働く

そこは、小さなケーキ屋さんだった。

ミセス・クロースは、私にすることをてきぱきと教えてくれた。

仕事は次々にあった。

私はまず、ほうきで床を掃くことを頼まれた。店内と表を掃き終われば、次はショーケースに曇りや指紋の跡がないように拭いた。次から次にすることはあった。焼き菓子がきれいに並んでいるかチェックした。牛乳や氷、ボウルなど重いものを運んだりもした。レジの扱いを教わった。ケーキの取り方や、箱への詰め方、袋への入れ方、シールの貼り方…。何個であればこの箱で、どのサイズの箱ならこの袋で、どの商品ならこのシールで、ということをすべて頭に入れなければいけなかった。箱が足りなくなれば組み立てること、袋の補充の場所も、ひとつひとつ覚えた。奥の厨房には、いちごや、チョコレート、生クリーム、ケーキスポンジの優しい香りがいっぱいになっていた。中では、冷蔵庫から氷を出してボウルに入れたり、ケーキの飾りのつけ方を教わって、飾りつけをしたり、その飾りが足りなくなれば箱から出したり、色々な仕事があるのだと知った。それらをしながら、大量の洗い物をしていて、まだ開店前だということに驚いた。


シャッターを開けに行って、看板を付ける。朝の冷たい風は空気を裂くように通り過ぎ、重いシャッターを上げるその動きは深呼吸にぴったりだった。ぴんと張った空気が鼻と喉の奥を通って胸やお腹に満ちていくようで、一日が始まる緊張が私を動かす。丁寧に、まっすぐに、看板を付ければ、かじかむ指先に熱が通ったような気がした。寒い町の空気は澄んで、どこもかしこも洗われたて。

店内に戻り、ツリーの電飾のスイッチを入れる。外が明るくてまだライトの光は目立たないけれど、様々な飾りはたくさんで、外からもよく見える。


私は何をしているんだろう。ほとんどの人が、遊びに行ったり、家でゆっくりしたりしているこのクリスマスという日に働いているなんて、なんだか悔しいような気がする。本物のサンタさんは、子供のころ夢に見たような素敵な人だったし、ミセス・クロースも優しい人で、お役に立てるならと思ったけれど、なんか、思ってたのと違う。クリスマスのサンタさんたちの手伝いなんて、もっと華やかでキラキラしたものだと思ってた。立ち仕事も体力仕事も、人がするもので、魔法なんてないんだ。

私の手は、もうすでに赤く、荒れ始めていた。



開店時間が近い。

お客様に出ることも、私のお手伝いのひとつとして頼まれてはいた。断ることもできたはずだった。けれど、どうしてか受けてしまった。

本当は、自分に自信のない今、接客をするのは何となく怖かった。私が出て、失敗したらどうしよう。ただでさえ、人とおしゃべりしたり、関わっていくのは得意じゃない。咄嗟の機転が利かない。気もつかない。何もかもにネガティブになっているような私じゃ、笑顔を作るのも下手だと思う。せっかくのクリスマスに嫌な気分にさせたらどうしよう。

けれど、ミセス・クロースがケーキも作って接客もしなければならないとなるとすごく大変だ。代金を受け取ればケーキを触るとき、そのたびに手を洗って消毒をしなければいけないし。何より、私が厨房のほうでお手伝いできることは限られているし、もしミセス・クロースに接客を任せたら、彼女が店に出ている間私は何をしていいのかわからず、手持ち無沙汰になってしまう。せっかくお手伝いを頼まれたのに、それでは悪い。

理由を後付けで考えて、自分に言い聞かせ、納得させる。

私は、お客様に出なければ。


開店して、私にとって初めてのお客様が来た。

精一杯明るい声で、「いらっしゃいませ!」。

お客様がケーキを選んで注文されるのをうかがうのも、ご注文されたケーキをショーケースから出して箱に入れるのも、朝から教わったとはいえ、本番は初めてで手が震えた。レジを打つのも、間違わないか不安で、いちいち全部声に出しながら、会計をした。「ありがとうございました!」と、頭を下げたとき、勢い良く下げすぎてレジ台におでこをぶつけた。最初だからと隣にいてくれたミセス・クロースは、おでこを大変心配してくれたけど、私は、自分のそういう不甲斐なさが恥ずかしくて仕方なかった。


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