第40話 決戦前日、詩乃の誕生日。泣き笑いされたら惚れ直すなってのが無理ゲーです


 祝日の午後三時。駅前のベンチに腰掛けて、俺はスマホをいじりながら詩乃を待っていた。


 詩乃とは今日、べつに大げさなデートをする訳じゃない。

 映画もショッピングもない、ただのちょっと出かけようってレベル。


 ――でも、それでいい。



 タイムリミットまであと一日。

 だがそのタイムリミットも、もう意味を為さない。


 明日、全部決着がつく。

 神崎のことも詩乃の過去も。

 そのすべてに。


 だから、本格的なデートなんてお互いする気持ちにはなれなかった。

 けれど、今日だけはなにも考えずに、ただ詩乃と過ごしたかった。


 それに、今日は詩乃の誕生日。

 誕生日くらい、笑っててほしかったから。


 駅前のスピーカーから、どうでもいいローカル情報が流れてくる。

 それをBGMに、頭の中で数日前の出来事を思い返す。



 美咲がくれたレコーダーには、神崎の裏の顔が詰まっていた。


 あいつの本性は想像以上だった。

 暴言、脅し、“女は支配してなんぼ”みたいな武勇伝。


 冗談抜きで、耳が腐るかと思った。


 けど、ちゃんと全部聞いた上で、

 翌日、音声データを自分のスマホにも保存してから、レコーダーを雪村先生に託した。


 詩乃も交えて先生に、俺の口から美咲とのことも含め、全部説明した。


 先生は驚いた顔のあと、真剣な目で言った。


『これは重要な証拠になる。

 この情報は、第三者機関――教育委員会や警察にも話を付ける。

 ただ、動くのは最終日。第三者機関にもしっかり連携を取った上で、確実に彼を押さえ込む形を取る。

 ……月森には酷な話だけど、今はもう少しだけ待ってほしい……』


 この提案に正直、俺は歯ぎしりした。

 確かに今は詩乃と神崎は一時的に距離を取れている。


 しかし、確実な証拠が出たんだ。詩乃のことを思えば、一秒でも早く終わらせたかった。


 だが、詩乃は先生の提案に承諾した。

 そして、俺の心境もみす越してか、こう言った。


『たとえ、日数がかかっても、ちゃんと警察や教育委員会……それだけじゃなく、大勢の大人たちに、ちゃんとこの現実を知ってもらいたいんです。

 これは子ども同士の喧嘩じゃなくて、私や美咲さんたち、その他大勢の人間が壊されかけて、壊されもした犯罪なんだって』


 詩乃の言う通りだった。


 これは、俺たち子ども同士の喧嘩じゃない。

 誰かが壊されかけた、ひとつの人生の話なんだ。

 だから、待つと決めた。



 また、今日、雪村先生から電話があった。


 詩乃と俺も明日、教師たちに神崎光、それに互いの保護者まで含めた会議に出席することになった、と。


 詩乃は本来、加害者である神崎と同席はありえない。

 だが、詩乃自身が『私も同席します』と言った。


 その結果、彼女は自分の意志で、神崎と対面する事になる。


 そして、部外者である俺の参加はもっとありえなかった。


 だが、詩乃が『直哉くんにも一緒にいてほしいんです』と雪村先生に言った結果、俺も会議に参加することとなった。

 校長、及び、両名の保護者も承諾済みだ。



 ――明日。ぜったいに終わらせる。



 そんな覚悟を反芻していたその時だった。


「……お待たせ、しました」


 聞き慣れた声に顔を上げて、思わず目を見張った。


 詩乃が、いつもよりラフな格好で立っていた。


 シンプルな白のシャツに薄紫のカーディガン、それに紺のロングスカート。

 軽く巻いた銀髪がふわりと揺れて、どこか大人びて見えた。


「え、ちょ、詩乃……その、めっちゃ似合ってるんだけど?」


「えっ、そ、そうですか……?

 こういう格好、あまりしないので……変じゃなければ、いいんですけど……」


 そんな事を言い合ってから、俺達はカフェに入ってなにげない事で談笑した。



 詩乃は明日のことを不安に思っていただろう。

 だけど、それでも今だけは少しは心地よさを感じてくれたと思う。


 笑顔を見れば分かる。

 不安げな目をするときもあったけど、今だけは、肩の力を抜いてくれているのがわかった。



 その後、詩乃と他愛のない会話をしながら並木道をゆっくりと散歩して、

 俺たちはベンチに腰掛けた。


 風が少しだけ冬の匂いを含んでいた。


 俺の隣で、小さく深呼吸をする彼女。

 そしてぽつりと漏れた、言葉。


「……明日が、ちょっと怖いです」


 その声は、風に溶けるくらい小さくて。

 でも、俺にはちゃんと聞こえた。


「そうだな……。俺も内心じゃちょっと胃にきてる。

 ……でも、隣にいるのが詩乃だからか、なんとかなる気がしてる」


 わざと軽口っぽく返すと、詩乃がくすっと笑って「私もです」と小さく返事をした。


「でもさ」


 俺は、ベンチに置いたバッグをがさごそと漁った。


「こういう時のために、俺もちょっと準備してきたわけですよ」


 どや顔を装いながら、カバンから取り出したのは、小さなラッピング袋。


 品物に数千円使ったので、ラッピング袋やリボンは百均で買ったやつなのは内緒だ。


「……誕生日だし。プレゼント。

 たいしたもんじゃないけどさ」


 詩乃は驚いたように目を丸くして、袋をそっと受け取った。

 中を開けると、小ぶりの手鏡が出てくる。


 縁には、詩乃が好きだって言ってた花――カトレアと同じデザインを選んだ。


「……きれい」


 ぽつりと呟きながら、鏡を手に、じっと自分の顔を見つめている。

 でも、すぐにその眉が、かすかに曇った。


「でも、なんだか……私が映ってないみたいです」


「いいや、ちゃんと映ってるよ。今日の詩乃のそのまんまの顔がさ。

 ……だから、演技してない詩乃が、ちゃんとそこにいる」


 少し黙ってから、息をひとつ吐いた。


「もし、また自信なくなった時が来たらさ……。

 この鏡見て、思い出してくれ。

 詩乃のこと、ちゃんと見てる奴がここにいるって」


 彼女が、そっと鏡を胸元に抱える。


 そして、俺も、つい言葉を継いでしまった。


「だからさ、ちゃんと自分のこと、見てほしい。

 俺は毎日、その顔に救われてんだから」


 ……やば。ちょっと真面目に言いすぎたか?

 照れくささを誤魔化すように、つい軽口に切り替わった。


「で、確認してくれ。“こんな可愛い子、ほんとに現実に存在する?”って」


 詩乃が、ふっと吹き出した。


「……ばか。でも、ありがとう」


 その笑顔を見た瞬間、俺の中の緊張がふっとほどけた。

 プレゼントって、こんなに緊張するもんだったか。


 だけど、終わりじゃない。

 今日のために、もうひとつだけ、用意してきたものがある。


「で、こっちは、まあ、オマケなんだけどさ」


 カバンから、小さな写真入れのアルバムを取り出す。

 中に入ってるのは、俺たちが2人で笑いあってる写真ばかりだ。


「一か月前からさ、俺たち、たまに笑い合ってスマホでたまに撮ったりしてたろ?

 文化祭の初日や初めて詩乃の家に行った時、演技抜きの初めてのデートの時や修学旅行で五分間だけの密会の時とかさ」


 詩乃が、アルバムを見つめながらこくりと頷く。


「詩乃が、たぶん本気で笑ってる瞬間を載せた。

 無理しての笑顔かどうか、一か月前は分からなかったけど……今なら、ちゃんとわかる気がしたんだ」


 彼女はしばらく写真を見つめて、それから、ぽつりと呟いた。


「……無理してじゃなかったよ」


 目元がほんのり潤んでたけど、彼女は微笑んでいた。


「……ねぇ、直哉くん。泣かせたいの?

 今日、誕生日なんだけど」


「泣かせるつもりはなかったんだけどな。

 笑わせて、惚れ直させるだけの予定だったんだけど?」


「もう、ほんとばか……」


 詩乃は、手鏡と写真を大事そうに胸に抱えて、小さく肩を震わせた。


 泣いてるわけじゃない。きっと、笑ってるんだ。

 ちょっと泣き笑いみたいな顔してるけど、それも今の詩乃なんだろう。


 たったふたつの、小さな贈り物だった。

 でも、それがこんなにも時間をあたためてくれるなんて、思ってなかった。



 そして、俺は決めていた。

 今日、彼女に――詩乃に告白すると。

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