2-11 気づく縁




 モンスターと交戦しながら私たちは、第三階層の森林エリア、第四階層の湖畔エリアを抜け、再び洞窟エリアである第五階層まで順調にたどり着いた。

 薄暗い洞窟内を、自作の浮遊照明で照らしながら進んでいく。私たちは二人なので斥候役なんていないけど、代わりに最近試作した魔道具「索敵くん(仮)」を先行して進ませていく。

 「索敵くん(仮)」は、周囲三六〇度を探索しながら自動で進んでいってくれる魔道具で、レーダーに何か反応があれば私が持っている受信機に信号を飛ばすようになっている……んだけど。


「……何もいないわね」


 残念ながら受信機の反応は無し。


「フリオさんが言ってたブラッドウルフも見かけないですし、妙な感じッスね」

「そうね」


 でも、たまにはこういうこともあるわよね。そう思いながらあまり気にせず進むこと第五階層の半分くらい。そこまで来てようやくこの階層で初めて受信機が反応した。


「ようやくッスね」


 エリーはやる気満々に手のひらに拳を叩きつけた。けど、ちょっと待って。こっちに走ってくる足音がするわ。


「はぁ、はぁ……!」


 浮遊照明を先行させて上から照らすと、人間らしきシルエットが五つ近づいてくる。よそのパーティでしょうけど、全員必死に走って、まるで何かから逃げてるみたい。

 これは……何かあったわね。警戒してると、走ってきた男の人が大声で叫んだ。


「おい、アンタら! 早く逃げろ!」

「何があったの?」

「それは――」


 彼らが説明するより前に、受信機がけたたましい音を立て始めた。

 これだけ激しくなるってことは――


「見てのとおり――メタルアントの群れだ……!」


 彼らがにらみつけた先で、赤い目が暗がりの中で光っていた。それも一つ二つじゃない。五、十……二十匹はいるかしら。メタルアントは集団で行動するモンスターだけど、これだけの数が一斉に追いかけてくるってことは、貴方たち――


「『巣』を突っついたわね?」

「面目ない……魔力石の原石を掘ってたら、奥に巣の入口があったんだ。普段はこんな階層に入口なんてないはずなんだが……」

「確かに……普通はもう少し浅いか深い階層よね? 迷宮内の生態系が変わったのかしら……?」

「そんなことより君らも早く逃げてください! あの数を相手するのは無理です!」


 魔法使いらしき青髪の男性が、肩をつかんで逃げるよう促してくれる。

 でも、あいにくだけど。私は肩の手を外した。


「……!? 何をしてるんです!?」

「貴方たちだけ逃げてちょうだい。せっかくお目当てが出てきてくれたんだもの」


 異変は気になるけど、この機を逃したら今日中に帰れなくなっちゃうじゃない。


「エリー、準備はいい?」

「いつでもばっちこいッス!」


 オーケー、なら――始めましょうか。

 一度目を閉じて、開く。私だけの視界に開発用コンソール画面とキーボードが現れて、新規のプロジェクトを立ち上げる。

 さて、手始めにっと。対象を指定し、保存しておいた身体強化魔法のライブラリを呼び出す。私とエリーと、そうね、ついでに逃げてきた五人にも掛けておいてあげましょうか。


「え、何……? すごい、体が軽い……!」

「これは、強化魔法か……!? だとしても、なんというレベルだ……!」


 感嘆の声を聞き流してまた別のプロジェクトファイルを立ち上げる。すでに魔法発動までの流れがプログラムとして保存されていて、後は対象指定と、参照する魔法のライブラリを決めて実行するだけ――なんだけど。


「数が多いから、初手はちょっと派手にいきましょうか」


 どうせ素材にはあんなに要らないしね。

 息を大きく吸い込み、雛形のファイルに高速でコードを書き込んでいく。

 火と氷の魔法を組み合わせ、風魔法で効果範囲を限定。さらにディレイを設定のうえでループ文を記載。繰り返し回数に応じて参照するライブラリを変更してやれば――


「うそ……魔法陣を同時に展開するなんて……」

「――行け」


 実行のファンクションキーを叩く。その瞬間、私の頭上に連続して魔法陣が浮かび上がっていく。それぞれの魔法属性に応じて色とりどりに変化し、淡く輝き出した。

 そして、メタルアントたちの足元で巨大な炎の壁が立ち上った。硬い外皮に覆われた前線の蟻たちが断末魔と共に焼き尽くされ、さらに内側に氷魔法を薄く展開したうえで円筒状に群れを囲い込み、蒸し焼きにしてやる。

 程なく炎の壁が消えて熱で弱った蟻たちの姿が現れた。そこを待機させてた雷撃魔法で穿つ。さらに氷や風の刃が熱でもろくなった外皮を貫けば、蟻たちの体液と悲鳴が当たりに撒き散らされた。


「はああああぁぁぁっっっ――!!」


 そこに、手足に魔法をまとわせたエリーが突っ込んでいく。マントをはためかせて一瞬で蟻の懐に潜り込むと、その土手っ腹に拳をめり込ませた。

 蟻の体がぶっ飛んでって壁に激突し、大きなクレーターを作った。その彼女の背後に、別の蟻が尖った前足を振りおろしてくる。けど死角からのそれをエリーはスッとかわして、振り向きざまに顎に拳を叩き込んだ。

 それでも次々と蟻がエリーに押し寄せてくるんだけど、それをものともせず蹴散らしていってる。私の魔法で弱ってるとはいえ、さすがね。基礎的な能力だけで言えば、クーザリアスたちよりエリーの方が上じゃないかしら?

 

「さ、早いとこ終わらせましょっか」


 私もまた大量の魔法を展開し降り注いでいく。やがてものの五分もかからないうちに蟻たちは全滅した。

 さてさて、最初の焼け焦げた蟻たちは除外するとして、使えそうなのは十体はあるかしら。試作で使うには十分以上の数が残ってるわね。

 「索敵くん(仮)」で周囲をスキャンしても動く敵の姿はなし。よし、さくさくと外皮を剥ぎ取っちゃいましょうか。


「……その、すまなかったな」


 お手製のナイフをエリーにも渡したところで、先程逃げてきたパーティのリーダーらしき人が申し訳無さそうに話しかけてきた。あら、何に対する謝罪かしら?


「俺たちの失敗に巻き込んでしまったからな。アンタらがとんでもない探索者だったから良かったものの、一歩間違えばとんでもないことになるところだった」

「ホントにそう! さっきの攻撃魔法といい、強化魔法といい、すごかったわ!!」


 彼の後ろからポニーテールに紺色の髪をまとめた女の人がひょこっと顔を出して、褒めそやしてくる。面と向かって褒められると、ちょっと恥ずかしいわね。


「ふふん! ミレイユさんの魔法は凄いんスよ!」

「なんでアンタが威張ってんのよ。

 それで……謝罪は結構よ。ちょうど私たちもメタルアントを探しに来てたから、むしろ好都合だったわ」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 男の人は安心したように胸を撫で下ろした。話はそれでお終い、と思ったんだけど、彼は私の方をジッと見つめていた。まだ何か用かしら?


「つかぬことを聞くんだが……もしかしてアンタ、『グランディス・ソード』にいたミレイユさんか?」

「……そうだけど?」


 つい口調が険しくなる。グランディス・ソード時代にはクーザリアスのせいで恨みも結構買ってたから、その苦情かしらね? そういえば当時も結構色んなところに謝罪して回ってたっけ。でも私はもう抜けたから無関係よ。


「やっぱりそうか! 前にギルドで見かけた時と雰囲気が違うから別人かも、とも思ったが……ああ、別に、苦情とかじゃない。ちょっと心配してたからな」

「心配?」

「ああ。グランディス・ソードの頃のアンタは、その、なんだ、あんまりいい扱いを受けてなさそうだったからな。脱退したことで、連中から嫌がらせを受けてたりしてないかと思ってたんだが……どうやら杞憂だったみたいだな」


 あら、ありがと。まさか他の人に心配してもらえるなんて思ってもみなかったわ。

 当時はクーザリアスに見捨てられたくない一心で、どんな扱いをされても彼しか見えてなかったけど……周りを見ればこの人みたいに心配してくれてた人もたくさんいたのかもしれない。やっぱり、視野を広く持つって大切ね。

 十数年前を思い出して反省してると、目の前にスッと手が差し出された。


「元気そうで良かったよ。おっと、自己紹介がまだだったな。俺はガイアス。『シルバー・シールド』のリーダーをやってる」

「アタシはメルディアよ。改めて、ありがと。御礼を言わせてもらうわ」

「アンタらの強さならたいていはなんとかなるだろうが、もし何か困ったことがあったら頼ってくれ。これでもそこそこ王都のギルドじゃ顔が効くからな」


 A級パーティ「グランディス・ソード」にいた時はたくさんの人が寄ってきてた。だけど、誰も私自身を見てくれなかったし、寄ってくるのは、私を利用してクーザリアスたちと縁を結ぼうとする人だけ。

 なのに。メルディアと握手をしてるエリーの顔を見る。頭にはユフィやフリオの顔も浮かんだ。パーティを抜けてギルドとも距離を取ってるのに、こうしてまた新しい縁ができるなんてね。思わず、クスリと笑みがこぼれた。


「どうしたんだ?」

「なんでもないわ。こちらこそよろしく。いざという時は、頼りにさせてもらうわ」


 人生、生きてれば何が起きるか分からないものね。そんな当たり前のことを実感しながら、私はガイアスと握手をかわしたのだった。





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