十一日一殺
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「善人はなかなかいない」
~フラナリー・オコナー~
恨み、妬み、嫉み、怒り、恐怖、義務、欲、女、男、快楽、猟奇、
今日も何かの理由で、いや理由がなくても
誰かが誰かを殺している。
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わたしは出張で、ある山深い温泉地に着いた。
わたしの仕事は不動産業で、このあたりは温泉地の中でも穴場の未開拓地で、宿泊施設も一箇所しかなく、会社は新たにホテルと富裕層相手の別荘を建設しようと計画し、わたしがまずその下見に来た。
わたしは、その一箇所しかない旅館に泊まったのだが、夜になって、暇をもてあましていたので、一応町の中心地に出かけてみた。
店らしいものはあまりみられなかったが、一件だけ、居酒屋があった。
うらびれた温泉町にしては、少し真新しい店だった。
中に入ると、店は狭いのだが、暖かみある雰囲気が漂っていた。
カウンターと、テーブル席が2つあった。
テーブル席に独りだけ男性客が居る他、だれもいなかった。
店の店主は70代くらいの爺さんで、好きなところにどうぞと言った。
わたしも一人だったのだが、客も一人だけだし、もうひとつのテーブル席に座った。
酒とつまみを注文し、わたしはゆっくりとそれを楽しんだ。
酔いも少しまわってきたところで、誰からかなのか、わたしは先客と話し出していた。
年齢を聞くととわたしとほぼ同年代で、話がとても合った。
いつの間にか、彼のテーブルに席を移し、二人で楽しく飲んでいた。
彼は10年くらい前に、いろいろあってこの地に流れついた。という。
ま、その人の人生には深掘りせず、わたしたちは同世代の話で盛り上がった。
何かの拍子でわたしは彼にスマホに入ったわたしの7歳の娘の写真を見せた。
彼はあまり関心がなさそうにかわいいねとだけ言った。
たぶん、家族間で何かあったかもしれないし、子供に恵まれなかったかもしれない。
また、話を世代間のアイドルの話やスポーツの話をして楽しんだ。
その夜はそう過ごして、わたしは旅館に戻って休んだ。
その翌日の夜、わたしはまたあの店に行った。
そして昨日の場所に彼はいた。
まるで旧知の仲のようにお互い名前を呼び合って、わたしは彼と同じテーブルに座って、昨日とあまり変わらない内容の話をして盛り上がった。考えてみれば、同世代と飲むこと自体久しぶりなのでわたしはずいぶんと楽しんだし、彼も老人ばかりのこの温泉地で久しぶりに会う友人みたいで楽しいと言ってくれた。
そしてまた、夜は更け、大いに飲み、話して、わたしは旅館に戻った。
そして最後の夜になった。
わたしは明日、帰ることになった。
彼はずいぶんと寂しそうだった。
わたしはこう言った。
「実は……、」
「実は……、わたし、癌を患っていて、もう、長くはないんです」
「えっ!」男は驚いて目を見開いていた。
「わたしは、娘と妻のところに行くんですよ」
「…………!?」男は黙って怪訝な顔をした。
「娘と妻はすでに死んでいるんです」
「えっ!」
男は表情が固まったまま動かない。
わたしは突然、笑顔を止め、
声をひそめて
低く、
低く、
唸るように
こう言った。
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「オマエが轢き殺したんだよ」
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わたしは真顔のまま黙ってジッと男を見た。
この男のいろいろあって、は飲酒運転の果てにわたしの娘と妻を轢き殺し、実刑をうけ5年ばかり刑務所に入っていたということだ。
わたしを見ても、わたしの娘の画像を見せても記憶に無いらしい。
そんなものだろうと思ってはいた。
裁判の後、酒を断つと言った。
しかしこんな人里離れた場所で浴びるように飲んでいる。
反省なんてしてるはずもない。
全て過去の話のようだ。
さっきまで話していた世代間の話題のように。
男はようやく思い出したようだ。
目を見開いて動けずにいる。
さらにその目は見開いて瞳孔がおかしな動きをしている。
そして目線が少し左に動いた。
わたしの娘と妻がようやく『見えた』のだろう。
わたしの側にずっといるからだ。
娘と妻はずっと男を指差している。
突然、明かりが消えた。
店内は真っ暗になった。
ドンッという鈍い音が聞こえた。
そのすぐあとに食器が地面に落ちて割れる音がした。
しばらくして電気がついた。
男はテーブルに突っ伏していた。
ピクリとも動かない。
その後ろに店の店主がいた。
手には血のついた出刃包丁を持っていた。
店主は全身に返り血を浴びていた。
「お
とわたしは言った。
「やっと、終わったな」
と義父は言った。
この世の中には死んでも構わない人間が、
確かにいる。
とわたしはいま、実感している。
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十一日一殺、終。
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