3-15 錆びた剣




 憤懣やる方ないといった面持ちでクーザリアスは、酒の入ったジョッキをテーブルに叩きつけた。そしてジッと中に入った酒の水面をにらみつける。


「どうして……どうしてこうも上手くいかねぇ……!」


 悪態を吐くと、彼は再び酒を一気に煽った。

 グランディス・ソードは転落の一途を辿っていた。ミレイユのものと似た魔道具はとんだ欠陥品だし、かつてのように深層まで進めず依頼は失敗続き。

 ジャンナは依頼ランクを下げようと提案するが、クーザリアスとダレスのプライドが許さない。頑なにAランクの依頼ばかり受け、本日ついにギルドから降格を示唆されてしまった。おそらく、次に失敗すれば本当に降格する。


「……大丈夫だ。次こそは上手くいくさ」

「そう言って上手くいかねぇからこうなってんだよ!」


 ダレスがまるで他人事のように励まし、それがさらにクーザリアスの苛立ちを誘う。


「……やっぱ三人だと限界があるんだよ」


 ジャンナがぼそりと漏らし、クーザリアスは彼女をにらみつけた。

 仲間を増やそうにも、すでにグランディス・ソードへと加入してくれる人間は皆無。職種を問わず片っ端から声を掛けても話すら聞いてもらえない。こっそりとジャンナ一人でギルドにも相談したが、紹介できるような探索者はいないと断られてしまっていた。


「くそっ! 分かってんだよそんなことは……!」


 せっかくA級まで上り詰めたというのに、このままではグランディス・ソード偉大なる剣が錆びた剣になってしまう。それだけは何としても許しがたかった。


「……ねぇ二人とも」ジャンナが神妙に問いかけた。「やっぱりミレイユに頭を下げて戻ってきてもらおうよ」

「テメェ、まだそんなことを――」

「ならこのまま堕ちていくのかい?」


 ジャンナに呆れたように言われ、クーザリアスはギリッと奥歯を噛み締めた。

 確かにそれが、栄光の復活に向けて一番の近道だろう。クーザリアスとてそれは理解している。しかし頭を下げたところで戻ってくるとも思えず、何より――


(あのアマから受けた屈辱……忘れられるかよ……!)


 ギルドですべてを暴露されたうえに床に転がされ、店でも土下座を要求された挙げ句に追い出された。


「あの屈辱を水に流せってのか。ンなことできるかよ……!」

「だけどだねぇ……」

「ふん、プライドが無いやつはいいよな」


 なおも説得を試みようとしたジャンナを、横からダレスが鼻で笑った。グイッとジョッキの中身を飲み干すと、もう一度嘲笑い肘をついて彼女を覗き込む。


「同じ女だし気楽なもんだ。そもそもお前は男にまたがって腰を振ってりゃ満足なんだろうからな」

「……ダレス。飲み過ぎじゃないかい?」

「いいや、俺はまともさ。言っとくが、これまでのし上がってこれたのは俺とクーザリアスが腕を磨いてきたからだ。けどミレイユは違う。アイツのおかげじゃない」

「アンタ、まだそんな事を……!」


 クーザリアスだけでなく、ダレスまでまだミレイユの力を認めてなかったなんて。ジャンナは心の底からため息をついた。


「いい加減認めなって! あの子がいたからこそ――」

「ハッ! それ以上聞きたくないな。しかし、やたらミレイユの肩を持つじゃないか? いよいよ女にも手を出したのか? ミレイユの抱き心地はどうだった――」


 次の瞬間、ジャンナは右手をダレスに叩きつけていた。侮辱されたことか、はたまたダレスの分からず屋っぷりのせいか。いずれにせよ、ジャンナは我慢がならなかった。


「……痛ぇんだ――よっ!」


 ダレスもまた拳をジャンナに叩きつける。彼女の体が椅子から吹き飛び、しかし猫のような仕草で着地すると、ダレスに向かい負けじと殴り飛ばした。


「おい、バカ! 止めろ! 止めやがれっ!」


 さすがにクーザリアスも止めに入った。だが二人とも聞く耳を持たない。それどころか。


「止めてくれるな、クー! そもそもお前があんな提案するからだろうが!」

「そうさ! アンタがミレイユを切り捨てたりしたからこうなっちまったんだ!」

「うるせぇ! テメェらだって賛成しただろうが! 俺にだけ責任を押し付けんじゃねぇ!」


 矛先が自分に向けられて頭に血が昇ったクーザリアスは二人に拳を叩きつけ、そして殴り返された。

 罵声が飛び、血飛沫が舞う。三者が入り乱れての大喧嘩が酒場で始まり、周りも酒の肴とばかりに囃し立てる。

 果たして、通報を受けたギルド職員が仲裁に入るまで三人はひたすらに不満をぶつけ続けたのだった。




 ケンカを終え、店を追い出された三人は顔を腫らしたまま、無言で別れていった。

 彼らの関係と同じように街は土砂降りに。人の姿も消えて雨音だけが響く。

 その中を一人、クーザリアスだけが覚束ない足取りで雨に打たれていた。

 どさくさに紛れて持ってきた酒瓶を片手に、時折それを煽りながら何処ともなく歩き続ける。だが暗くて見えなかったからか、裏路地のゴミの山に躓いてその中に倒れ込んだ。


「……くせぇ」


 そうボヤき、だがクーザリアスは立ち上がろうともしなかった。今の自分にはお似合いな有り様だ。


「天下のA級探索者サマが……ザマァねぇもんだ」


 そう自嘲するとまた酒を煽ってため息をついた。


「あの頃ぁ良かったな……」


 まだ探索者成り立てで、ダレスとジャンナと三人でパーティを組み、成り上がるんだと情熱と野望を抱いていたあの頃。明らかにギルドに不慣れなお貴族様な女を放っとけずにに声を掛けて、グランディス・ソードを結成したあの瞬間。あの頃が――一番楽しかった。なのに。


「どうしてこうなっちまったのか……」


 目を閉じると、どうしてかミレイユの姿が浮かんだ。

 クーザリアスへ微笑む彼女、そして口から血を流し呆然と振り返る彼女。彼の記憶に残る二つの姿が、塵となって消えていく。彼女が離れていき、グランディス・ソードは、自分の夢は終わってしまった。それだけが確かな事実だった。


「おやおや、あのグランディス・ソードの人間が……惨めなものだねぇ」

「……うるせぇ」


 そこに軽薄そうな男の声が聞こえ、クーザリアスは閉じた目を開いた。長身痩躯で顔には仮面。いかにも怪しい男だが、彼にとってはもうどうだって良かった。どんな甘い言葉を囁かれようが、耳を貸すのも億劫だ。


「さてそんな君に耳寄りの話があるんだけど、聞いてみないかい?」

「とっとと失せろ。今は一人が丁度良いんだ」

「まあそう言わないで」


 クツクツと喉を鳴らしながら近づいてくる。そして彼のポケットから「カチッ」という音がした。すると黒いモヤが湧き出してきて、クーザリアスへと巻き付いていった。

 クーザリアスの瞳がほのかに赤く染まっていく。焦点が失われて虚ろに変わり、それとタイミングを同じくして仮面の男が囁いた。


「君たちを転落に導いたミレイユ・アークフィルツ――彼女に復讐したくないかい?」

「復…讐……?」

「そそ。君たちの崩壊は彼女と関わった時から始まった。そうだろ?」


 男の言葉がまるでヘビのようにクーザリアスの内側へと巻き付いていく。

 そんなことはない。否定するものの、その思いはジワジワと溶かされていき、代わって奥底から肯定する感情が湧き上がってきた。


(そうだ……ミレイユ、あの女に関わってから、俺たちは狂い始めた……)


 彼女に声を掛けなければ、彼女がもっと実力があれば、彼女が俺にすがらなければ。

 彼女が――俺と対等であれば。

 すべての因果がミレイユへと繋がれていき、赤い瞳に宿った憤怒を従えてクーザリアスは立ち上がった。


「復讐……ミレイユに……復讐を……」

「そうそう。で、俺らのお願いを聞いてくれりゃあ復讐の機会をプレゼントしてあげられるんだけどさ、どうだい?」

「何をすればいい……?」

「なぁに、簡単なことさ」


 口元を歪ませると男はクーザリアスの耳元で何かを囁いた。それを聞いた彼は「分かった」と短く返答すると、降りしきる雨の中で何処かへと消えていった。

 仮面の男はその後姿を見送ると、濡れた髪の毛をかきあげてつぶやいた。


「いやぁ、イゴールっちの作った魔道具はやっぱ大したもんだねぇ。さすがはかつて名を馳せた天才。後は――思惑通り彼女を使いこなせればいいッスけどねぇ」

 

 じゃ、報告に戻るとすっかね。

 そう独り言を残して彼もまた何処へともなく暗闇の中に姿を消した。後には、降りしきる雨だけが不気味に音を奏で続けていた。





第3部 完



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お読み頂きありがとうございます<(_ _)>

これにて第3部完。少しお休み頂いた後、最終第4部の連載を開始しますのでお待ち頂ければ幸甚<(_ _)>

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