第2話

 授業中、先生の話も聞かずに考えてもやはり俺には予定ができなかった。

 だらだらするというのも予定と言えば予定だが、そんなものは大抵一週間もすれば飽きることを過去の俺が証明していた。

 体力や精神力が削られているならまだしも、生憎どちらもほぼ無傷だ。

 気温が上昇すると同時に次第にむかついてきた。

 もうすぐ夏休みだというのにどうしてこんなに憂鬱な気分にならなきゃいけないのか。しかし怒りは一時で、それが過ぎ去ると虚しさが湧き出てくる。

 結局これは俺の問題なんだ。やることがないという問題だ。そしてその問題は生まれてこの方解けた例しがなかった。

 自然と溜息が出る。

 放課後。おそらく思いっきり遊べるのは最後になるだろう高校二年の夏休みにどこへ行くかと話し合う女子達を見ていると尚更鬱屈する。

「アウトレットでなに買う?」

「旅行楽しみだね」

「花火大会用に浴衣買っちゃった」

 等々と聞きたくなくても予定が耳に入ってきた。

 その一つ一つがなんの予定も持たない俺を責めているようでうんざりする。

 買い物か。一人で行ってもあれだし、なにより金がない。

 旅行も右に同じ。

 花火大会についてはどちらも行くつもりだったけど、河野と三上が行かない場合はベランダから家々の隙間を凝視して雰囲気だけでも味わう予定だ。

 お。予定ができた。なんとも侘びしい予定だが。

 俺が一人で薄ら笑いを浮かべていると河野がやってきて顔をしかめた。

「なに笑ってるんだ?」

「人生のどうしようもなさにだよ」

 河野はフッと馬鹿にした笑いを浮かべる。

「それで? なにかやりたいことはできたか? 高校二年の夏休みなんだ。なにもしてないと後々後悔するぞ」

 こいつはまたはっきりと物を言いやがる。だけど受験のことを考えずに遊べるのは今年だけなのもまた事実だ。

「…………それなんだが、俺はなにをすればいいと思う?」

「知るか」河野は冷たくあしらう。「まあでも、やれることなんていくらでもあるだろう。来年のことを考えて真面目に勉強してみるのもいいし、三上を見習ってバイトをしてみてもいい。あとはそうだな。女の子でも誘って遊びに行くのもいいな」

「……お前は俺にそれができると思ってるのか?」

「いや。まったく。お前は動かされないと動かない奴だからな」

 河野は断言した。

 そして残念ながらそれは否定しようがないほど正しかった。

 俺は自分から行動したことがない。いつも誰かの誘いを待っている。

 そりゃあ遊びくらいは誘うけど、なにかを一緒にやろうとか、目標に向かってがんばろうとか、そんな風に誘うことは皆無だった。

 俺は背もたれにもたれ、天井を仰いで嘆息した。

「勉強にバイトか……。女の子を誘うってのは置いといて、なーんか、どれもつまらなそうなんだよなあ」

「じゃあ趣味でも探せ。マンガを描いてもいいし、プロゲーマーを目指してもいい。ユーチューバーになると言っても俺は応援するよ。ただし迷惑をかけて炎上するのだけはやめてくれ」

 優しいのかどうか分からないチョイスだが、やはりどれもピンと来ない。

「趣味ね…………」

 俺は目だけ動かして窓の外を見た。既に運動部が部活の準備をしている。

 野球部にサッカー部、陸上部に隅っこで筋トレしてるのはラグビー部か? どいつもこいつも楽しそうに青春の汗を流してやがった。

「いいよな……。夢中になれるものがあるって……。俺もいくつかやったけど、結局どれもつまらなかったよ」

 河野は呆れてフッと笑った。

「なにをやってもつまらないのは、お前がなにに対しても真剣じゃないからだよ」

「………………かもな」

 返す言葉がなかった。

 たしかに俺は今までなにかに打ち込んだ経験はない。スポーツもやったし、絵も描いてみた。ゲームだってそれなりにやった。

 しかし結局どれも長続きせず、次第になにもやらなくなった。

 だが言い訳させてもらえるなら、俺は真剣になれるなにかに出会えなかったんだ。

 俺が黙り込むと河野は「じゃあな」と言って予備校に行ってしまった。

 俺はそのまま窓の外をぼんやりと眺めていた。

 やけに青い空の下を大きな雲がのんびりと流れていくこの時間は笑ってしまうほど無価値で、それでもこれといった妙案は浮かばず、俺はとりあえず時間が解決してくれないかと願っていた。

 一方で俺は知っていた。待ってるだけでなにかが良くなることなんてないことを。

 だから今、こうして困っている。

 ただ、退屈だった。

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