第39話 過去の彼女に決着をつける証拠を渡されて、未来の彼女と電話した夜


 神崎の致命的な弱点になる物――一体、何なんだそれは……?



「アンタと付き合ってた頃、私が自作のGPSタグでアンタの居場所、監視してたの、覚えてるでしょ?」


「うん、通学バッグの底に小さいタグ入れてたやつな。

 あの頃は、“美咲はこんなに俺のこと気にかけてくれてるんだ”、って3秒ぐらい思おうとした。無理だったけど」


 自作のGPSタグを仕込まれてた件は、あの夜に動画見てガッツポーズしてた時に、特に思い出したやつだったな。


「神崎には、この一週間、もっとやばい事した」


「え?」


 美咲は周囲をぐるりと見回し、小声で言った。


「ここ一週間、あえてあいつが本性出すようなそぶりをして、その時の会話、全部録音したの」


「ッ!?」


 それが出来たら、間違いなくあいつを終わらせる証拠になる。


 詩乃が本気で別れたいと言った時も、あいつは大概の事を言っていた。

 しかし、本命じゃない詩乃以外の女子には、もっと酷い暴言をしていたと柚葉から聞いたからだ。


「だけど、そんな会話を録音出来るのか?」


 疑問が纏わりつく。

 あいつは一線を越える発言をする時、絶対に録音されてないかを注意する。


 だから、普段はある程度抑えた言葉しか使わない。詩乃にはいつもそうだったというし、修学旅行の時、俺に対してもそうだった。


「そう。そこが厄介。

 あいつは録音されてないか念入りに調べるの。

 バッグや服の中、場合によっては下着まで調べる。

 ボールペンやUSBがレコーダーじゃないか疑って、没収された事もしょっちゅううね」


「……そこまですんのかよ、あいつ」


 USBやペン型のレコーダーは、実際に市販されてるやつだ。


 俺の案で、詩乃にはペン型のレコーダーを常に携帯してもらった。

 あいつが本性を現した時に、スマホを取り上げられても録音できるように。


 だが、それを疑って、没収までしてたとは……神崎の警戒ぶりは俺の想像以上だった。


「――さて、ちょっと移動しよ。ここじゃ見られるから」


 美咲は街灯の少ない木陰まで歩いていく。

 すると、彼女はバッグを開け、中からブラジャーを取り出した。

 夜の闇の中、両手で俺に差し出す。


「これ。普通のに見えるでしょ?」


「……あ、ああ」


 夜の公園で、元カノからブラジャーを手渡される状況なんて想定外だ。思わず視線を逸してしまった。


「このブラジャーの中にレコーダーを仕込んだの」


「……は?」


 言ってる意味が分からなかった。


「ブラのワイヤーの上側――カップの下にはね。カップの形を崩さないための薄い芯が入ってるの。

 そこに、触ってもただの補強材にしか思えない、厚さ5mm程度の長方形の極薄レコーダーを、ブラジャーに補強材と同じ形に細工して包んで縫い込んだ」


 ――なるほど。

 確かにそんな芯の部分なんて、たとえ恋人同士でも意識して触ることなんてない。


「市販のままでも仕込めそうだったけど、厚みでバレる可能性があった。あいつ用心深いからさ。

 だからそこは加工した。基盤を削って、配線も取り直してね」


 美咲の声は淡々としていた。夜気の冷たさよりも、その周到さの方が背筋に染みた。


「ワイヤーの上側に沿わせて縫い込んであるから、触ってもただの芯にしか感じないようになってる。

 マイクの穴は縫い目の隙間に隠してあって、距離は2メートル以内なら普通に会話を拾える」


 彼女はとんでもないことを当たり前のように語る。


「元から無音無光のやつだから、録音する時も絶対バレない。

 スイッチは胸元の縫い目の下に埋め込んであって、平ボタンだから服の上からでも押せる。

 洗濯できないから使い捨てしなきゃならないのが難なんだけどね」


 美咲は父親が通信開発機器の技術者だ。

 小学生の頃から、家で見つけた機器を勝手に分解しては、改造して遊んでいたのを覚えている。


 俺に自作のGPSタグを付けられたのも、その延長だ。


「……お前、そこまでやったのか」


「普通の方法じゃ絶対に証拠なんて残せないから。だから、体に仕込むしかなかったの」


「もう普通の女子高生の発想じゃねぇだろ。CIAかなんかか?」


 美咲はかすかに笑った。


「いくらあいつが用心深くても、さすがに下着の縫い目までは確認しないからね」


 彼女の声が、少しだけ震えた。


 怖かったのは間違いない。

 それでもここまでしたんだ。


 美咲はバッグから薄いレコーダーを取り出した。


「この一週間、神崎と話してるときは、ずっとこのレコーダーで録音するようにした。

 罵詈雑言を浴びせられた時も、

 自分から“昨日はこんなことしてやった”って武勇伝みたいに語ってた時も、

 全部、この中に入ってる」


 ……美咲のことを被害者の一人って思ってたけど、違うな。

 彼女は、ちゃんと自分の手で決着をつけようとしてた。


 ――そのために、仕掛ける側に回ったんだ。


 自分を許せないまま、それでも何かを変えようとしてる、そう思った。


 美咲は俺へレコーダーを差し出した。 


「……これがあれば、あいつは終わりだ」


 俺は、ゆっくりとそれを受け取る。


「もう1回言うけど、私にはこれで復讐する資格はない。

 あいつと同類で……直哉にも同じことをした人間だから……」


 ……確かに、その通りだ。

 美咲が俺を傷つけた過去を消せないし、神崎と同じ土俵に立っていたのも事実。


 でも、それでもここまでして証拠を残したのは、 自分のためじゃなく、俺や詩乃のためだった。


「でもね、こんな私にも、手を差し伸べてくれる直哉なら、

 正しい形で神崎を裁いてくれる。そう信じられた」


 美咲は少しだけ笑って、でもすぐに真剣な顔に戻った。

 その横顔には、後悔も、覚悟も、全部に決着をつけたいという意志が宿っていた。


 受け取ったレコーダー。

 それは、ただの証拠じゃない。彼女がようやく見つけた、贖罪の形だった。


「ああ。お前が味わった苦しみの分まで、神崎を終わらせてやるよ……!」


 俺がそう言うと、美咲はふっと目を細めた。


「そういうところ、昔のアンタと変わらないね。

 ……いや、前よりちょっとだけ優しくなったかな?」


 美咲はそう言うと、こう続けた。


「たぶん、今そばにいてくれてる好きな女の子の影響なんだろうね」


 そう言った彼女の口元が、わずかにほころぶ。

 その笑みには、一瞬だけ――ほんの少し、悲しげな色が混じっていた。

 でもすぐに、それは静かな微笑みへと戻る。


「……じゃあ、私はこれで行くから」


 歩き去ろうとする美咲の背に、俺は声をかけた。


「――美咲。

 今はまだ、俺のこととか、神崎のこととか、いろいろぐちゃぐちゃかもしれないけどさ。

 いつか時間が経って、ちゃんと自分を取り戻せた時には――きっと、お前も新しい恋ができると思うぞ」


「何それ? 慰めのつもり?」


 そう言いながら彼女はこちらへ振り向いた。


「いや、本気。

 だって、今のお前は、昔のお前とは比べものにならないくらい、ちゃんと自分と向き合ってる。

 俺だけじゃなく、会った事もない他者の事すら思いやれる人間になってる。

 だから、前を向ける日が来たら、その時はきっと、幸せになれる。

 俺の予想、たまに外すけど、今回は絶対に信じていいやつだから」


「……ありがと。

 アンタにそう言ってもらえて、少しだけ、救われたかも」


 美咲は背を向ける。


「これで、もう二度と会うことはないだろうね。

 ――さよなら、直哉」


 その言葉には、どこか遠くを見つめるような、哀しみと決別の響きがあった。


「――さよなら、美咲」


 俺の声は、小さく風に流された。


 そして、美咲はゆっくりと夜の闇に消えていった。




 美咲が消えていった先を見つめたまましばらくして、スマートフォンが震えた。

 画面には月森詩乃の名前。


 通話ボタンを押すと。


『もしもし、直哉くん。今大丈夫ですか?』


 彼女の声が、過去に浸っていた俺を、現在へと戻してくれた気がした。


「ああ、大丈夫だ。どうかしたか?」


『今日も雪村先生が紹介してくれたソーシャルワーカーさんと話し合いました。

 そのおかげで話し合いの準備は進んでますし、今は放課後も神崎さんと会わないで済んでます』


 神崎と合わなくてもいい。

 その事実にホッとする。


 あいつは、以前、警察に相談された時も、しばらく詩乃とは積極的に関わりを持とうとしなかったらしい。

 事を荒立てたくはないし、怪しまれたくもないからだろう。


『直哉くんの方はどうですか?』


「ああ、今は公園にいてな。もう帰るところだよ」


『えっ、公園? こんな夜中に? 何してたんですか?』


「ちょっとだけ、過去の清算と――

 未来に進むための、足場づくりってとこかな」


『ふふっ、なにそれ』


 詩乃の笑い声が、夜の空気に溶けていく。


 その声を聞いて、俺は心から思った。


 ――俺、詩乃と出会えて、本当に変われたな。


「……本当に、ありがとうな。詩乃」


 自然と、口調が柔らかくなっていた。


『なに? いきなり。

 ……でも、どういたしまして』


 明るく返してくれるその声に、俺の頬が思わずゆるむ。


『直哉くん、なんか声、優しい。

 誰かと会ってましたか?』


「ちょっと、昔の知り合いとな……。

 まあ、今はちゃんと俺の一番大切な人がいるけどな」


『えっ……そ、そうなんですか。

 ……って、え、ええ!? そ、それ、私!?』


「他に誰がいるんだよ」


 そんな会話だけで、こんなにも心があたたかくなるなんて。

 やっぱり――この恋を選んで、よかった。








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