余命三ヶ月の殺人

ネコシャケ日和

第1話

 人生において最も悲惨なことはなにか?

 十七歳の俺が断言するのは憚られるが、それでも勇気を持って言えば、それは予定がないことだ。

 大抵の人間には予定がある。誰かと会う予定だったり、なにかを学ぶ予定だったり、あるいは日頃の疲れを癒やす為にゆっくりと休む予定だったり。

 内容はなんでもいいが、そのために行動したり、楽しみにしたり予定がある人生はそれなりに上手くいっていると言っていいだろう。

 しかし俺は悲しいことに体力メーターが満タンにも関わらず予定がなかった。

 本日は七月二十一日。明後日から夏休みだ。

 本来夏休みは学生にとって大いなる楽しみであるし、息苦しい学校からの開放でもある。

 実際俺が小学生の時は夏休みが待ち遠しくてたまらなかったし、中学生の時もそれなりに楽しかった。

 だけどそれは予定があったからだ。虫取りや海水浴や夏祭りに友達と行くって予定が。

 しかし去年まであったそれはものの見事に粉砕された。

「夏休み? 俺は予備校行くよ」

「僕はバイトかなあ」

 昼休み。いきなり友達二人がそう言い出した。

 一人は小学校からの旧友、河野。

 もう一人は高校から仲良くなった三上だ。

 河野はメガネをかけた秀才で、いつも鋭い目つきをしている為、どことなく寄りづらい。一方で意外と面倒見はよく、しかも顔が整っている為、女子に密かな人気があったりする。

 三上はのんびりとしている童顔で、一年の時に買った大きめの制服がまだでかいままの奴だった。いるだけで場が和むこともあり、はっきりと物を言う河野を中和できる貴重な存在だ。

 二人ともこの県立西高の二年二組に通うクラスメイトでもある。

 高校に入ってからは基本的にこの二人としかつるんでなかった俺は唖然とした。

「……聞いてないぞ」

 河野と三上は不思議そうに顔を見合わせた。

「あれ? 碓永には言ってなかったか?」

「僕も言った気でいた」

 仲良くなりすぎるとこういう問題が出てくる。なぜか自分のことを分かってる気でいるんだ。

「予備校で自習って毎日?」

「まあ、ほぼそうなるだろうな。夏のうちに英語と数学仕上げたいし」

 河野はメガネをなおしてしれっと地獄のようなスケジュールを明らかにする。

 こいつは金と時間を節約するためだけにこんな県立を選び、週一の予備校と自習だけで三年に混じって受けた全国模試では偏差値60越えを達成するような奴だった。

 今度は三上に聞いた。

「バイトは?」

「週に一日休めるかどうかだろうね。モスとマクド掛け持ちだから」

「……それって大丈夫なのか?」

「まあ、きついけど夏休みの間に稼がないと」

 俺が心配してるのはお前の体調じゃなくて倫理観だ。

 どうして数多あるバイトの中からわざわざその二つを選んだ? よっぽどハンバーガーが好きか、もしくは企業スパイじゃないとそんな選択はしないぞ。

 しかし三上は人でなしではなく、実際は家庭がシングルマザーな上にうちと同様妹がいる為、日頃からバイトに勤しんでいるという孝行息子だった。

 河野は大学受験、三上は家の家計を支えるという立派な目的があるので、とてもじゃないがそんな予定は破棄して俺と遊べとは言えなかった。

「それで? お前はなにをするんだ?」

 河野は諦めを含んだ視線を俺に向けた。

「俺は………………」

 続きが出てこない。なぜならなんの予定もないからだ。

 あえて言うならクーラーの効いたリビングでだらだらと甲子園でも見て、この暑いのにご苦労なこったという哀れみとなにかに打ち込む青春を持つ彼らへの尊敬と嫉妬を持ちながらも時々お前達と遊びに出掛けるだろうっていうのがこの夏の予定だった。

 それを失い、俺の夏休みはただ暑いだけの日々となってしまった。

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