最終話 もう“救うため”じゃない。“恋人”として君と未来を歩いていく。


 駅前の並木道を抜けて、ビルの角を曲がると、

 目に入ったのは、あの店だった。


 詩乃と2度目に演技デートした、カフェ。


 今思い返すと、写真だけ撮って話をした後、

 神崎の友人に見られてたかもしれないって話になって、店内はこじゃれてるくせに、こっちは内心サバイバル状態だった。


 詩乃も、あのときは全然余裕がなくて。

 たぶん、笑おうとしてたんだろうけど、素の笑顔はほとんどなかった。


「また来られるなんて、ちょっと不思議ですね」


 そう言って、詩乃が店を見上げた。


「前に来たときは演技で、でしたから」


「うん。デートのフリって言われて、頑張ってそれっぽくやろうとしたけど……。

 多分、挙動不審選手権あったら優勝してたわ、俺」


「ふふっ……あのとき、直哉くん、ストロー逆でしたよね?」


「ば、バレてたか……。なんなら今日も間違えそうな勢いなんだけど」


 そう言いながら、俺たちは店に入って、向かい合って座った。

 あのときと、席も同じだった。


 でも――全然違う。


 今は、無理に会話を繋がなくてもいい。

 自然に笑い合える。

 それだけで、なんかもう胸いっぱいになるんだよな。


「……あの時、私、すごく緊張してました」


 ふいに、詩乃がぽつりと言った。


「確かにな。手も震えてたし。

 メニュー持つ時、ちょっとだけね」


 詩乃は恥ずかしそうに視線を伏せたあと、

 すぐに顔を上げて、ふっと笑った。


「でも、今日は……怖くないです。

 誰に見られても、知られても、もう平気です」


 その笑顔を見た瞬間、思った。


 ……この子、ほんとに変わったなって。


 怖くて、震えてて、

 ずっと怯えてた詩乃が――


 今は自分の言葉で笑ってる。


 心から、笑ってくれてる。


 ――それが、これ以上ないくらい嬉しかった。



   ◇ ◇ ◇



 カフェを出たあと、俺たちは駅前の本屋に立ち寄った。


 詩乃は恋愛小説の棚を眺めながら、「こういうの、少しだけ……好きです」と、少し照れた声で言った。


 俺もつられて一冊を手に取り、あらすじを読み上げる。

 すると詩乃が小さく笑って、「主人公とヒロイン、私と直哉くんに似てますね」と言った。

 思わず照れた俺を見て、詩乃自身も赤くなっていた。


 そのあとは雑貨屋に入って、ヘアピンを見つめる詩乃に「詩乃に似合いそう」と言ったら、

 詩乃は「じゃあ、今度プレゼントしてくださいね」なんて軽く返してきた。


 以前の詩乃なら絶対に言えなかった言葉だ。



 夕方になって、俺たちは広場に戻った。

 さっきまで人で賑わっていた場所も、少しずつイルミネーションが点灯し始めて、ふと、隣の詩乃が言った。


「夜になったら、ここ、もっと綺麗になるって書いてありました」


「じゃあ、見届けてくか」


 しばらく待つと、イルミネーションで彩られた公園は、想像以上にきらびやかになった。

 木々の一本一本に光が灯り、雪の積もったベンチや柵が、まるで絵本のワンシーンみたいに見える。

 あたたかい色の光が、静かに冬の空気を染めていた。


「……わぁ」


 隣で、詩乃が小さく息を漏らす。


「すごく、綺麗……」


 その横顔も、ほんのり頬を赤くしていて。

 イルミネーションの灯りが、瞳の奥できらめいてた。


 ――ああ、ズルいわ。


 風景より先に、俺はそっちに見惚れてた。


 詩乃がふと、俺の視線に気づいたようにこちらを向く。


「……どうかしましたか?」


「いや、なんでもない。ほんとに……綺麗だな、って」


「ふふ……どっちのことですか?」


「もちろん、詩乃に決まってるだろ」


 冗談みたいに言いながら、でも、本気でそう思ってた。

 この日、この時間、この彼女。

 全部が、まるで奇跡みたいに眩しかった。



   ◇ ◇ ◇



 その後、駅近のちょいオシャレなレストランに入った。

 見た目はそれっぽいけど、価格は庶民派。ありがたみしかない。



「……今日、楽しかったです」


 レストランで食事をすませた帰り道。

 ちょうど、さっきのイルミネーションを通りすがった時、詩乃がぽつりと呟いた。


「俺も。なんか、ふたりだけの時間って感じだったな」


「ふふ……そうですね」


 詩乃は、俺の隣で少しだけ肩を寄せてきた。

 そのぬくもりが、じんわりと腕に伝わってきて、なんかもう、それだけで満たされた気がした。


「ねえ、直哉くん」


 詩乃が少し真剣な声色で話しかけた。


「私ね、今日は一度も過去の事は思い出さなかったなって、今気づいたんです」


 詩乃は指を絡み直した。


「今日はすっごく幸せで、嫌な過去なんてそれだけで吹き飛んじゃいそうで――。

 だから、こうして直哉くんと一緒に過ごして、笑い合ったり、ふざけ合ったりして――。

 それだけで私には十分すぎるぐらい幸せな毎日だなって感じたんです」


 詩乃は俺を見ながら、自分の言葉を噛みしめる様に言った。


「じゃあさ、来年も、再来年も。

 その先もずっと、そんな毎日を積み重ねていこう」


 そう言いながら俺も笑みを浮かべた。


「そうですね。この先もずっと、こうして笑っていられたらいいですね」


 すると、詩乃が俺の手をぎゅっと握り直してきた。

 そして、ほんの少しだけ顔を上げて、俺を見た。


「……あの、最後に。もう一度、してもいいですか?」


 ほんの少しだけ震えていた。けれど、その瞳はまっすぐで。

 まるで、あの夜の続き、修学旅行の旅館の裏手で、勇気を振り絞ってくれた時と同じ光を宿していた。


「……ああ、しよう、詩乃」


 俺は彼女の肩にそっと手を添えた。


 吐く息が白くなって、雪が静かに舞い落ちてくる。

 街の喧騒も、人の気配も、まるで遠い世界のことみたいに静かだった。

 まるで、この場所だけ時間が止まったみたいに。


 そして、俺たちは――ふたたび唇を重ねた。


 あの夜よりも、もっと優しくて。

 もっと、あたたかくて。

 ふたりの恋が、ちゃんとここにあるって、そう感じられるキスだった。


 長くもなく、短くもなく。

 でも、きっと一生忘れない、そんな一瞬。


 雪が舞うイルミネーションの灯りの中、彼女の笑顔はまるで、闇に怯えていた少女の真逆――光そのものだった。



 唇が離れたあと、詩乃はそっと目を伏せて、でも、確かに微笑んでいた。


「……ありがとう、直哉くん」


 そう呟いた彼女の声は、冬の空気に溶けるように優しかった。


「そんなの、俺の方こそ、だよ」


 そっと、彼女の指に自分の指を絡め直した。

 ぎゅっと握り返してくれる、そのぬくもりが、俺の胸に確かに灯をともした。


 もう二度と、離すもんか。

 そう、心の中で静かに誓った。


「こんなに幸せなのにさ……俺らが将来くだらないことで喧嘩するなんて、想像できないな」


 なんだか気恥ずかしくなって、つい軽口をこぼす。


「ふふ、それは付き合ってたらしちゃうでしょうね。でも、そのときは……仲直りのキス、してくださいね?」


 詩乃ははにかみながら俺を見た。


「ああ、何度でもするさ」


 そう言いながら、頬のあたりがほんのり熱くなる。

 寒いはずなのに、どうにも温度が上がって仕方ない。


 ――もう、救う為じゃない。

 恋人として詩乃と一緒に歩いていく。


 一歩ずつでいい。

 ゆっくりでも、ふたりでずっと歩いていく。



 そして俺たちは、

 そっと手を繋いだまま、雪の降る街を歩き出した。




   終









   ◆ ◆ ◆



 あとがき


 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


 直哉と詩乃、そして彼らを取り巻く登場人物たちの物語が、少しでもあなたの心に残ってくれたなら、

 それだけで、作者として何よりの喜びです。


 もし、少しでも「よかったな」と感じていただけたら、ぜひ☆評価や感想をいただけたら、とても励みになります。


 次回作も準備中です。気になる方はフォローしてくださると嬉しいです。


 近況ノートにこの物語の小ネタや裏話(約2000文字)を書きましたので、そちらも是非どうぞ。


 また、新しい物語でお会いできる日を楽しみにしています。

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【完結】寝取られ動画でガッツポーズした俺、壊れかけた清楚な本命を純愛で救うと決めた――演技のデートのつもりだったのに、いつの間にかラブコメ始まってたんだが? どとうのごぼう @amane907

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