ただの木の棒で世界が救えるらしい

蛇村驟雨

第1話 異世界の動物はほとんどデカくて怖い

異世界転生というのは、ほとんどが見目麗しい両親と最初に対面したり、奴隷のようなものからスタートがほとんどだろう。けれど、自分は違った。


その日は、何も無かった日だった。と、思う。何をしたか記憶にないほど平和な1日で、いつも通り授業を終えて、いつも通り部活をして帰ってきた。

貯めてたアニメも全部見終わっていたし、新刊がでるのももう少し先なので、なにもせずにゴロゴロしていた。この生活も、あと数ヶ月で終わると思うと寂しいが、これもこの世界に生きるものの定めだ。諦めよう。


どんな道に進んでも、あなたを応援すると言いつつ、いい企業に就職してほしい。という気持ちがバレバレの母さんは、多少違和感があるアピールをして、就職先を提示しはじめている。


今日もソシャゲのデイリーを片手間にやっていると、だんだん眠くなってきたので、睡魔に抵抗せずそのまま意識を手放した。



…ところまで覚えている。目の前に広がるのは広大な森で、もちろん覚えはない。まさか母さんに捨てられたのだろうか。いや、でもさすがにそこまで怒っていないと思う。高校生の息子を山に捨てるなんてありえないだろう。となれば、誘拐されたかだろうか。全然覚えがない。誘拐されたとしても家の中だ。身内以外どうやって攫うのか。

そんなことをうだうだ考えながら辺りを見渡せば、あることに気が付く。


これってもしかして異世界転生ってやつじゃなかろうか。


自分は軽めなオタクというか、広く浅くをやっていたので、ラノベも有名どころは抑えているし、黒いクマさんのサイトで無料になっていたアニメを見ていたので、知識はある。


でも、それだったら目の前に神様がいるとか、かわいい女神がいるとかあるはずだが、そんな存在と会話した覚えがなかった。


いつまでたってもそれらしい声は聞こえないし、それどころか森にいれば聞こえるはずの音が一切しない。それが嵐の前触れのようで、なにか悪いことが起きる前兆のようで、薄気味悪い。


どうにもならないだろうが、一応耳を澄ませてみる。鼓動が嫌に大きく聞こえる。すると、遠くからかさかさと茂みをかき分ける音が聞こえた。


音の方向を見れば、ノウサギが飛び出てきた。しかし普通のノウサギではなく、角が生えている。一気にファンタジー感が増した。


そのノウサギはこちらを見ると少し動揺したような反応を見せ、小さく丸まり足元に隠れた。


「うわ、なんだ」

「ごめんなさい、匿ってください!」

「え、喋った!?」


小さい女の子の声で話すノウサギは、オーバーサイズの服に潜り込む。そこらの服屋で買った安いものだが破くのは勘弁して欲しい。


異世界転生してまもない自分に何が出来る?とは思ったが、土壇場でのスキル開花を期待してこのノウサギを追跡しているであろうモノに意識を向ける。


座っても何も始まらないので、ノウサギをパーカーで包み、アニメで魔法を使っていたとき、どう表現されていたかを思い出しながらどうにか魔法を使おうとしてみる。有名なのは魔力回路とかいうやつだろうか。体の表面や内側を意識してみるが、一向にそれらしい感覚は訪れない。


次第にガサガサという音も大きくなってきて、焦り始める。まだ魔法のまの字どころか魔力すら感じられていない。4足の獣のような足音と足の竦むような唸り声が聞こえたところで、ええいままよと拾った木の棒を前に向けた。


「立ち去れ!」


ひたすらにその獣に向かってどこかに行ってくれと願いながら木の棒を向けると、棒の先から風が生まれた。落ち葉を巻き込みながらそれは次第に大きくなり、小石も拾い、枝も巻き込み恐ろしい小型竜巻となったところで、手首にピリッとした痛みが走る。


「痛っ!」


余りの痛さに制御が外れたのか、小型竜巻は自分の手から離れて獣の方に向かう。近付いた事で全体像が見えてきた獣は、大型の狼のような生物で、巨大な爪やパッと見るだけでありありと分かる筋肉から、もし攻撃があたるとひとたまりもないことがわかる。


大型の狼は大したことの無い攻撃だと思ったのか、その竜巻に迷いなく突っ込む。しかし紛れた小石の中に先の鋭いものが混じっていたのか、見るだけで硬い狼の皮膚に傷が付く。無論、それだけでは止まらない狼に今度はスナイパーを意識し、脳天目掛けて固いものを回転させるイメージで打ち込むと、命中して狼はその場に倒れた。



よく分からん雑学ばかり知っていて良かったと思う。



追いかけていたのはその1匹だけの様で、しばらく辺りを見渡しても援軍は居なかったので、隠れられそうな洞穴を探して包んでいたノウサギを解放する。


「助かりました!」

「おう。何が何だかわからんが、良かった」

「お兄さんはどこから来たんですか?」

「それが俺にも分からないんだ。気が付いたらここにいて」

「そうなんですね…私はホーンラビット種のモモといいます。はっ!そうでした。私、山菜採りの途中なんでした!」

「それでか?」

「いいえ、私は獣人族なので、人間の姿もとることができるんです。ですが、その姿は子供に近いので、種族の区別ができない魔物からすれば格好の餌でして…まぁ、人間の姿のときの攻撃力はほとんどないので、弱いことには変わりありませんが…」

「なるほど。なら早く戻った方がいいな。親御さんも心配してるだろ」

「そうですね。お兄さん、着いてきますか?これから暗くなりますし、宿がないようなので1晩泊まって行かれますか?」

「いいのか?助かる」


宿ゲットである。なぜさっき木の棒で魔法らしきものが打てたのか、ここはどこなのか、これからどうすればいいかなどまだ課題はたくさんあるが、ひとまず体を休めることにした。

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