたから」

「ホントかあ?」


うんうん、と頷いてはいるものの釣り上げられたままの榎を、隣でローズが怯えたような目で見つめている。

榎に顔を近づけて威嚇していた男がすぐ隣にいるローズに気づいた。


「おや?」

「…」

「お兄さん、榎の友達?」


ローズを怖がらせてはいけないと思ったのか、男はそっと榎から手を放す。その間も視線はローズに釘付けだった。


「ホントです。逃げた筧を探してたんです。連れて帰るまでここに帰らないつもりで」

「ボスはまだブチギレてんぞ。筧より上玉がいないから仕方ないけど…言うてもう何年も前なのにな」


ボスもしつこい、とタトゥーの男は小声で言ってため息をつく。

初めて自分がこの組織のトップに追われていたのかと知って、榎をコピーしている筧は背筋がゾッとした。


続いて違うソファから小太りの男がやってきて舐め回すようにローズを見てから榎の頭をぽんぽんとした。


「で?筧は見つからなかった、ってこと?」

「はい。すみません」

「お前、そのまま逃げたら良かったのに。

筧を見つけてこなかったとなるとボスに殺されっぞ」

「ひぃっ!」


腰を抜かした榎がコンクリートの地面にぺしゃりと座り込む。小太りの男が震えている榎の前にしゃがんでニヤと笑った。


「たぶんだけどな、ボスは筧のこと自分のものにしようとしてるんだよ。売りには出さずにな。

そうじゃないとこんなにしつこく探さないだろ」

「ど、どうしましょう」


筧の横で立ったまま怯えているローズを、小太りの男が見上げる。

腕を組んで立っているタトゥーの男もニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「まあ、これなら許してもらえるんじゃね?」


小太りの男とタトゥーの男に、同時に穴が開くほど見つめられたローズは後退りしながら地面に座り込んでいる榎を見つめていた。


「そのために連れてきたんだろ?このべっぴんさんを」

「そうなんですよ。ボス、許してくれますかね?」


ローズを見ながらニヤニヤしているふたりを見て榎が安心したように微笑む。

その時まだソファに座っていた残りの3人のうちの二人が立ち上がった。


「そろそろ時間だから行ってくるわ」


タトゥーの男と小太りの男にそう言って、二人の男は倉庫を出ていく。

すぐに車の音がしてどこかへ行ったことがわかった。


「あの、あの人たちはどこに行ったんですか?」


売りを生業とする組織だということを言わさないとならない。

ローズは怯えた声でタトゥーの男に聞いた。


「え?あんた何にも聞かされずにここに来たの?」

「はい…」

「榎〜。お前ひどいヤツだなあ」


すみません、と榎がタトゥーの男に頭を下げる。

小太りの男がははは、と豪快に笑った。


「美人だったもんで。声かけたらついて来てくれたし」

「うわあ。こいつ鬼だな!」


3人の会話を聞いていたローズがさらに顔色を青くする。元々色が白いのでその顔は透き通ったような色になった。

小太りの男とタトゥーの男が目を丸くしてそんなローズに見惚れていた。


「客にヤらせるのもったいねえなあ」

「俺らでまわしてから、ってのはダメかな」


ボスにダメ元で聞いてみるか、と気持ちの悪い笑いを交わしているふたりにローズが割って入った。


「ヤる、って。客って、どういうこと?」

「榎に何にも聞いてないんなら教えてやるよ。

ここは売り専門の組織。あんたみたいな美人を買ってくれる客がわんさかここを利用してるの。

榎や俺たちは送迎して相手から確実に金をもらうって役目」


震えるようにローズがカタカタ、も首を横に振る。

その時、耳の奥に仕込んである特殊なイヤホンから鏑木の声が聞こえた。


[ボスが出てくるまで粘って]


この組織の詳細は吐かせた。

しかし大元であるボスを引き摺り出さなければならない。


もちろん榎をコピーしている筧にも同じ内容が流れている。しかし頷くことも顔を見合わせることもふたりはしなかった。


「お、俺、帰ります」

「どうぞ〜、って言うと思う?あ、そうだ榎。

この美人さんの名前は?」

「ローズです」

「ローズ!似合ってるねえ。

ホストかなんかしてたの?」


明らかに源氏名なのような名前だ。うれしそうに小太りの男がピュウ!と口笛を吹く。

当たり前だがキレイな商品はそれだけ高く売れるのだ。


「ローズ。あんたはもう帰れないよ。

今からボスに許可を取って登録させてもらうから。

バンバン稼いでボスを喜ばせてくれよ」

「おいおい。その前に俺らでまわしていいかボスに聞こうぜ」

「あの、すみません。俺、ボスに謝りたいんで…」



榎がまた二人に頭を下げる。タトゥーの男が榎の頭を

バシン!と叩いた。


「ローズがいるから許してもらえると思うけど、死ぬほど謝れよ」

「はい!ありがとうございます」


よし。これでボスが登場する。

榎をコピーした筧と、ローズに扮している篠原は胸を撫で下ろした。


組織に数年縛られていた榎でも滅多に会えないボスがローズ見たさにやってくるのだ。

ボスの登場。これでこの仕事の半分は終わったようなものだった。


タトゥーの男が携帯を取り出して電話をする。

ボスが出たのか、急に携帯を落としそうなほどタトゥーの

男の背筋がピン!と伸びた。


「はい!はい!わかりました。失礼します!」


ことの顛末をボスに話し、タトゥーの男は大きく息を吐いて通話を終わらせる。

ボスって絶対なんだな、と怖がっているフリをしながらローズは考えていた。


「今からボスが来るってよ。部屋の前で待て、って…」


この倉庫の中二階にあるスペースにボスの部屋がある。

常にふたりの用心棒を連れてはいるがボス自身も腕が立つ。

ボスを含め、そんな3人がやって来るのを部屋の前で待ち構えるのだ。


「榎と、…ローズも連れて来るようにってさ」


タトゥーの男がごくりとつばを飲み込んだ音がする。


電話でローズがかなりの上玉だとタトゥーの男が言ったおかげで、ボスは榎よりもローズに興味があることを榎をコピーした筧は確信した。


「ありがとうございます」


頭を下げながら榎をコピーした筧がニヤリと笑う。


今からボスの用心棒のふたりに死ぬ寸前まで殴られるのだろう。

なるべく部屋の外へ用心棒のふたりを連れ出さ

ねば。


ボスがローズに説明するのを証拠として掴まないとならない。榎をコピーしている筧のウォッチの藤井、囮であるローズに扮している篠原のウォッチの島山。

筧は二人がうまくボスの部屋に入れるように用心棒を外に出し、篠原はボスの目を惹きつけなければならない。


顔を上げた榎を、隣にいたローズが震えた自分の手を押さえ込んで助けを求めるような目で見ている。

榎はそれを無視してタトゥーの男と、小太りの男を見て安心したような顔をした。


4人が倉庫の一番奥にある鉄でできた階段向かって歩いて行く。

榎は端を歩かされ、ローズは小太りの男とタトゥーの男に挟まれながら歩いた。

カンカン、と音を立てて4人が階段を上がる。


ローズが怯えているのは鉄で簡単に作られた階段のせいではないことがわかっているタトゥーの男と小太りの男が楽しそうにいやらしい笑みを浮かべていた。














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