〇月〇日ゾンビ日和

@159roman

第1話 村娘A

 村娘Aの朝は早い。

 日の出とともに目覚め素早く身支度を整え、人目に付かないように家の裏の井戸の水を魔法で浄化する。


 心の中で勝手な呪文を唱える。


 (雑菌滅せよ! 寄生虫消えろ! 美味しいお水になぁ~れ!)


 すると、あら不思議。

 キレイで美味しい井戸水になりました。

 これでお腹を壊したりしません。

 お水の衛生状態は気になりますからね。


 ついでに庭の畑の水やりもします。

 ここでも魔法を使います。


 (土の中の微生物活性化しろー! 美味しい野菜を豊作にー!)


 今日も畑の野菜の葉っぱが生き生きしています。

 朝食用に少し収穫していきましょう。


 家に戻り、洗顔、歯磨き、部屋の掃除など諸々全部、魔法の力でキレイになぁ~れ!

 また心の中で唱えると、あらあら不思議全部キレイになりました。

 着ている洋服も洗濯したてのようです。


 魔法、便利ですね。


 この村に生まれ育って17年。

 何の因果か剣と魔法と魔物がいるファンタジー世界に異世界転生した名もなきモブの村娘Aです。


 嘘です。

 名前はあります。


 『ビアンカ』


 この世界の両親がつけてくれた名前。

 大事な贈り物であり、形見。


 両親は私が6歳の頃、どこぞのお貴族様の馬車に轢かれて……。

 2人とも即死だったそうです。

 畑で採れた作物を売って買い物をするために街に出て……。

 私は家で留守番をしていたので……。


 悲しかった。

 辛かった。

 優しい両親だったのに。

 とても良い人達だったのに。


 わたしに前世の記憶がなければ心が折れていたかもしれない。


 幸いにもこの村の村長一家は良い人達で、村の人も良い人達で、領主の男爵様一家も良い人達で。

 わたしには両親が残してくれた家と畑があったので、子供だったけど村で一人で暮らしていくことができた。

 周囲の皆様の支えに感謝!


 転生特典なのか、わたしには魔力があったので魔法が使える。

 ちゃんと習ったものではなく、独学の魔法なので効果のほどはいかほどかはわからないけれど暮らしにかなり役立っています。

  

 ウイルスや菌、滅せよ! とか、キレイになぁ~れ! とか。

 ちょっとしたケガも、細胞を活性化させることにより治癒を早めることができる。

 ゲームみたいに「ヒール!」と唱えて全回復、なんてわけにはいかないけどね。

 日本人だった前世の知識のおかげ。

 手洗い、うがいの大切さとかもね。

 清潔大事!


 両親も即死じゃなくケガなら、もしかして治せたかも……。

 なんてどうにもならないことを考えて胸が痛くなって、頭を振って忘れてを繰り返す。


 10歳までは、日中は孤児院に通って読み書きを習ったりしていた。

 教育に感謝!


 文字の読み書きや言葉にほとんど不自由しなかったのも転生特典だったのかもしれない。

 もしかしたら外国語もいけるかもしれないけれど、いかんせん田舎の村娘Aなので外国語に触れる機会がない。


 転生者というのは誰にも秘密。

 両親にも言っていなかった。

 

 魔法が使えることも秘密。

 バレたら色々と面倒そうだから。

 普通の平民はわたしほど魔法を使えないらしいからね。


 わたしの家だけ豊作だとあやしいので、散歩がてら村をまわって他の家の畑や井戸にもこっそり魔法をかける。

 湧き水や川にも魔法をかけて、病気や怪我の人がいたらできる範囲でこっそり魔法をかける。

 

 この村はいつも豊作で、病気や怪我人の治りが早い。

 こっそり鼻高々になる。フフーン。

 ただ、万能ではないので、治せないものもある。



 転生に気づいた頃は、ゲームや小説の世界に転生したのかとわくわくしたけれど、全然そんなことはなかった。

 思いつく作品が何もない。

 もしあったとしても、田舎の村娘Aじゃ本編に何も絡まないだろうからね。


 今日も村娘Aのスローライフは続く。

 いつものように畑作業をして、たまに孤児院に差し入れをしたりして。

 裕福ではないけれど、貧しくもない。

 ほのぼの平和な毎日。

 これも幸せのひとつだねぇ。


 なんだかんだで今世の両親の死がトラウマになっているのか、街に出る気になれない。

 日常の買い物は村の中で済ませてしまう。

 街にしかないものが欲しい時は街に出かける用事がある人に頼んだりするけれど、そこまでして欲しいものは滅多にない。


 たまに村に来る行商人さんからお買い物するのが変化に乏しい村娘Aの生活の楽しみです。前世のウィンドウショッピングみたいな? 

 お買い物よりも行商人さんから村の外の話を聞く方が楽しみかもしれないけれど。


 わたしのスローライフは魔法のおかげでかなり楽をしているので、他の人よりも時間に余裕がある。

 つまりは、暇。退屈。


 時間がある分、刺繍などの内職的なこともしているけれどそこまで生活に困っていないし、がつがつ稼ぎたいわけでもない。

 どちらかというとだらけていたい。

 

 だらけたいけど、何もないのは暇。

 娯楽が欲しい。


 そんな贅沢な悩みを抱えて、わたしこと村娘Aの日常はいつものように平和に過ぎて行くのです。




 久しぶりに来た行商人さんの露店で商品を見ながら世間話。

 村の外の話を聞くのはやっぱり楽しい。

 行商人さんが気になることを言っています。

 新種の魔物モンスターが出たらしい、と。


 「私も目撃者から話を聞いただけなんですがね。

 なんでもアンデッド系の魔物に似ているけれど違っていて、実際の人間の死体が動いているそうなんですよ。

 しかも、その魔物に襲われると襲われた人も魔物になってしまうとか。怖いですよねえ」

 と危機感を持っていないようで、行商人さんはのんびりと話している。


 え? それって。

 わたしの前世の記憶から導き出されるものがある。


 「ゾンビ」

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